ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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3 スティグマ

3-4

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 玲央君が曲名を呟いたのと同時に後ろのバンドが、空気が激しくうねるような音楽をこちらにぶつけて来た。一瞬、爆発が起きたのではないかと錯覚する程の、音の奔流に身体ごと心を持っていかれそうになる。
 その激流のような曲の中を、透き通った玲央君のボーカルが折り重なり、寄せては返す波の様に、幾度と無く私の心を握っていく。
 数多の衝撃が私の中に、言葉以外の何かで次々に伝わり、流れ、響き、全身を、心を、魂を翻弄する。
 生のロックンロールのパワーを目の当たりに感じ、興奮と言う言葉では足りない程、私は高揚していた。その圧倒的なパワーに対し、寧ろ慄いてさえいた。
 サビに差し掛かる直前に、玲央君が自身の掛けていたサングラスを床に投げ捨てた。サングラスは床を跳ね、私の元へと飛び込んできた。

「……嘘でしょ?」

 私は、思わず呟いていた。
 サビに入った瞬間、玲央君はマイクに掴みかかり、ここで死んでも後悔は無いかの様に、額やこめかみに血管を浮かべながら、熱唱した。登場した時の、何処か爽やかでさえあった彼の印象は、最早すっかり跡形も無かった。
 ステージの上マイクを握るのは、この一曲に命を懸ける、一匹の獣だった。
 激しく熱いボーカルの歌声に負けじと、バンドが奏でる音楽達もさらに激しく熱を帯びていく。それに従い、観客のボルテージも高まって行き、最高潮まで達した瞬間、ギターとベースとドラムとボーカルが同時に咆哮し、ライブハウスと言う名の小宇宙は、小規模であろうと確かにビッグバンを起こした。
 いや、事実がどうであろうと、私はそう感じた。
 背骨まで突き抜けて行く程の、恐怖と間違わんばかりの衝撃。

「どうもありがとう」

 ボーカルの謝辞によって、漸く私は曲の終焉を知った。
 そして、先程までの衝撃も感動も一旦全てをかなぐり捨てて、ボーカルの彼の顔をもう一度、深く観察した。

「どうだった和葉?」

 姉が話しかけて来るけれど、今はそれも耳には入ってこない。その代わりに、先程の姉の放った言葉が、頭の中で何度も蘇ってきた。

『内緒なんだけどね、確か玲央君、和葉と同い年の筈だよ』

 髪の色も金髪だ。

 雰囲気もまるで違っている。

 ヘッドホンもしていない。

 だけど、間違いようが無かった。

 あの日屋上で交わした彼の声と、もっさりとした髪の毛の隙間から見えた瞳を、私はチケットを渡す事の出来なかった今日の今日まで、何度も何度も頭の中で、思い返していたからだ。

 だからこそ、気付いてしまった。

 ――大藤君、一体そこで、何やってるの?

 だけどそれでも、目の前の出来事を、俄かには信じる事が出来なかった……。
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