【完結】プシュケの彼方ー死ぬことが許されなくなった未来社会。仮の肉体を継いでなお、生きる理由はあるのだろうか?ー

上杉裕泉

文字の大きさ
上 下
45 / 59
7章 朋

4 第三者として

しおりを挟む

 日が傾き始めた午後のことであった。
 花角はひとり生産プラントの木々のあいだを抜け、霧島の居住スペースからの帰路についていた。
 そんな彼の指に付けられた小型端末が震える。
 ――誰からだろう。
 おそらく霧島ではない。先程話したばかりであるし、それに過去を追うのに忙しくてしばらく連絡をくれなさそうにみえた。
 手を振りメッセージを開く。するとそれは想像もしていなかった男からの連絡であった。
 花角はしばし立ち止まったのち、家に帰る足を早めた。

「邪魔をする」
 そう言って家に現れたのは千逸であった。
 花角は、本当に来たと驚きながらも、客人を相手に嗜好性飲料を用意しテーブル越しに面と向かって座す。
 ――この男が来る、ということはおそらく霧島絡みだろう。
 霧島の過去に大きな関わりがあり、死にたいと言っていた彼の心をときほぐした男。その点については、花角は十分に千逸を認めていた。
 しかし、その一方で気になる点があり、あの浜辺で顔を合わせたときから注意を向けていたのであった。
 ひとつは、霧島が思い出したら死ぬ方法を教えるという約束である。
 たしかに、あの頃の霧島は死を求めていた。しかし自分のことを思い出したら死ぬ方法を教えるなんて、愛する人間に対してそんな悲しい約束ができるだろうか。
 また、前回のバーベキューの際、なぜ自分のような部外者の参加を許したのだろうか。
 千逸は自分に対し、まるで品定めをするように黒光りする瞳をこちらに向けていた。また、溺れた霧島が戻ってきたあとに彼の首筋に付けられていた無数の赤は、千逸の執着心の表れだろう。そんな敵意をむき出しにした男が、なぜ他人の参加を許したのだろうか。
 花角は、目の前に座り茶をすする千逸を見た。
 その姿はどこか小さく見え、あのときとは違う弱々しさがあった。
 霧島はこちらに気付き、口を開く。
「単刀直入に言う。確認したいことがある」
「……ああ。なにかな?」
「霧島と連絡がつかないんだ。いつもは……ある程度経ったらすぐに連絡をくれるはずなんだ。しかしいま、通話もメッセージもすべて受け取らない設定になっている。花角、何か知っているか?」
 そのことばに、霧島が千逸に何も告げず、自らの手で過去を知ることを選んだことに花角は気づいた。
 ――彼らしい。止められると分かっていて、千逸に相談しなかったんだな。
 昔から猪突猛進なところがあり、言ってもすこしも聞かずに何度も意見を交わしてぶつかった記憶が蘇る。
 霧島がそうしたということは、おそらくどんな過去も受け入れて、もう一度空山千逸に向き合う覚悟を決めたということである。
 この男はそれをまだ知らないのである。
 ――どんな反応をするか、試しに伝えてみようか。
 そう考えた花角は千逸に言う。
「……ああ。どうやら記憶の手がかりをみつけたみたいだ」
 すると、千逸の顔がみるみる白くなったのがわかった。かすかに震える姿に花角ははじめて千逸の弱さを感じだ。
 千逸はしばし無言を貫いたあとで、静かに口を開いた。
「…………そうか。止めなかったんだな。お前はこっち側だと思っていたんだが」
「こっち側?」
「……霧島のことが好きなんだろう」
 ――そのことか。
 すでに隠すこともなかった花角は、心のうちをすべて打ち明けてしまおうと思った。この状況では、なぜかそれが平等に思えた。
「……ああ。好きだよ。俺は霧島の達観したところと、その裏のどこか無邪気で芯のあるところにずっと憧れていたんだ」
「ならなぜ行かせた?行かせないほうがお前にとって都合が良かっただろう」
 自嘲気味に発せられたそのことばに、花角のなかでぱちりと火が付く。
「思い出さないままのほうが、俺にとってよかったと?……ははは。そうしてまた繰り返させて、霧島に死にたいと言わせるのか?それはもうごめんだ。俺がみたいのは、一緒にいたいのは死にたいなんて言う霧島じゃない。いまの……前を向いている霧島だ」
「――でも!」
 その大きな声に花角は驚く。千逸は続ける。
「霧島が過去の記憶を思い出してしまったら……俺は死の方法を教えなければならない。それが彼との約束なんだ」
 そのことばに花角は一瞬ぽかんとする。
 しかし、よく考えてみれば、あの約束は霧島に振り向いてもらいたいがために言った浅はかな約束であるということだ。
 ――よかった。
 そう安心して花角がかすかに浮かべた微笑みを、千逸は感じとったらしい。
「何がおかしい」
 まじめそのものの彼に、花角は言う。
「いまの霧島は……死にたいなんていう顔をしていたか?」
 千逸の暗く沈んだ瞳を、正面から見据えながら続ける。
「……空山千逸くざんちはや。きみの好きだった男――霧島至旺はもう戻りつつある。彼のことは、きみが一番よく知っているだろう?俺には……きみがどこか怖がっているように見えるよ。思い出してほしくない、なにか別の理由があるのか?」
 その問いに千逸は答えなかった。ただ、再度みた千逸の瞳は、奥底に輝きを取り戻したようにみえた。
 花角はやれやれと思いながら、ことばを付け足す。
「……気になるなら君も行ったらいいさ。管理プラントとやらの中にあるんだろう?君たちが大昔に出会ったという大切な場所が」
 花角がそう言うと、千逸はなにかに気づいたように立ち上がった。そして小さく感謝を口にすると、玄関を軽やかに出ていった。
 花角はその後ろ姿を見ながら呟く。
「……まったく。青春してるな」
   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

獣人ハ甘ヤカシ、甘ヤカサレル

希紫瑠音
BL
エメは街でパン屋を開いている。生地をこねる作業も、オーブンで焼いているときのにおいも大好きだ。 お客さんの笑顔を見るのも好きだ。おいしかったという言葉を聞くと幸せになる。 そんな彼には大切な人がいた。自分とは違う種族の年上の男性で、医者をしているライナーだ。 今だ番がいないのは自分のせいなのではないかと、彼から離れようとするが――。 エメがライナーのことでモダモダとしております。じれじれ・両想い・歳の差。 ※は性的描写あり。*は※よりゆるめ。 <登場人物> ◇エメ ・20歳。小さなパン屋の店主。見た目は秋田犬。面倒見がよく、ライナーことが放っておけない ◇ライナー ・32歳。医者。祖父と共に獣人の国へ。エメが生まれてくるときに立ち合っている。 <その他> ◆ジェラール…虎。エメの幼馴染。いい奴 ◆ニコラ…人の子。看護師さん ◆ギー…双子の兄 ◆ルネ…双子の弟

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い

たけむら
BL
「いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い」 真面目な幼馴染・三輪 遥と『そそっかしすぎる鉄砲玉』という何とも不名誉な称号を持つ倉田 湊は、保育園の頃からの友達だった。高校生になっても変わらず、ずっと友達として付き合い続けていたが、最近遥が『友達』と言い聞かせるように呟くことがなぜか心に引っ掛かる。そんなときに、高校でできたふたりの悪友・戸田と新見がとんでもないことを言い始めて…? *本編:7話、番外編:4話でお届けします。 *別タイトルでpixivにも掲載しております。

処理中です...