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7章 朋
4 第三者として
しおりを挟む日が傾き始めた午後のことであった。
花角はひとり生産プラントの木々のあいだを抜け、霧島の居住スペースからの帰路についていた。
そんな彼の指に付けられた小型端末が震える。
――誰からだろう。
おそらく霧島ではない。先程話したばかりであるし、それに過去を追うのに忙しくてしばらく連絡をくれなさそうにみえた。
手を振りメッセージを開く。するとそれは想像もしていなかった男からの連絡であった。
花角はしばし立ち止まったのち、家に帰る足を早めた。
「邪魔をする」
そう言って家に現れたのは千逸であった。
花角は、本当に来たと驚きながらも、客人を相手に嗜好性飲料を用意しテーブル越しに面と向かって座す。
――この男が来る、ということはおそらく霧島絡みだろう。
霧島の過去に大きな関わりがあり、死にたいと言っていた彼の心をときほぐした男。その点については、花角は十分に千逸を認めていた。
しかし、その一方で気になる点があり、あの浜辺で顔を合わせたときから注意を向けていたのであった。
ひとつは、霧島が思い出したら死ぬ方法を教えるという約束である。
たしかに、あの頃の霧島は死を求めていた。しかし自分のことを思い出したら死ぬ方法を教えるなんて、愛する人間に対してそんな悲しい約束ができるだろうか。
また、前回のバーベキューの際、なぜ自分のような部外者の参加を許したのだろうか。
千逸は自分に対し、まるで品定めをするように黒光りする瞳をこちらに向けていた。また、溺れた霧島が戻ってきたあとに彼の首筋に付けられていた無数の赤は、千逸の執着心の表れだろう。そんな敵意をむき出しにした男が、なぜ他人の参加を許したのだろうか。
花角は、目の前に座り茶をすする千逸を見た。
その姿はどこか小さく見え、あのときとは違う弱々しさがあった。
霧島はこちらに気付き、口を開く。
「単刀直入に言う。確認したいことがある」
「……ああ。なにかな?」
「霧島と連絡がつかないんだ。いつもは……ある程度経ったらすぐに連絡をくれるはずなんだ。しかしいま、通話もメッセージもすべて受け取らない設定になっている。花角、何か知っているか?」
そのことばに、霧島が千逸に何も告げず、自らの手で過去を知ることを選んだことに花角は気づいた。
――彼らしい。止められると分かっていて、千逸に相談しなかったんだな。
昔から猪突猛進なところがあり、言ってもすこしも聞かずに何度も意見を交わしてぶつかった記憶が蘇る。
霧島がそうしたということは、おそらくどんな過去も受け入れて、もう一度空山千逸に向き合う覚悟を決めたということである。
この男はそれをまだ知らないのである。
――どんな反応をするか、試しに伝えてみようか。
そう考えた花角は千逸に言う。
「……ああ。どうやら記憶の手がかりをみつけたみたいだ」
すると、千逸の顔がみるみる白くなったのがわかった。かすかに震える姿に花角ははじめて千逸の弱さを感じだ。
千逸はしばし無言を貫いたあとで、静かに口を開いた。
「…………そうか。止めなかったんだな。お前はこっち側だと思っていたんだが」
「こっち側?」
「……霧島のことが好きなんだろう」
――そのことか。
すでに隠すこともなかった花角は、心のうちをすべて打ち明けてしまおうと思った。この状況では、なぜかそれが平等に思えた。
「……ああ。好きだよ。俺は霧島の達観したところと、その裏のどこか無邪気で芯のあるところにずっと憧れていたんだ」
「ならなぜ行かせた?行かせないほうがお前にとって都合が良かっただろう」
自嘲気味に発せられたそのことばに、花角のなかでぱちりと火が付く。
「思い出さないままのほうが、俺にとってよかったと?……ははは。そうしてまた繰り返させて、霧島に死にたいと言わせるのか?それはもうごめんだ。俺がみたいのは、一緒にいたいのは死にたいなんて言う霧島じゃない。いまの……前を向いている霧島だ」
「――でも!」
その大きな声に花角は驚く。千逸は続ける。
「霧島が過去の記憶を思い出してしまったら……俺は死の方法を教えなければならない。それが彼との約束なんだ」
そのことばに花角は一瞬ぽかんとする。
しかし、よく考えてみれば、あの約束は霧島に振り向いてもらいたいがために言った浅はかな約束であるということだ。
――よかった。
そう安心して花角がかすかに浮かべた微笑みを、千逸は感じとったらしい。
「何がおかしい」
まじめそのものの彼に、花角は言う。
「いまの霧島は……死にたいなんていう顔をしていたか?」
千逸の暗く沈んだ瞳を、正面から見据えながら続ける。
「……空山千逸。きみの好きだった男――霧島至旺はもう戻りつつある。彼のことは、きみが一番よく知っているだろう?俺には……きみがどこか怖がっているように見えるよ。思い出してほしくない、なにか別の理由があるのか?」
その問いに千逸は答えなかった。ただ、再度みた千逸の瞳は、奥底に輝きを取り戻したようにみえた。
花角はやれやれと思いながら、ことばを付け足す。
「……気になるなら君も行ったらいいさ。管理プラントとやらの中にあるんだろう?君たちが大昔に出会ったという大切な場所が」
花角がそう言うと、千逸はなにかに気づいたように立ち上がった。そして小さく感謝を口にすると、玄関を軽やかに出ていった。
花角はその後ろ姿を見ながら呟く。
「……まったく。青春してるな」
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