ステレオタイプ ーどこにもいない、普通の私

泣村健汰

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 一週間が経過した。
 まだまだ半月もあると言うのに、クラスの話題は夏休みの予定で持ちきりだ。緊張感からも解放され、受験も無い高校二年生なんて、ある意味一番気楽な生き物かもしれない。
 教壇では、数学の竹内先生が黒板に意味の分からない数式を書き連ねている。
 得意教科は国語、苦手教科は数学を自負している私にとって、数学の授業は、まさに苦行だ。数学なのに、英語が出てくるのも意味が分からないし、はっきり言って宇宙の言葉だ。
 そんな宇宙語を操る教師の言葉を話し半分に聞き流しながら、教室前方の時計を見つめた。
 昼休みまで、後10分。
 だが、その10分が堪らなく長く感じ、思わず一つため息をついた。
 手元のノートに目線を戻す途中、ふと視界に入った斜め前の大藤君に焦点を合わせた。
 今は授業中だからか、いつもつけてるごついヘッドホンは無く、机に左肘を付きながらぼんやりと黒板を眺めている。
 夏に似合わない長く伸びた髪が、彼の頭部をまるで黒い森のようにすっぽりと覆い隠している。
 あの日、助けてもらってから、気にはなっていたものの、結局挨拶一つ交わしてはいなかった。
 道子にからかわれたくないから、紗絵に止めろと釘を刺されたから、勿論それもある。
 だけど一番の理由は、私自身が、大藤君との接触を怖がっているからだ……。
 彼に興味が無い訳では無いが、それはもしかしたら、単なる怖いもの見たさなのかもしれない。
 そう思い至った自分が酷く矮小に見えてしまい、そして結局、大藤君との接触に消極的な態度を取ってしまったまま今に至っていた。

 ――別に、仲良くなりたいとか、そう言うんじゃないんだけどさ……。

 あの時、もし彼がヘッドホン越しに流れている何かしらの音楽の所為で、私の声が届いていなかったのだとしたら、私は彼に、ちゃんとお礼を言えていない事になる。
 それが、心のどこかで魚の骨のように引っ掛かっていた。
 ぼんやりとそんな事を考えていたその時、教室にチャイムの音が闖入してきた。

「はい、それじゃ今日はここまで」

 竹内先生が持っていた教科書を畳み、解放を宣言する。
 そのまま暫く大藤君から目線を離さなかった私は、彼の左の袖口から黒いイヤホンが飛び出しているのを見つけた。
 恐らく、あの長く伸びた髪をカモフラージュにして、袖口から伸びたイヤホンで授業中も何かを聞いていたのだ。
 昼休みに突入した大藤君は、再び愛用のごついヘッドホンを付けると、そのまま教室を後にした。

 ――いつも何を聞いてるんだろ?

 授業中に小細工をしてまで、彼が何を聞いているのかが気になった。

「和葉~」

 不意に肩に手を置かれる。
 後ろを振り向くと、ニヤニヤした顔の道子が立っていた。
 その顔から、彼女の言いたい事は、大体想像がついた。

「あんた、やっぱり大藤の事気になってんじゃないの?」

 ――ほら。

「そんなんじゃ無いったら、ただ、いつも何を聞いてるのかなって?」
「何って、別に何か音楽じゃないの?」

 道子がさして考えもせずに、サラリとそう答える。

「音楽か~」
「そんなに気になるなら、本人に聞いてみれば?」

 道子の後ろから、紗絵がそう声を出した。

「別に、そこまでじゃないからいいよ」
「授業中、ずっと眺めてたくらいなのに? このこの~」

 道子が私のほっぺたをつまみながら、ムニムニと動かす。今の私は、完全に道子のおもちゃだ。
 道子の手からほっぺたを振りほどき、私は机の上にお弁当を出そうとして、思い出した。

 ――しまった!

 今日はお母さんが寝坊をした為、お弁当を持参してはいなかったのだ。
 昼休みの購買は戦場だ。
 4時間目が終わってすぐに行ったとしても、お目当てのパンが購入できるかは分からないのに……。

「あれ、和葉もしかして今日弁当じゃないの?」

 紗絵が私を気遣うように声を掛けてくれる。

「うん、やばいわ。ちょっと購買行ってくる」
「今からじゃもう遅くない? うちらの分けてあげるよ。ねぇ、道子」
「うん、いいよ。もうパン売り切れてるかもしれないし」

 二人の温かな言葉に、ありがとう、でもやっぱり行くだけ行ってみるよ、と告げ、私は教室を飛び出し、一階の購買部へと向かった。
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