流浪の果ての花園

萩原伸一

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第一章 果てしない旅

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 屋敷に着いた右門は、花畑で花に水をやる佳子を見た。この様な晩に、この時刻に花などと思ったが、そんな佳子を見ていると、なぜか自分が小さく思えた。
 今まで花など気にも止めた事の無かった右門だが、咲き誇る花々を見て、本当に美しいと思えた。

 佳子が言った。

「花の命は短いですが、美しく咲いて見事に散ります。私達は、ずいぶん永く生きて来ましたね。私達も花に恥じぬ様、見事散る事が出来るでしょうか」

 右門は佳子が、これほど強い人とは思っていなかった。所詮今夜だけの命、佳子をどの様に勇気づけ、連れて逝けば良いかと考えていたが、逆に自分が勇気づけられた。

「ここに至っても、花を気遣う佳子殿は立派だ」
「伝八郎は旅の剣客から、道場では学べぬ兵法を教わりました。まさかあの様な、恐ろしい剣と兵法の役立つ日が訪れるとは、私も伝八郎も、夢にも思った事など無かったのです」

 そこまで話して佳子は一息ついて

「伝八郎は絶対負けぬと信じていても、何かしていないと落ち着きませぬ。右門様、佳子も雪様にお別れしとう御座います。向山は貴方のお屋敷からでも見えます。連れて行ってください」


 右門の屋敷に着いた佳子は、無残な雪の遺体に手を合わせた。

「雪様、何度も御見舞い有難う御座いました。せがれ伝八朗が、憎き国光を成敗に参りました、守ってあげて下さい。佳子も雪様の様に、見ごと散りとうございます。右門様と供に、すぐお側に参ります」

 二人は向山の良く見える所に並んで腰を下ろした。


 一方、向山に着いた伝八郎は、又三郎に言い聞かせた。

「寂しいだろうが、俺が帰るまで誰にも見つからぬよう、隠れているのだぞ。俺は必ず勝って帰ると約束する。お前は武士の子だ。俺が帰るまで、泣かずに待つと約束しなさい」
「本当に帰ってくるか、伝八郎」
「帰る、こんな所にお前を一人残して、俺は死ねぬ。約束する」

 幼い又三郎も安心したのか、気丈に見送ってくれた。
 伝八郎は旅の剣客から授けられた兵法を実戦に移した。相手は賊が忍び込むなら夜中と思っている。その裏をかき、日が暮れたばかりの、まだ戸締りの出来ていない邸内に忍び込み、物陰に隠れ隙を伺っていた。夜が更け、明かりの届かぬ物陰を伝い、少しずつ、影の様に伝八朗は核心に忍び寄って行く。警戒の厳しい敵陣を、単身で襲う策は、これ以外ないだろう。国光君の寝所は何処かと、様子を伺っていると、広間で話し声が聞こえた。

「国光君、もう少しの辛抱です。前回は家老の赤石に邪魔され残念でしたが、今度は邪魔せぬよう赤石の家族から攻めています。明日には娘の雪の斬られたのを知り、赤石は震え上ることでしょう。まだ邪魔をすれば、今度は孫の又三郎を片付けます」
「油断するな。右門の部下の伝八朗は只者でない。雪を襲って斬られた二人を、こちらの差し向けた者と見抜いているだろう」
「ご安心なされ。奴と右門は近い内に浪人と喧嘩して斬られて死ぬ筋書きになっています」

 障子一枚の所まで忍び寄り、これを聞いた伝八朗は、取り巻きのこ奴等も情けは無用、生かせておけぬ、と思った。

 伝八朗は静かに戸を叩いた。

「誰だ、入れ」

 まさかこの警戒の厳重な邸宅のど真ん中に、刺客が忍びこんで居るとは夢にも思わず、不用意に戸を開けた。
 開けた男は、悲鳴を上げる間もなく倒れ、伝八朗は飛び込み様、相手に刀を抜く間も与えずまた一人斬り、返す刀で三人目を斬った。やっと刀を構えた残った男が叫んだ。

「貴様!伝八朗だな、血迷ったか」
「雪姫様に手を掛けたのが、お前達の命取りになった様だ」

 斬りかかる男の刀を受け流し、薄笑いを浮かべた伝八朗の剣は、真っ向から相手の頭を割っていた。それを見た国光君は震え上がり、

「ま、待ってくれ。身共は下々の事など知らぬ。助けてくれ」

 国光君は、なり振り構わず助けを乞うた。

「侮様よな!雪姫様は何十箇所と斬られても、又三郎様を守りぬいて果てられたぞ。うぬも武士なら腹を斬れ。」

 それでも命乞いをする国光に、伝八朗は呆れて言った。

「表に子供を待たせてある。何時までも、下衆の相手はしてはおれぬ。俺が引導渡してやる。貴様は一思いには逝かせぬぞ」

 命乞いも無駄だと知った国光は助けを呼んだ。
 そのため邸内が騒がしくなってくる。伝八朗は憎々しげに、とどめの太刀を振り下した。


 一方、真っ暗な山小屋で独り待つ、幼い又三郎は心細かった。必ず帰ると言って単身で敵の屋敷に斬り込んだ伝八郎を待つ、まだ五歳の又三郎は辛かった。東の空が少し明るくなり、辛抱できなくなり外に出た又三郎は、伝八郎の出て行った細い山道に目を凝らした。
 暗闇に目が慣れ、人影が近づいて来るのが見えた。まぎれもなく伝八郎だ。だが優しいはずの伝八郎の顔が、返り血を浴び、地獄から這い上がって来た様だった。
 伝八郎は何よりも先に小屋に火を放った。

 右門様と母上が、きっとこの炎を見て、凱旋を喜んでおられるだろう...
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