【完結】プシュケの彼方ー死ぬことが許されなくなった未来社会。仮の肉体を継いでなお、生きる理由はあるのだろうか?ー

上杉裕泉

文字の大きさ
上 下
44 / 59
7章 朋

3 朋

しおりを挟む
 あの夏の宴から数日が経った昼下がりであった。
 霧島は部屋の寝台に寝転がると、
「……はぁ」
 と大きなため息をついた。
 その原因は、目当ての大学施設がいまだ見つからないことにあった。
 霧島は、大学が残っているある可能性の高いプラントとして、ある程度面積があり地下設備も豊富なところを対象としていた。しかし、そのあてがすべて外れていたのである。
 つい先程まで調べていたのが、古い建物が保管されていると言われる行政プラント「かぐら」であった。
 はじめに階層データから調べてみたものの、プラント地下に眠っていたのは古い銀行や神社などの歴史的な建築物ばかり。
 ただ、百聞は一見にかずということで、霧島は今日の午前中に実際に向かい実地調査をしていたのである。公に提供されていたマップリンクをダウンロードし、地下の一層一層まですみずみまで確認した。
 しかし、やはりデータのとおりで大学施設は見当たらなかったのである。
 ――次は……どこを調べればいい?
 そうして目を閉じて考えてみるも、最近行ったばかりの娯楽プラント「とこよ」や生産プラント「みずち」は、大学が残っていると考えられないくらいに施設が密である。
 生産プラントの工場と無数の管を思い出しながら、霧島は頭を抱える。
 ――大学というと、かなりの面積がいる。すでに、取り壊されてしまったのだろうか。
 確かに、だだっ広い農地や工場があった場所にあったというのなら、広さ的にも問題はない。ただ、放射能汚染の始まった「塵の時代」から、およそ三百年間このプラントは変わっていないのだ。
 ここに住む人の数が増えていないことを前提とすると、これらの生産設備のほうが先にあった可能性は高い。
 ――それに、人類を救った偉大な研究が生まれた場所を、簡単に壊してしまうだろうか。
 どこかのプラントに必ず眠っているはず――そう思った霧島がゆっくりと身体を起こした時であった。
 指の小型端末が一度震え、霧島のもとにあるメッセージが届いた。
 それは、浜で一緒にバーベキューをしたマユハからのものであり、「古いけど使ってね♡」ということばが添えられたマップデータであった。
 霧島はそれをすぐに端末に移すと、現在のプラントの階層データと重ね合わせた。
 内容は、大半が霧島がさっきまで訪れていた行政プラントの地下のものであった。しかしまじまじと見ていた霧島は、そこから外れた位置を示すデータがあることに気づいた。
「ここは……」
 それは行政プラントの奥。階層データ上、なにもない虚無の上であった。
 その、地図を外れた場所に既視感を感じた霧島ははっとする。
 ――ここは……千逸に連れて行ってもらった管理プラント「みくら」のなかではないだろうか。
 そうしてしばしあのときの行動を振り返ってみると、観測室に向かうエレベーター前の空間が、妙に広々としていたことを思い出した。
 霧島の背にぞわりとした感覚が走る。
 それは不快なものではなくむしろ高揚感で、胸が沸き立つ。
 ――あそこの奥に行けば……求めているものがきっとある。
 霧島の心臓が高まり始めた、その時だった。
 突然、部屋の自動音声が鳴り、来客を告げたのである。
『キリシマさま。来客です』
「…………誰だ?」
「ハナズミヨウカさまでいらっしゃいます」
 ――花角……?珍しいな。
 そう思うも、なんの違和感も感じなかった霧島は、自動音声にすぐに指示をした。
「……通してくれ」

 扉が開き、普段着の飾らない花角があらわれた。
「突然ごめん」
 そう言いながら手土産の果物と嗜好性飲料を差し出すので、霧島は礼を言い室内へ案内する。
「花角がここに来てくれるなんて珍しいな。……よく考えたら、人を中に入れたのが初めてだ」
 そう笑いながら霧島が部屋唯一の椅子を差し出すと、花角はそこに腰掛けた。
「霧島、結局進展はあったのか?」
「ああ。俺の探している大学は、おそらく管理プラント内にあるらしい」
 すると花角は疑問を浮かべながら言う。
「管理プラント?……初めて聞いたぞ。そんなところがプラント内にあるのか?」
「ああ。いまは誰からも忘れられてしまったプラントのひとつなんだが、大学が入る空間が残っているのがそこくらいなんだ。あと、最上部の観測施設との連携も考えると、ほぼ確実にあそこにあると言える」
 霧島は高鳴る胸を押さえながら、花角の持ってきた飲み物の準備をしながら続けた。
「あとすこしで……すべてが思い出せるというところまでやってきた。これもすべて、花角にいろいろ助けてもらったおかげだよ――…花角?」
 不意に背中に重たいものを感じた瞬間だった。
 なぜか花角は椅子から立ち上がり、背から霧島を抱きしめるように腕を回していたのである。
 そして、
「……いくな」
 と小さい声で、霧島の肩に顔を埋めたではないか。
 霧島は呆気にとられたものの、そのままの体勢で聞く。
「花角、どうした?やはり最近おかしいぞ」
 すると、花角は聞いたこともないような大声を張り上げる。
「わかってる!……俺も、そう思っているさ。だけど……こらえきれないんだ。俺は……お前のことがどうやら好きらしい」
「え……」
 友人からの突然の告白に、霧島は戸惑う。
 ただ昔からの唯一の親友の手を、簡単に振り払うことはできなかった。しばし抱きしめられたままで花角の鼓動と熱を感じていると、不意に花角はぼそりと言った。
「俺達は……むかし、同じチームで仕事をしていたんだ。それは素体に関するもので……お前はチームリーダー、俺は外部からのオブザーバーだった。お前に呼ばれたのが、俺達のすべてのはじまりだ」
「そうだったのか……すこしも覚えていない……」
「もちろん俺もだ。ただ、あのときのお前に対する気持ちはずっと残っていたんだろうな」
「…………花角」
「俺も、最近不意に感覚が蘇って混乱していたんだ。お前に対して、これまでずっと見守りたいような、そんな親のような気持ちで近くにいたのに。最近すこしずつ変わっていくお前を見ていたら、なぜか胸がうずきはじめた」
 そうして回された手に力が入る。
「……決定的になったのが、三世代目の行動履歴を見たときのことさ。女になりたいなんて思ったことのない俺が、なぜX型になったか。その理由がずっとわからなくて俺はむかしから気になっていた。しかし最近の霧島を見ていたらわかったよ。俺は……きっとお前に振り向いてもらうために、あのときX型を選んだんだ。一縷いちるの可能性に賭けたんだろう」
「……そうなのか?」
「ああ。ただ、俺は見向きもされなかったがな。お前には本命がいたんだ。それが、あの千逸かはわからない。ただ言えることは、お前がここを出て目的の場所にたどり着いたら、必ず思い出すということだ。第一世代のときの記憶と、好きだったひとのことを」
 花角の言う通り、その予感は確かに霧島にもあった。
 あの場所に行けばすべて思い出せるのだろう。ただ、それはこれまでの花角との関係を大きく変えてしまう可能性も秘めていた。何も知らず、好き勝手気の向くままに連絡をし、甘えていた霧島にはもう戻れない。
 ――それでも、俺は……。
「花角…………離してくれ」
 霧島の声が凛と響いた。そのことばに花角の腕がぴくりと動く。
「…………」
「花角っ!」
 霧島が声を荒らげた二度目。霧島を捕らえていた腕の力は緩み、もう、優しく添えられただけの花角の筋肉質な腕に、霧島は優しく触れながら言う。
「俺はずっと知りたかったんだ。昔から……ずっと気になっていたんだ。なぜ俺は無意識にこの素体にこだわるのか。ずっと胸を焦がすこの痛みはなんなのか。それが、ようやくわかろうとしているんだ。だから、俺はそれを明らかにしに行くよ」
 そうして振り返ると、花角は懐かしいものをみるような感慨深い表情で、
「…………そうか。わかった」
 と、呟いた。
 そして微笑みながら続ける。
「霧島は、もう死にたいなんて言わないんだな」
「……ああ。なぜ死にたいと思っていたか、ようやくわかったからな」
 あの頃の自分は、自分が自分でなくなってまで生きていくのが嫌だったのだろう。それくらいなら、自分のままで死にたいと無意識に願っていたのだ。
 ――俺は、霧島至旺として生き、そして霧島至旺として死にたい。
 そのために、もう一度自分と大切なひとを取り戻すのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

執着男に勤務先を特定された上に、なんなら後輩として入社して来られちゃった

パイ生地製作委員会
BL
【登場人物】 陰原 月夜(カゲハラ ツキヤ):受け 社会人として気丈に頑張っているが、恋愛面に関しては後ろ暗い過去を持つ。晴陽とは過去に高校で出会い、恋に落ちて付き合っていた。しかし、晴陽からの度重なる縛り付けが苦しくなり、大学入学を機に逃げ、遠距離を理由に自然消滅で晴陽と別れた。 太陽 晴陽(タイヨウ ハルヒ):攻め 明るく元気な性格で、周囲からの人気が高い。しかしその実、月夜との関係を大切にするあまり、執着してしまう面もある。大学卒業後、月夜と同じ会社に入社した。 【あらすじ】  晴陽と月夜は、高校時代に出会い、互いに深い愛情を育んだ。しかし、海が大学進学のため遠くに引っ越すことになり、二人の間には別れが訪れた。遠距離恋愛は困難を伴い、やがて二人は別れることを決断した。  それから数年後、月夜は大学を卒業し、有名企業に就職した。ある日、偶然の再会があった。晴陽が新入社員として月夜の勤務先を訪れ、再び二人の心は交わる。時間が経ち、お互いが成長し変わったことを認識しながらも、彼らの愛は再燃する。しかし、遠距離恋愛の過去の痛みが未だに彼らの心に影を落としていた。 更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl 制作秘話ブログ: https://piedough.fanbox.cc/ メッセージもらえると泣いて喜びます:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion

【完結】白い森の奥深く

N2O
BL
命を助けられた男と、本当の姿を隠した少年の恋の話。 本編/番外編完結しました。 さらりと読めます。 表紙絵 ⇨ 其間 様 X(@sonoma_59)

処理中です...