【完結】プシュケの彼方ー死ぬことが許されなくなった未来社会。仮の肉体を継いでなお、生きる理由はあるのだろうか?ー

上杉裕泉

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7章 朋

2  夏の夜の宴

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 海の彼方の空に、夕焼けが再現され始めたころ。
 浜辺の脇に設置されたバーベキュー台を中心に、五人は椅子をならべ集まった。その中心にはじっくりと燃える炭火とそれにあぶられた肉や野菜、そして彼らの手には酒があった。
「じゃあ!乾杯!」
 ミツギの陽気な声とともに皆グラスを掲げると、次の瞬間には隣のマユハがそれを一瞬で飲み干し、
「んっ美味しい~!」
 そう言って間髪をいれずに串にささったとうもろこしをかじった。その後、味に悶絶しながらも目の前の霧島に声をかける。
「あ!霧島君、体調大丈夫?」
 そう心配し身体を気遣ってくれたので、霧島は一応用意していた答えを言う。
「ああ。太陽の日差しがこたえたみたいだ。すこし昼寝したらよくなったよ」
「そっか!あんまりこの時期に、わざわざ外を歩くことないもんね。さあ、しっかり食べて元気つけよ!この、花角くんが持ってきてくれた野菜美味しいよ♡」
「ああ。ありがとう」
 霧島は、マユハが皿にとってくれた彩りの良い野菜串を手に取り口に含む。どれも素材の甘みが引き出されていてシンプルに美味しかった。
 女子二人が食事と酒に嬉々とした声をあげるなか、霧島の隣に座っていた花角が、急に身体を寄せて心配そうな顔をして言う。
「霧島……大丈夫か?」
 その問いに霧島は、花角にはきちんとした理由を言っておいたほうがいいと思い答える。
「……ああ。ちょっと、記憶の件について思いついたことがあって。馬鹿馬鹿しい話だが、海で溺れかけたんだ」
 そうして苦々しく笑うも、花角はなぜかため息をついて続けた。
「いや、そのあとだ」
「え?」
「溺れたことについては聞いてるし、医療補助機械が稼働したことも知っている。ただ……そのあとあの男――千逸が、お前は休んでいるから顔を見せられないと言ってきたから……その……心配で」
 その言葉に、霧島は驚き花角の後ろに座っていたであろう千逸の姿を探す。
 乾杯をしたときの席に千逸の姿はなく逆方向を見れば、いまは浜辺に降りてひとり海を眺めているようであった。
 花角のことばが耳に届いていないことにほっとするも、霧島は先ほどの千逸との行為を思い出しすこし恥ずかしくなった。同時に、花角はこれまで千逸の行動についてあまり気にしなかったのに、なぜいまという疑問が浮かぶ。
 霧島は花角の視線を受け流しながらなんとか口を開いた。
「ああ。心配をかけた。少し……千逸に捕まっていたんだ」
 しかし、花角の怪訝けげんな表情は変わらなかった。そこで、霧島は話を変えるためにあることを聞いてみた。
「そうだ。花角、昔の大学施設がプラント内に残っていないか知らないか?」
「……大学?なぜ?」
「ああ。そこにいけば、俺は一世代目の記憶を思い出せそうなんだ」
 そのことばに、なぜかふたりの女子も気になったようで、焼けた肉の串を片手に霧島のもとに集まる。
「ねえねえ、なんの話してるの?」
 そんな興味津々な態度に霧島は戸惑いながらも、可能性が広がるなら、と聞いてみる。
「ああ。俺達、古い建築物巡りが好きなんだ。プラント内に学校跡地が残っていないか探しているんだけど、ふたりは知らないか?」
 すると、女性陣は腕を組んで少し考えたあと、ややあって口を開いた。
「……うーん、行政プラントの地下に、古い施設がそのまま保管されているって話は聞いたことあるけど……」
 ミツギがそう答えたあとであった。
 マユハは突然大きな声を上げたあとで、
「そういえば……あたし、むかしよくそういう場所巡ってたかもしれない!マップデータリンクを集約したの持ってた気がする。だからもし見つけたら送ってあげるね」
 と笑顔を浮かべた。
 霧島は正直あまり期待していなかったので、意外な情報に驚く。
 マップデータリンクは、当時の階層データと位置情報、そして場所の用途や詳細を合体した複合データである。それがあれば、現在の階層データと統合し直すことで、そこに容易に辿り着くことが可能となる。
「それは助かるよ。ありがとう」
「数世代前のことだから、あんまり期待しないでね」
 そんな照れ笑いの後ろから、再びミツギのパワフルな声が響いた。
「さあ、次の食材が焼けたよー!」
 その声にマユハは振り返りると、手早く皿を用意し盛り付けはじめた。
「ミツギありがと。さあ食べよ!ふたりとも、真面目な話はいいけどちゃんと飲んで食べてるー?はい、ちゃんと楽しんで♡」
 そう言って、炭火で焼かれたものを渡してくるので、霧島は次々と受け取った。自分の分ともうひとつ同じセットを渡されたところで、不思議に思いマユハをみるとにっこりと微笑んでいた。
「霧島くん、これは千逸の分ね。よくわからないけどそこでほうけてるから、霧島くんから渡してもらえる?」
「ああ。だけどあいつ、食べるかな」
 そう言うと、マユハはにやりとして、
「……ふふふ。今日のバーベキューは千逸がどうしてもって頼み込んできた企画なの。だから千逸もきっと霧島くんと食べたいはず!」
 と言った。
 その、どうしてもということばに霧島は違和感を感じ、聞いてみる。
「マユハは……なぜバーベキューだったのか知っているのか?」
「え?霧島くんのためじゃないの?」
 そう言われてしまうも、自らやりたいなんていう希望を出した覚えはなかった。
 両手に料理を抱えながら浜を歩いていくと、千逸が空を見上げる後ろ姿が目に入った。
 霧島には、ぼんやりと考え事をしているように見えた。
 ――一体、なぜここに来たんだろう。
 一日をすごし、記憶の手がかりもわかった上で、結果的にここにこれてよかったと霧島は思っていた。しかし、なぜこの場所に連れてきたのか、千逸が人を呼んでまでバーベキューを指定したのか。
 その理由は最後までわからなかった。
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