ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

文字の大きさ
上 下
10 / 86
2 ヘッドホン

2-7

しおりを挟む
 そして、翌日。

 私の財布の中には、昨日姉から頂戴したライブのチケットが挟まっている。
 人間と言う物は意識をし始めると、もうどうにも止まらないものなのだと言う事が身に沁みて分かった。
 昨夜私は7時前に家に帰り着いた。軽く走った為に少しだけ汗をかいたので、8時には入浴も済ませた。母が既に用意していた夕食も、無事に8時40分には食べ終えて、準備万端の状態で9時にはテレビの前に座り、ドラマにチャンネルを合わせ、クッションを抱き締めながら行儀良く視聴を開始した。

 にも関わらずだ!

 私はドラマの内容を全く覚えていないまま10時を迎えてしまう事と相成った!
 チケットと姉と大藤君が次々と頭に浮かんできて、これでもかと言う程に気が散りまくってしまい、ドラマどころの騒ぎでは無かったのである。
 考え過ぎて妙に疲れた為か、ドラマが終わると早めに床に着いた。睡眠に影響しなかったのは幸いだったが、学校に向かっている最中も、私の心臓は意味不明の高鳴りを見せていた。

 ――何これ、ありえない!

 どうしてこんなにドキドキしているのだろうかと自分に問うても、返ってくるのはおよそ納得の出来る筈の無い結論ばかりだった。
 男の子をライブに誘うと言っても、相手はあの大藤君だ。別に深い仲でも無いし、雑な言い方を許して貰えるなら大した相手でも無い。つまり、全く意識をするような相手では無い筈なのだ。それなのに、胸の高鳴りは収まらないし、体温は高めの様な気がするし、変な汗をかいている気さえする。

 ――何これ、ありえない! 本当にありえない!

 自分の男の子に対する免疫の無さを信じたく無い一心で、頭の中を『ありえない』の単語で占めつくす。
 勿論これには、当然揺るぐ事の無い至極全うな理由がある。

 ――だって、ありえないんだもの! それ以上でも以下でもないんだもの!

 もう自分でも訳が分からない事を自覚している所為か、断られても何でもいいから、さっさと楽になりたかった。
 ……だけれでも、そんな半ば熱暴走気味の私の頭も心も身体も、帰りのHRが終わる頃にはすっかり落ち着きを取り戻していた。
 理由は至極単純。
 大藤君がこの日、学校に姿を見せなかったからだ。
 一時間目の古文の授業が始まっても、教室の真ん中には主の不在に健気に耐える椅子と机が、ぽつねんと佇んでいるだけである。朝のHR後暫くの間は、遅刻してるのかもしないと身構えてもいたが、2時間目の授業が終わった頃には、今日はもう来ないんだろうなと、ぼんやりと思うようになっていた。

 ――今日、大藤君休みかぁ……。

 その事実をしっかりと受け止めるだけの事に、3時間目の途中までかかってしまった。昨夜からかなり意気込んでしまっていたからだろうか、あんなにドキドキしていたのに何で今日休みなんだと思わず大藤君に憤りそうにもなったが、それは随分と勝手な事だと思い直し、考えを改める事にした。

 ――でもまぁ、逆に良かったかもしれないなぁ。鼻息荒くなってもみっともないしね。まだ日はあるし、別に無理する事でも無いし。そう言えば、別に大藤君である必要も無いんだった。

 とは言え大藤君以外の男子を誘える気も全くしないんだけどね、と言う意気地無しの心の声には固く目を瞑って貰い、徒労の限りを尽くした昨夜からの自分に、そんな慰めの言葉をかけた。

 だけど私は、週末のライブには結局、一人で足を運ぶ事になる。
 何故ならこの日以来、大藤君はただの一度も、学校に顔を出す事がなかったからだ……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

処理中です...