ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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 6時間目が終わる頃、お姉ちゃんからメールが届いた。

『ハロー和葉~♪ 今まだ学校? ちょっと頼まれて欲しい事があるんだけど、放課後こっちに来てくれない?』

 ――お姉ちゃんからメールなんて、珍しい。

 今日は特にやるべき事も無く、健全に真っ直ぐ家に帰る予定だったので、別にいいよ、と軽い気持ちでメールを返した。
 姉のアパートは、大学の近くとは言っても、実家の最寄駅から二駅程度しか離れていない。だから、行こうと思えばいつでも行ける距離なのだ。流石に、スープは冷めてしまうだろうけど。
 放課後のチャイムと共に、学校を出て駅へと向かう。
 後で請求しようと思い、私は数少ないお小遣いを電車賃に注ぎ込んだ。電車に乗った後に、歩いて電車賃を請求すればよかったと言う狡い考えも浮かんだが、乗ってしまったものは仕方が無いし、帰り道にそれをやるのは流石にだるい。
 改札を潜り、駅を出てすぐの道を右に入る。そのまま住宅街を抜ければ、すぐに『サンシャイン』と言う古びた看板が目に飛び込んでくる。このアパートの一室が、姉の城となっている。
 階段を上り、202号室の部屋のチャイムを鳴らす。
 奥から足音が響き、すぐにドアの向こうから姉が顔を出した。

「ん、いらっしゃい」
「何? 頼み事って」
「ま、とりあえず入りなよ」

 手招きを受け入れ、私は遠慮せず部屋の中へと入り込んだ。
 1DKの室内は、簡素ではあるが片付いていて小ざっぱりとしていた。

「適当なとこ座って。和葉コーヒーって飲めたっけ?」
「飲めるよ」
「そっか、苦いって言って嫌がってた記憶があったんだけどな」
「もう高校生なんだから、コーヒー位飲めるよ!」

 私は抗議をしながら、大きめのクッションに腰を下ろした。目の前のテーブルをベシベシと叩いて見せたりもした。いや、実際には姉には見えていないのだが……。
 キッチンから笑い声が聞こえてくる。

「ごめんごめん。そうだね、和葉もいつの間にか、大きくなっちゃってるんだもんね~」
「お姉ちゃん、なんかオバンくさくなったね」

 キッチンからコーヒーカップを二つ持って出てきた姉は、私の手元に一つを置き、もう一つを啜りながら私と向かい合わせに座った。
 私は黒い液体を眺めながら、姉に向かって声をかける。

「お姉ちゃん、砂糖とミルクは?」
「あんた、やっぱりコーヒー飲めないんでしょ?」
「そんな事無いよ! でも、ブラックは美味しくないじゃん!」
「ブラック以外を、私はコーヒーと認めてないの」
「えぇ~」

 私の抗議にくすりと笑った姉は、一つずつでいい? と聞いて、キッチンに引っ込んだ。
 その声に私は、砂糖は二つがいい、と主張する。
 そんなのコーヒーじゃないじゃない、と姉は笑いながら、スティックシュガーを二つと、カップのミルクを持ってきてくれた。

「コーヒーだよ。そんな事言ったら、このコーヒーに失礼だよ」
「色々入れるのは失礼じゃないんだ?」
「失礼じゃないよ。それより、頼まれ事って何?」

 コーヒーの話題で盛り上がっている場合では無い。私は今日は9時までに帰って、連ドラの第2話を見なければいけないのだ。実の兄が姉となり帰ってきたと言う衝撃の第1話で始まったそれは、今週見逃すと絶対に道子達との話題に入っていけない。

「そうそう、あんたさ、音楽って興味ある?」
「音楽?」
「そうそう、ロック。まぁ、ライブとか、どう?」
「うん、カッコいいとは思うけど、何で?」
「いや、まぁ話は簡単なんだよ。彼がさ、今度の日曜日にライブやるんだけど、チケットがまだ随分余ってるんだよね。まぁ、人数合わせって訳じゃないけど、良かったら来てくれないかなって思って。で、彼の音楽を聴いてほしい訳よ」

 どうかな? と言う言葉で締めくくった姉の言葉には、何かしらの裏がある気がしてならなかった。

「本当にそれだけ? そんなんだったら、メールだけでもいいじゃん」

 そう言うと、姉はこちらにニヤリと言うか、ニマっと言うか、何と形容するべきか迷うが、狡い事を考え付いた時に誤魔化すような、そんな顔を見せた。
 姉がこの顔を作る時、昔から私は何かの共犯者に仕立て上げられるのだ。

「実はね、ちょっとこの部屋を見て欲しいんだけどさ」

 そう言われ、私は部屋の中をぐるりと見渡す。
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