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引っ越しまして

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 顔合わせの日から数日が経ち、いよいよ引っ越しの日になった。あの日帰ってきた母は満足そうな顔をしていたので、相当なプレイになったのだろう。三兄弟も気の毒だったな。

「付きやしたぜ、姐さん」
「ありがとう」
「足元に気をつけて下さい、お嬢」
「はい、ありがとうございます」

 佐渡組の組員が運転してくれた車から降りる。組長からの命令との事で私達を迎えに来てくれていたのだ。
 まだ会って二度目なのに彼等は母を姐さん、私をお嬢と呼ぶ。三兄弟の長男次男と違い、彼等は私達を受け入れている様だった。私達を呼ぶ声は敬意を含んでいる。
 敬われる様な事はしてないのにな、と思うが面倒なので訂正はしない。理由は気になるが。

「ふふ、いかにもヤクザの妻って感じね」
「まぁ、母さんが楽しいなら良かったよ」

 大きな門の前で母と会話する。視界の端では運転手の組員が門番に声をかけていた。彼から耳打ちされた門番は私達を見てパッと顔を明るくさせると、門に手をかける。
 門番が開いた門の先には、ずらりと組員であろう人達が並んで一斉に頭を下げていた。うわ、任侠映画で見たやつだ。

「「「お疲れ様です。姐さん、お嬢」」」
「あらあら、息ぴったりね」

 すごいわ、と喜ぶ母の隣で私は彼等に会釈をする。強面の人が多いが、敵意はない様でホッと胸を撫で下ろす。

「雪子さん、冬華ちゃん」
「四季さん」
「迎えに行けなくてすまなかった。どうしても家から離れられなくて」

 申し訳ないと眉を下げる組長に母は首を横に振る。

「気にしなくても大丈夫よ、四季さん。組員さんを迎えによこしてくれてありがとう」
「雪子さん•••♡」

 うっとりと母を見つめる組長に、コホンと喉を鳴らす。

「それ以上は二人きりの時にしてください、四季さん。理性のない獣じゃないのだから我慢出来ますよね?」
「•••、もちろんだよ、冬華ちゃん」
「ふふ、冬華ったら」

 頬を染めてゴクリと喉を鳴らした組長を不思議に思っていると母が楽しそうに笑った。

「さぁ、入ってくれ。冬華ちゃんの部屋に案内しよう」

 ふ、と息をついて頬の赤みが引いた組長が私の手を引いて言う。自分の部屋、という憧れの存在に少なからず胸が高鳴る。コクコクと頷いた私を組長は嬉しそうに見ていた。

「あら私は?」
「雪子さんは私と同じ部屋だよ。そうだよね?」
「もう、冗談よ!約束は破らないわ」

 母の問いかけに組長がそう言って不安げな表情をする。彼は私の手を掴んでいる方とは反対の手で、母を逃さまいと胸の中に囲った。一瞬の動きにキョトンとした母は、からりと笑う。
 母に頬を寄せる組長に、そんな彼の頬を撫でる母。組長に手を握られている為私は逃げられない。
 廊下や外に控えている組員達が玄関口でイチャつく二人にどうすればいいのかと困り、助けを求めるように私を見つめる。

「母さんそれくらいにして。四季さんも我慢してください」

 ため息混じりの私の言葉に組長の肩が跳ねる。

「あら、ごめんね。冬華」
「ぅ、すまない。冬華ちゃん」
「いいえ。私の部屋に案内してもらえますか?」

 くん、と組長の手を引いて彼を見上げた。前に会った時も思ったが、組長は背が高い。推定190はある彼と約160の私の身長差は30cm、見上げると首が痛くなる。

「はぁ•••♡雪子さんそっくりだ」

 うっとりと呟く組長に思わず眉が寄る。悦に浸るなら私の居ない場所にしてほしいし、いつまで玄関口に居ないといけないの?

「こら、四季さん。冬華が怒るわよ」
「別に怒んないよ。ただ呆れるだけ」

 腰に回された組長は腕を叩きながら言った母にそう返す。口からは無意識にため息が溢れていた。

「す、すまない。すぐに案内するよ」
「•••よろしくお願いします」

 そう言ってぎゅっと握り締められた組長の手の力に苦笑して、私は頷いた。しゅん、とした彼が可哀想になったからじゃない。だから母は私を微笑ましそうに見ないで欲しい。

「ここが冬華ちゃんの部屋だよ」
「わぁっ•••!」

 長い廊下を歩いて案内された部屋に、私の口からは感嘆の声が漏れた。
 和室に慣れない私を気遣ってくれたのか床は殆どがフローリング貼りになっており、部屋の片隅に二畳程の畳が敷かれている。庭に面する小窓の障子に貼られた和紙は小花の透かしが入っていた。昔から密かに憧れていた天蓋付きのベッドも置いてある。
 和と洋が混ざっているのに可愛らしくまとまった部屋。甘すぎず、けれど殺風景ではない様に工夫が施された私の部屋に頬が緩む。

「素敵な部屋•••」
「気に入ってもらえたかな?」

 不安げに私に問いかける組長に頷く。

「はい!すごく嬉しいですっ、ありがとう四季さん!」
「良かったわね、冬華」
「うん!」

 力の抜けた組長の手を離し、私は部屋に足を踏み入れた。微かに香る井草の匂いに気持ちが落ち着く。

「雪、雪子さん、冬華ちゃんが•••!」
「満面の笑みだったわね。あの子昔からこういう部屋に憧れていたからよっぽど嬉しかったみたい」

 私の反応に感動した様子の組長と母の会話を他所に、私は小窓の障子を開ける。小窓からは立派な庭にある大きな池がよく見えた。

「ほんとうに素敵•••」

 柔らかく吹いた風が私の髪を撫でる。なんとか上手くやっていけそうだ。根拠はないが漠然とそう思った。
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