ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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2 ヘッドホン

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 そんな私へ向けて、大藤君は自身の横に置いてあったビニール袋を差し出してくれた。

「くれるの?」

 はしたないわ、何て言う1000年前の貞淑は屋上の風にさらわれて私の心からは綺麗に吹っ飛んでいた。

「……一つなら、好きなの選べよ」

 彼は困った顔を作りながらも、私に向けて微笑んでくれた。その笑いがたとえ苦いものだったとしても、今の私にはそれは天使のように映った。

「いいの? 本当?」

 ビニール袋の中を一瞥し、私は一瞬の逡巡の後クリームパンを手にした。

「……友野、昼飯無いの?」
「うん、今日はちょっと油断しちゃってさ。ありがとう、助かったよ。お金払うね」
「別にいいよ」

 会話を続けながら、私はクリームパンの袋を開け、かぶりついた。一口目にクリームに届かなかった事すら、今の私には幸せな事に思える。
 そのままクリームパンを齧る私を、大藤君はぼんやりと見つめていた。

「何?」
「いや、別に、美味そうに食うなって思って……」
「だって美味しいもん。空腹は最大の調味料だしね」
「お前、それ褒め言葉じゃねぇぞ?」

 呆れ顔を隠そうともせずに、大藤君はコロッケパンを齧っている。
 暫し黙々とパンを咀嚼していたが、私が食べ終わる頃には、大藤君はコロッケパンの他にメロンパンも食べ終えていた。

「食べるの遅いんだな……」

 ――また言われてしまった。

「ねぇ、大藤君って、いっつもここでご飯食べてるの?」
「……あぁ、そうだけど?」
「どうして?」
「静かだから……」
「みんなで食べた方が楽しいよ?」
「そう言うのが嫌なんだよ」

 そこで大藤君は、少しだけ不機嫌になってしまったのか、再びヘッドホンを耳に付けた。
 私は、話は終わったからさっさと帰れと言われてしまった気がして、何だか哀しくなった。
 だから、彼のヘッドホンを奪って、何を聞いているのか知りたいと思ったのは、その哀しい心の隙間を埋める為であり、とても自然な事だと納得が出来る。

 ――嗚呼、自己弁護。

「おいっ、何すんだよ!」

 声を荒げる大藤君が、私の耳からすかさずヘッドホンを奪い去る。いや、最初に奪い去ったのは私だから、取り返した、が正しい。

「大藤君、いつもこんなの聞いてるの?」
「別に……、お前には関係無いだろ?」

 確かに、そう言われてしまったら、私達の関係なんてまだまだ私が餌付けされた程度の関係だ。だけど、気になるものは気になる。

「今のって、波の音?」
「……波ってか、海の、潮騒の音だよ」
「ずっと、そんな音聞いてるの?」

 てっきり、流行りのアイドルの曲とかを聞いているのかと思った。
 いや、きっと紗絵のイメージの大藤君が私の中に入ってきた所為でそう思っていただけなのかもしれないが、それでも、波の音とは意外だった。

 ――音楽じゃないじゃん。

「お前には関係無いだろ……」

 そう強く言って、彼は再びヘッドホンを耳につけ、梯子を伝って下りて行ってしまった。

「ちょっと、大藤君?」

 下を覗き込んだ時、大藤君は梯子を下り切って、そのままさっさと屋上を出て行った。

 ――怒らせちゃったかな?

 手元には、彼が恵んでくれた空っぽのクリームパンの袋だけが残った。
 一つ吐いたため息が、屋上の風に飛ばされていく。
 そして、そんな私の自分勝手な憂鬱気分を風よりも綺麗に吹き飛ばすように、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
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