流浪の果ての花園

萩原伸一

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第一章 果てしない旅

其の壱 今生の別れ1

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 主家にお家騒動が起き、家老の赤石は命を賭して騒動鎮圧の旗頭となるが、赤石を攻めあぐんだ分家の国光君は、赤石に手を引かせようと赤石の家族に狙いをつけた。屋敷内で長兄を刺客に殺され、愛娘の雪も狙われた。さすがに赤石も窮地に追い込まれ、思案の末、雪を我が家の家来の中でも軽輩で目立たぬ、右門の家に匿うにことにした。
 突然、雪を預かる事となった右門は驚いた。当然右門にとって、ご家老は殿で、その娘の雪は姫君だ。
 一方雪姫は、我が家の家来の中でも末席で若輩の癖に、雪の機嫌も取らぬ生意気な右門を普段から、快く思っていなかった。
 そんな右門の家に預けられる事に成った雪姫は、歯に絹を着せぬ右門の言動に反抗した。
 右門は職務を免除され、ひたすら姫のお守りに時を費やしていたが、威張ってばかりいる雪姫と、毎日顔を突き合わせて居るのが窮屈で、隙をを見て好きな釣りなどに出かけた。それに気付た雪姫は、カンカンに怒った。

「雪が退屈しているのに、お前は遊び回って居るのか、無責任な!、雪も釣りに連れて行きなさい」
「無責任とは心外な、殿は敵を欺くため、私の様な軽輩に姫を預けられたのです。私が何時も家に居ては、かえって怪しまれます。右門も、お優しく、お美しい姫の側に居たいのですが敵を欺くため、好きでもない釣りに努力して、行っているのです」
「嘘も方便と言うが、下手なお世辞を並べられると背筋に悪寒が走る。雪も明日から、釣りに連れて行きなさい」
「それは危険です。お綺麗で、目立ち過ぎる姫様が釣りなどしていれば、どんな馬鹿でも気が付きます」
「又、下手なお世辞を、町娘の衣装を調えなさい。身に着けている物で人は判断します。中身は雪も同じです」
「驚いた、世間知らずと思っていたのに、油断も隙も無い」
「何をぶつぶつ言っているのです」

 翌日から、釣りや散歩に二人は出かけた。姫はまるで子供の様に、何をしても真剣だった。惚れっぽい右門は、そんな雪を抱きしめたい衝動に駆られた。初めは反抗ばかりして居た雪姫も、飾らない右門が他の若者達とは違うのに気付き、興味が出てきた。
 幸いお家騒動も下火になり、姫に迫る危険も遠き、右門は恐れ多くも姫に恋心を抱いていた。初心な二人だけに進展も早かった。姫が屋敷に帰る前夜、一度だけ二人は結ばれた。屋敷に帰った雪姫の体に異変が表れ、姫は驚いて父の赤石に右門と結ばれた事を打ち明けた。聞いた赤石は驚いた。驚き怒って三日寝込んだ。大藩の家老職たる者の娘が、有ろう事か軽輩の家来との間に間違いが起こるなど、とんでもない事で、騒ぐことも出来ず、思い余った赤石は用人の爺を呼び付けた。

「爺、右門を連れて参れ。成敗してくれるわ」
「突然ご無体な!、右門が何をしたと言われるのです。右門は立派に姫を、守り抜いたのです。褒美を使わされても良いと思いますが」

 親代わりの様な爺に反論され、言葉に詰まった赤石は、やむなく爺にだけ事の次第を話し、右門を自分の前に引き出すよう命じた。だが用人も、嫌な言を人に伝えるのが苦手だった。

「右門、良く姫を守ってくれた。殿が礼をしたいと言っておられる。すぐ殿に、お目通りしなさい」

 右門は殿に会うのは気が咎めたが、殿の前に平伏した。

「右門、どうして身共に呼ばれたか解るか」
「はい、ご用人から、ご褒美を下さると聞き参上いたしました」

 赤石は、「爺の奴、上手く逃げたな!」と思ったが、もう遅い。

「右門、いま身共がうぬに、腹を斬れと言ったらどうする」

 赤石の怒りの篭ったこの一言で、右門は初心な雪姫が、二人の秘密を殿に話してしまったと解った。

「申し訳ご座いません。身の程も知らず、恐れ多くも姫に、大変な無礼をしてしまいました。お手討は覚悟しています。ただ亡き父上の言いつけにより、自ら腹を斬る事は、お許し願います。」
「父上は、切腹はするなと言われたか。普通の親なら武士は、潔く腹を切れと倅におしえるものだ。遺言と思って聞いてやる。父上の言葉を詳しく話してみろ」
「父上は、『腹を斬らねばならぬ恥ずべき事は、始めからするなと言いました。それでも腹を斬れと迫る輩が居たら、隙を見て斬り抜けろ。くだらん事で命を落すな。命を掛けても悔いの無い女子に出会えば突撃しろ、そのため命を落としても男冥利と思え。人の一生など終ってみれば、瞬時の幻の様なものだ。』そう言って父上は亡くなりました」
「うっかりして居たが、うぬは兄弟もなく一人住まいだったなぁ」
「はい、私がお手打ちに成っても、恨みに思う身内はいません。お気軽になさって下さい。姫様には申し訳ないが、私はお手討ちに成っても、雪姫様と過ごした夢の様な三ヶ月を想うと、微塵の悔いも有りませぬ」
「参った、お主の父上に負けた。うぬの首を刎ね辛くなった。ろくに調べもせず、一人住まいのお前に姫を預けた爺にも責任は有る。それで貴様は、雪に無理に押さえたのか」
「はい」
「本当か、雪はそうは言ってないぞ。嘘を言うでない」
「嘘ではありませぬ。姫はいずれ何処かの若君に嫁がれる身、あれは雪姫様の災難だったのです。私が消えれば済む事です」
「そうも行かぬは。うぬが消えても証が残っているわ」

と殿は呟いたが、その時の又三郎には、意味が解っていなかった。

「もう良い、下がれ。後ほど貴様が飛び上がるほど驚く褒美を付けて、雪をうぬに遣わす」
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