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〜初等部
色褪せた世界(奏side)
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春と昼食を食べる約束をしたのに教師から話しかけられて約束の時間を大分過ぎてしまった。大事な春との約束なのに待たせるなんて・・・!
廊下を走り春の教室へと急ぐ。
「紫之宮様は小早川様達と5年生の教室へ行かれましたよ」
「そう、教えてくれてありがとう」
そう教えてくれた春のクラスメイトに短くお礼を言い、僕はまた走り出した。春とすれ違ったのか・・・。
5年生フロアに向かう廊下の先、僕と同じ紫がかった白銀色を見つけた。春だ。
「春!遅れてごめんね!」
桜嬢達と廊下を覗き込んでいる春の背中に声をかける。振り返った春の髪が、ふわりと揺れた。
走ってきたせいで息を切らしている僕を見て春が微笑む。春は何かを言おうと口を開きかけて、突然廊下の先へと走り出した。
「春!?どうしたの!?」
僕の声が聞こえていないのか、廊下を一直線に走る春の姿に何だか嫌な予感がする。急いで春の後を追う。
廊下を曲がった先、僕の目に入ったのは階段から落ちそうになっている朝倉嬢の腕を引き、彼女と入れ替わりで階段から落ちそうになった春の姿だった。
桜嬢や千華嬢、國近くんが何かを叫んでいるけど、何も聞こえない。
早く、もっと早く走れるだろう僕。春の元へ急ぐんだ。そうじゃないと居なくなっちゃう、僕の大切な妹が。
「春・・・!!」
力一杯、手を伸ばす。届け!届いてくれ!!
・・・・・・僕の手は、空を切った。
春が落ちる直前に浮かべた微笑みが、黒く塗りつぶされた。
***
春の体が階段を転がり落ちる。力なく床に横たわる春の姿に血の気が引いた。
「春、春、起きて・・・」
どんなに名前を呼んでも、春は動かない。動いてくれない。
春。
春、僕の大切な妹。
あぁ、これは悪い夢だ。目が覚めたら、僕の大好きなあの優しい笑顔で『お兄様』って言ってくれる。
そう、これは夢なんだ。
「春様!あぁ、どうしてこんなことに・・・!!」
「お姉様、大丈夫ですか!?誰か先生を呼んでくれ!!」
「春お姉様!起きて下さい!!」
桜嬢達の声が遠くに聞こえる。だんだん目の前が暗くなっていく。
目が覚めたら、きっと全部元通り。
だってこれは悪い夢、なんだから。
***
ベットの上で、眠り続ける春。
父も母も、泣いていた。皆、泣いていた。
春は命に別状はないけど、何時目が覚めるかわからないらしい。頭を強く打ってしまったからだと医者は言った。
・・・夢はまだ覚めない。
後日、朝倉嬢が春の見舞いに来た。彼女は僕達家族に泣きながら謝る。
「私が、髪飾りを取ろうとしなければ良かったのです・・・!私が、私が春さんの変わりに落ちればよかったのに!!」
パンッ、肌と肌がぶつかる音。
しばらくすると掌がじんじんと痛み、熱くなる。目の前の朝倉嬢は泣きながら頬を押さえている。
「馬鹿なことを言わないでくれ。君がそんなことを言ったら、春が、どんな・・・、どんな気持ちになると・・・」
ボロボロと涙が流れた。言葉が喉をつっかえて、上手く喋れない。
朝倉嬢が許せなかった。彼女がいなければ、春はこんなことにならなかった。そう思った。
だけど、本当に許せないのは僕だ。
僕があの時春を掴めていれば、春を引き留めていれば、・・・僕が約束に遅れなければ!
「奏、落ち着きなさい」
「ごめんなさいね、朝倉さん。今日は帰っていただけるかしら・・・」
両親に優しく抱き締められる。体は2人の温もりに包まれていたけど、心はどんどん冷えていった。
本当は夢じゃないって気付いていた。只、僕はこの現実から逃げていたかっただけなんだ。
僕は両親の腕の中で声をあげて泣き続けた。
ねぇ、春。春が居ないと、僕は、僕達は何も出来ないんだよ。
***
「春、おはよう・・・。今日はいい天気だよ」
春が眠る部屋のカーテンを開く。部屋に射し込んだ光が、長く伸びた彼女の髪に反射する。
あれから一年が経つ。
朝倉嬢の髪飾りを投げた奴とその取り巻きは、全員消した。勝手に僕を美化して朝倉嬢に絡み、その結果春がこうなったのだ。のうのうと日常を送らせておける筈がない。
僕は6年生になり、生徒会に入った。
悠真も生徒会長として所属し、僕は副会長になった。もう二度とあんなことが起こらないように、春を守るために、力をつけなければいけない。
悠真はそんな僕を心配そうに見ていた。
「桜嬢や千華嬢、國近くんが春に見せたいものがあるんだって、なんだろうね」
春の髪を櫛で優しく解かしながら話しかける。春の友達である桜嬢達も何やら裏で動いているようだ。詳しくはまだ教えてもらえてないんだけど。
「春が起きたら、家族皆で食事に行こう?春が好きなものを食べに行こうね」
僕の可愛い妹。
僕の大切な妹。
早く目を覚まして、僕に微笑んで。
あの優しい声で僕を誉めて。
「・・・もう、学園に行く時間だ」
そっと春の頭を撫でて扉を開ける。ベットの上で眠る春の姿をもう一度見て、部屋を出た。
「行ってきます、春」
扉の閉まる音が、静かな廊下に空しく響く。
春が目を覚まさない限り僕の世界は色褪せたままだ。
廊下を走り春の教室へと急ぐ。
「紫之宮様は小早川様達と5年生の教室へ行かれましたよ」
「そう、教えてくれてありがとう」
そう教えてくれた春のクラスメイトに短くお礼を言い、僕はまた走り出した。春とすれ違ったのか・・・。
5年生フロアに向かう廊下の先、僕と同じ紫がかった白銀色を見つけた。春だ。
「春!遅れてごめんね!」
桜嬢達と廊下を覗き込んでいる春の背中に声をかける。振り返った春の髪が、ふわりと揺れた。
走ってきたせいで息を切らしている僕を見て春が微笑む。春は何かを言おうと口を開きかけて、突然廊下の先へと走り出した。
「春!?どうしたの!?」
僕の声が聞こえていないのか、廊下を一直線に走る春の姿に何だか嫌な予感がする。急いで春の後を追う。
廊下を曲がった先、僕の目に入ったのは階段から落ちそうになっている朝倉嬢の腕を引き、彼女と入れ替わりで階段から落ちそうになった春の姿だった。
桜嬢や千華嬢、國近くんが何かを叫んでいるけど、何も聞こえない。
早く、もっと早く走れるだろう僕。春の元へ急ぐんだ。そうじゃないと居なくなっちゃう、僕の大切な妹が。
「春・・・!!」
力一杯、手を伸ばす。届け!届いてくれ!!
・・・・・・僕の手は、空を切った。
春が落ちる直前に浮かべた微笑みが、黒く塗りつぶされた。
***
春の体が階段を転がり落ちる。力なく床に横たわる春の姿に血の気が引いた。
「春、春、起きて・・・」
どんなに名前を呼んでも、春は動かない。動いてくれない。
春。
春、僕の大切な妹。
あぁ、これは悪い夢だ。目が覚めたら、僕の大好きなあの優しい笑顔で『お兄様』って言ってくれる。
そう、これは夢なんだ。
「春様!あぁ、どうしてこんなことに・・・!!」
「お姉様、大丈夫ですか!?誰か先生を呼んでくれ!!」
「春お姉様!起きて下さい!!」
桜嬢達の声が遠くに聞こえる。だんだん目の前が暗くなっていく。
目が覚めたら、きっと全部元通り。
だってこれは悪い夢、なんだから。
***
ベットの上で、眠り続ける春。
父も母も、泣いていた。皆、泣いていた。
春は命に別状はないけど、何時目が覚めるかわからないらしい。頭を強く打ってしまったからだと医者は言った。
・・・夢はまだ覚めない。
後日、朝倉嬢が春の見舞いに来た。彼女は僕達家族に泣きながら謝る。
「私が、髪飾りを取ろうとしなければ良かったのです・・・!私が、私が春さんの変わりに落ちればよかったのに!!」
パンッ、肌と肌がぶつかる音。
しばらくすると掌がじんじんと痛み、熱くなる。目の前の朝倉嬢は泣きながら頬を押さえている。
「馬鹿なことを言わないでくれ。君がそんなことを言ったら、春が、どんな・・・、どんな気持ちになると・・・」
ボロボロと涙が流れた。言葉が喉をつっかえて、上手く喋れない。
朝倉嬢が許せなかった。彼女がいなければ、春はこんなことにならなかった。そう思った。
だけど、本当に許せないのは僕だ。
僕があの時春を掴めていれば、春を引き留めていれば、・・・僕が約束に遅れなければ!
「奏、落ち着きなさい」
「ごめんなさいね、朝倉さん。今日は帰っていただけるかしら・・・」
両親に優しく抱き締められる。体は2人の温もりに包まれていたけど、心はどんどん冷えていった。
本当は夢じゃないって気付いていた。只、僕はこの現実から逃げていたかっただけなんだ。
僕は両親の腕の中で声をあげて泣き続けた。
ねぇ、春。春が居ないと、僕は、僕達は何も出来ないんだよ。
***
「春、おはよう・・・。今日はいい天気だよ」
春が眠る部屋のカーテンを開く。部屋に射し込んだ光が、長く伸びた彼女の髪に反射する。
あれから一年が経つ。
朝倉嬢の髪飾りを投げた奴とその取り巻きは、全員消した。勝手に僕を美化して朝倉嬢に絡み、その結果春がこうなったのだ。のうのうと日常を送らせておける筈がない。
僕は6年生になり、生徒会に入った。
悠真も生徒会長として所属し、僕は副会長になった。もう二度とあんなことが起こらないように、春を守るために、力をつけなければいけない。
悠真はそんな僕を心配そうに見ていた。
「桜嬢や千華嬢、國近くんが春に見せたいものがあるんだって、なんだろうね」
春の髪を櫛で優しく解かしながら話しかける。春の友達である桜嬢達も何やら裏で動いているようだ。詳しくはまだ教えてもらえてないんだけど。
「春が起きたら、家族皆で食事に行こう?春が好きなものを食べに行こうね」
僕の可愛い妹。
僕の大切な妹。
早く目を覚まして、僕に微笑んで。
あの優しい声で僕を誉めて。
「・・・もう、学園に行く時間だ」
そっと春の頭を撫でて扉を開ける。ベットの上で眠る春の姿をもう一度見て、部屋を出た。
「行ってきます、春」
扉の閉まる音が、静かな廊下に空しく響く。
春が目を覚まさない限り僕の世界は色褪せたままだ。
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