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敵意に触れまして
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「おはようございます、お嬢!」
「スズさん、おはようございます」
身支度を整えて大広間に入ると、朝食を配膳していた組員(音の鳴らない鈴のピアスをしているのでスズさんと呼んでいる)が私に気付き挨拶をしてくれる。元気のいい彼に挨拶を返して私も朝食の配膳に加わった。
佐渡組は特に理由がない限りは組長を含めた組全員で朝昼晩と食事をする。大広間に組員全員が集まった時の迫力は今すぐにでも思い出せるくらいに壮観だった。
しかし組員の数が多いため食事の配膳は当番制になっており、またそれ以外の組員でも手が空いていれば手伝いをする。ヤクザとは思えないくらいしっかりしているのだ。
「お嬢はゆっくり座っていてくださいよ」
「そうですぜ。あっしらが配りますから」
「いえ、ジッとしているのは落ち着かないので手伝わせて下さい」
配膳当番の組員達とそんな会話をしながら朝食を配膳していた私に声がかかる。
「おはよう」
「おはようございます、春也義兄さん」
私が振り返ってそう返せば、やけに優しい微笑みを浮かべた春也の目が細められた。黒曜石のような瞳は出会った当初と変わらず冷めており、私への嫌悪を宿している。
組員達は彼に挨拶をすると配膳へ戻っていった。
「いつも皆の手伝いをしてえらいね。ゆっくり休んでいても大丈夫なのに」
「•••いえ、そんなことないですよ。動くの好きですから」
そんなに嫌悪するなら態々話しかけて来なければいいのに、と思いつつ春也に笑い返す。そもそも相手にその感情がバレてる時点で優しい対応をする意味もないだろうに、無駄な労力を使う必要はあるのか。
いや、それもわざとかもしれない。
そもそもヤクザの跡継ぎがこうも簡単に感情を悟られるだなんて普通に考えてありえないだろう。となると春也のこの態度はわざとだと考えるのが妥当だ。今の言葉だって口外に「ジッとしてろ、俺の視界に入るな」と告げているようだったし。
私を見下ろす春也に内心ため息を吐いた。
「•••そんなとこで何やってんだ、兄貴」
「あぁ、夏輝。何でもないよ」
「おはようございます、夏輝義兄さん」
「••••••」
春也の影に隠れて私が見えていなかったのか、ごく普通な態度で夏輝が春也へ声をかけた。
どんな相手であれ挨拶は大事だと彼に声をかければ、私の存在に気付いた彼は不機嫌そうに顔を歪めてその場を去った。舌打ちのオプション付きで。
「•••夏輝が、ごめんね」
「いえ気にしていませんよ」
夏輝に変わり謝る春也にそう返す。その目は愉しそうな色を隠すことなく私を見つめていた。
夏輝の態度に私が泣くか怖がるかすると思っていたのだろう、平然とした私の言葉に微かに春也は顔を歪める。
「•••そう、なら良かった」
全然そう思っていないのを隠せていない春也は、そう言い残してその場を離れていった。上座へ歩いて行く春也の背中を見ながら顔を顰める。
「いや、面倒くさいな•••」
思わず口から本音が漏れた。
私が嫌いなら嫌いで夏輝のように無視すればいいのに、春也は何故態々私に絡んでくるのだろうか。構ってちゃんか?
頼れる王子様のような外見に反して、内面は子供と変わらない。春也に近寄らなければ良いだけの話なんだがどうにも彼はしつこそうな感じがする。
「おはよう、冬華ちゃん。兄さん達がごめんね」
「秋久くんおはよう。気にしてないから平気」
「それでも謝らせてよ」
頭を悩ませる私に駆け寄ってきた秋久が申し訳なさそうに謝った。先程の春也とは違い、心底そう思っているように感じる。同じ兄弟でこうも性格が変わるのか。
内心そう考えてながらぼう、と秋久を見つめていると周囲がざわめき始めた。壁にかかっている時計を見れば朝食の時間を指している。
「冬華、早く席に座りなさい。秋久くんも」
「わかってる」
「はい、雪子母さん」
上座で組長の隣に座っている母がそう言って私達を手招く。秋久に母さん、と呼ばれた母は嬉しそうに笑っている。
「おはようございます、四季さん」
「おはよう、冬華ちゃん」
用意されている私の席に腰掛けながら組長に挨拶をする。私の席は組長の隣だ。母とは反対側の。
新参者が上座に座り、組長の隣に座るなんて駄目なんじゃないかと思ったのだが、組長に押し切られてこの席に決まった。両手に花だと言っていた。
「•••四季さん、母さん。程々にした方がいいと思いますよ」
私の囁きに組長と三兄弟が不思議そうな顔をする。母はにっこりと笑うだけだ。
「ここ、見えてますからね」
「え?•••ぁ、」
自分の耳の後ろを指し示すと、組長は自分の耳元を触り何を思い出したのか、カッと顔を染めた。その手の下には真っ赤な華が並んでいる。
「四季さんがあんまりにも縋ってくるからつい、ね?」
「これで何度目?私は平気だけど義兄さん達がかわいそうでしょ」
「そのうち慣れるわよ」
「もう、母さんったら•••」
平然と会話する私と母に組長の頬の赤みが増す。恥ずかしそうな、しかしどこか嬉しそうな彼を三兄弟達が凝視した。顔合わせの時もこんな感じだったんだからそこまで驚かなくてもいい筈なのに変なの。
ガヤガヤと騒がしい下座とは反対に静まり返った上座で私は卵焼きを口にした。今日も料理が美味しい。
「スズさん、おはようございます」
身支度を整えて大広間に入ると、朝食を配膳していた組員(音の鳴らない鈴のピアスをしているのでスズさんと呼んでいる)が私に気付き挨拶をしてくれる。元気のいい彼に挨拶を返して私も朝食の配膳に加わった。
佐渡組は特に理由がない限りは組長を含めた組全員で朝昼晩と食事をする。大広間に組員全員が集まった時の迫力は今すぐにでも思い出せるくらいに壮観だった。
しかし組員の数が多いため食事の配膳は当番制になっており、またそれ以外の組員でも手が空いていれば手伝いをする。ヤクザとは思えないくらいしっかりしているのだ。
「お嬢はゆっくり座っていてくださいよ」
「そうですぜ。あっしらが配りますから」
「いえ、ジッとしているのは落ち着かないので手伝わせて下さい」
配膳当番の組員達とそんな会話をしながら朝食を配膳していた私に声がかかる。
「おはよう」
「おはようございます、春也義兄さん」
私が振り返ってそう返せば、やけに優しい微笑みを浮かべた春也の目が細められた。黒曜石のような瞳は出会った当初と変わらず冷めており、私への嫌悪を宿している。
組員達は彼に挨拶をすると配膳へ戻っていった。
「いつも皆の手伝いをしてえらいね。ゆっくり休んでいても大丈夫なのに」
「•••いえ、そんなことないですよ。動くの好きですから」
そんなに嫌悪するなら態々話しかけて来なければいいのに、と思いつつ春也に笑い返す。そもそも相手にその感情がバレてる時点で優しい対応をする意味もないだろうに、無駄な労力を使う必要はあるのか。
いや、それもわざとかもしれない。
そもそもヤクザの跡継ぎがこうも簡単に感情を悟られるだなんて普通に考えてありえないだろう。となると春也のこの態度はわざとだと考えるのが妥当だ。今の言葉だって口外に「ジッとしてろ、俺の視界に入るな」と告げているようだったし。
私を見下ろす春也に内心ため息を吐いた。
「•••そんなとこで何やってんだ、兄貴」
「あぁ、夏輝。何でもないよ」
「おはようございます、夏輝義兄さん」
「••••••」
春也の影に隠れて私が見えていなかったのか、ごく普通な態度で夏輝が春也へ声をかけた。
どんな相手であれ挨拶は大事だと彼に声をかければ、私の存在に気付いた彼は不機嫌そうに顔を歪めてその場を去った。舌打ちのオプション付きで。
「•••夏輝が、ごめんね」
「いえ気にしていませんよ」
夏輝に変わり謝る春也にそう返す。その目は愉しそうな色を隠すことなく私を見つめていた。
夏輝の態度に私が泣くか怖がるかすると思っていたのだろう、平然とした私の言葉に微かに春也は顔を歪める。
「•••そう、なら良かった」
全然そう思っていないのを隠せていない春也は、そう言い残してその場を離れていった。上座へ歩いて行く春也の背中を見ながら顔を顰める。
「いや、面倒くさいな•••」
思わず口から本音が漏れた。
私が嫌いなら嫌いで夏輝のように無視すればいいのに、春也は何故態々私に絡んでくるのだろうか。構ってちゃんか?
頼れる王子様のような外見に反して、内面は子供と変わらない。春也に近寄らなければ良いだけの話なんだがどうにも彼はしつこそうな感じがする。
「おはよう、冬華ちゃん。兄さん達がごめんね」
「秋久くんおはよう。気にしてないから平気」
「それでも謝らせてよ」
頭を悩ませる私に駆け寄ってきた秋久が申し訳なさそうに謝った。先程の春也とは違い、心底そう思っているように感じる。同じ兄弟でこうも性格が変わるのか。
内心そう考えてながらぼう、と秋久を見つめていると周囲がざわめき始めた。壁にかかっている時計を見れば朝食の時間を指している。
「冬華、早く席に座りなさい。秋久くんも」
「わかってる」
「はい、雪子母さん」
上座で組長の隣に座っている母がそう言って私達を手招く。秋久に母さん、と呼ばれた母は嬉しそうに笑っている。
「おはようございます、四季さん」
「おはよう、冬華ちゃん」
用意されている私の席に腰掛けながら組長に挨拶をする。私の席は組長の隣だ。母とは反対側の。
新参者が上座に座り、組長の隣に座るなんて駄目なんじゃないかと思ったのだが、組長に押し切られてこの席に決まった。両手に花だと言っていた。
「•••四季さん、母さん。程々にした方がいいと思いますよ」
私の囁きに組長と三兄弟が不思議そうな顔をする。母はにっこりと笑うだけだ。
「ここ、見えてますからね」
「え?•••ぁ、」
自分の耳の後ろを指し示すと、組長は自分の耳元を触り何を思い出したのか、カッと顔を染めた。その手の下には真っ赤な華が並んでいる。
「四季さんがあんまりにも縋ってくるからつい、ね?」
「これで何度目?私は平気だけど義兄さん達がかわいそうでしょ」
「そのうち慣れるわよ」
「もう、母さんったら•••」
平然と会話する私と母に組長の頬の赤みが増す。恥ずかしそうな、しかしどこか嬉しそうな彼を三兄弟達が凝視した。顔合わせの時もこんな感じだったんだからそこまで驚かなくてもいい筈なのに変なの。
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