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〜初等部

説教

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「春が階段から落ちた日、奏は一日中泣いていた。目を赤くして、声を上げて、ずっと・・・」

 そう言って父は、私が眠っていた一年間にあった出来事を話し始める。

***

 兄は私が階段から落ちた日から満足に睡眠も食事もとらなかったらしい。父が言っても、母が言っても、友人である青柳の言葉さえも聞かず何か・・に向かって休まず我武者羅に頑張っていたようだ。
 そして毎日私の様子を見に来ては懺悔するかのように私の手を握りしめ、泣きながら私に謝り続けていたのだと父は言う。
 あの事故は自分のせいだと自身を責めて、追い詰めて、笑わなくなっていったらしい。

「でも今日は春が目を覚まして、奏の心は救われて、私も華も本当に、本当に嬉しかったんだ」

 そう言って父は笑う。父に寄り添う母は泣いていた。

「私達はもっと頑張らないといけないな。奏と春に頼ってもらえるくらいに、奏と春を助けてあげられるくらいに・・・」

 兄の頭を優しく撫でる父の目はうっすらと涙で滲んでいる。
 あぁ、私達兄妹はこんなにも両親に愛されているんだ。そう、改めて感じる。
 そんなことない、父も母も十分に助けてくれていると、そう言おうと口を開いてやめた。先にやることが出来たから。

「・・・お兄様、起きていらっしゃるのでしょう?」
「・・・っ」

 私の言葉に横になっている兄の肩が揺れた。・・・やっぱり起きているな、兄。
 狸寝入りをしている兄から視線を外さず、じっと見つめていると私の視線に耐えられなかったのか、兄が気まずげに起き上がった。 

「・・・私、怒っていますのよ。お兄様」
「春?」

 小さな声で呟く私に兄は首を傾げる。

「お父様とお母様のお話、聞いていらしたでしょう?無茶をしてこんな姿になって、お兄様は何を考えてらっしゃるの!?自分で自分を追い詰めて、目を覚ました私が、傍にいたお父様やお母様が、お兄様のその姿を見てどんな思いをしたと思いますか!!」

 私の怒声に肩を震わせる兄。の姿を見て視界の端で両親が私を落ち着かせようとしているのが見えたが、今は無視だ。

「・・・私も大分無茶をして、お兄様達を心配させてしまいました。申し訳ありません。ですが、お兄様も目の下に隈をつくって、体も細くなって、髪に艶もなくなって、お兄様はお父様とお母様に眠っていた私と同じくらい、心配をかけていたのですよ」

 兄の手をギュッと握って訴えかける。
 気まずげに目を伏せる兄に、私の言葉は届いたのだろうか。ポツリ、と水滴が手に落ちる。

「・・・ねぇ、お兄様。私と一緒に謝りましょう?お父様とお母様、青柳様にも、桜さん達にも。心配かけてごめんなさいって・・・ね?」

 俯いて声もなく首を縦に振る兄に苦笑しながら細くなったその体を私は抱き締めた。

***

「心配をおかけしてすいませんでした・・・」

 私の手を握り両親へと頭を下げる兄。その隣で私も深く頭を下げた。小さな笑い声と共に、兄妹まとめて頭を撫でられる。

「ふふ、あなた達が元気になったならそれだけで良いのよ・・・。ね?奏斗さん」
「そうだね。お前達が元気に笑っていたら、それでいい」

 そう言って微笑む両親に叱ってくれてもいいのに・・・と思いながらも、両親の暖かい気持ちにじわりと涙が滲む。
 思わず目の前の母に強く抱き着いた。筋肉が衰えてしまい力が入らないけど、今出せる精一杯の力で強く。

「あらあら、珍しく甘えん坊ね・・・」

 そっと抱き締め返された手の暖かさに、子供の様に声を上げて私は泣いた。何が悲しかったのかわからない。只無性に泣きたかった。
 何も言わず、泣き続ける私を家族が優しく見守っていた。

***

「旦那様、奥様。若様とお嬢様のご学友がいらっしゃいましたが、どういたしますか?」

 ノックの後に続けられた言葉に 母から離れる。あんな風に泣いてしまうなんて思わなかった。子供じゃないのに恥ずかしい。

「奏、春、友達に会えるかい?日を改めてもらおうか?」
「いえ、会いたいです!」
「僕も会いたいです」

 父の問いに間髪いれず答える。私の勢いに父が目を丸くしていたが早く桜ちゃん達に会いたいんだもの。仕方ないよね!

「そうか、広間に案内しておいてくれ」
「かしこまりました」

 扉を開き、使用人に声をかけると父は母と一緒に部屋を出た。

「ゆっくり話してきなさい。身だしなみを整えてからね」

 後にそう言って父は笑った。
 確かに寝ていてシワがよった服で会えるはずがない。兄と二人、目を会わせて苦笑した。

***

 長い間寝たきりだった私は筋肉が衰えており上手く歩けなかった為、兄が押す車椅子に乗って桜ちゃん達が案内された広間へ移動する。

「春、もうこんなことはしないでね。春がいなくなったら、僕は・・・」
「もうしませんよ。私はいなくなったりしませんから・・・。ほら、桜さん達に会うのですから笑顔ですよ、お兄様!」

 弱々しい兄の声に後ろを振り返り笑う。私につられて兄も笑った。
 久しぶりに会う友達に心配をかけてはいけないですからね。もうすでに心配をかけているけど。

 広間の扉の前で、一度深呼吸をする。
 使用人によって開かれる扉の先に待つ友達を思い浮かべて私は笑顔を浮かべた。
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