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7章 朋
1 繋がり
しおりを挟む「……ここは」
霧島が目を覚ますと、視線の先には板張りの天井が見えた。
どうやら、浜辺近くのコテージまで運ばれそこで寝かされていたらしい。大きな掃き出し窓の奥には白い浜が見え、さざ波の音がかすかに響いている。
「気づいたか?」
そう後ろから声をかけたのは千逸であった。ほっとしたような表情を浮かべ近づいくる彼に、霧島は口を開く。
「千逸……ありがとう。俺、海で溺れたんだよな?」
すると千逸は、
「……ああ。ただ、こちらにも非がある。水深が急に深くなることを先に説明しておけばよかった」
そう言い、寝台の脇にかがんで、霧島の手に自分の手を重ねた。
その温もりを感じていると、千逸はぼそりと口を開き、
「……昔から、思ったことをすぐにやるのはあなたのいいところだけれど、これから注意して――……注意したほうがいい」
と言ってなぜか俯いた。
霧島は申し訳なく思う。
――あのときは、記憶を思い出そうと感覚を集中してぼーっとしていた、なんて言えない。
そうして返答に困った霧島は、とりあえず話題を変えようと、ちらちらと辺りを見回してから聞く。
「そういえば、みんなは?」
「ああ。各々、食事の前まで好きなことをしてすごしている。霧島が溺れたことは皆知っていて、もちろん直後も皆駆けつけた。しかし、すぐに医療器械が稼働しスキャンを行って問題はないことがわかったからな」
そう語る千逸の顔を見ながら、霧島はあの記憶の青年の姿を思い浮かべていた。
――素体の形状は変わっているけれど……やはり面影は残っているな。
あの、洗練されていない真面目そうな青年は、千逸と同じ色をした輝く瞳を持っていた。
不意に霧島のなかで、夢のなかのあの真剣な視線が思い出される。
――こちらを見る目は、いまも昔も変わっていない。
あの黒曜石のようなまなざしから霧島は、伝えたいこと意外になにもありはしないという、裏表のなさを感じた。
それは、すべてを忘れてしまったいまの霧島に対する、千逸の視線とまったく同じであった。
第一世代の生を終えてからのおよそ三百年。それだけ長い年月を経ても、変わらぬ視線を向け続ける誠実なひと。そんな唯一とも思える男に対し、自分はやるべきことがある。
――まずは、なによりもはやく思い出さなければならない。
状況が落ち着いたいま、鍵となるあの夢を鮮明に思い返した霧島は、あのことばがいまさらながら気になっていた。
それは、
「もし生きていたら」
という青年の発言である。
それを言う背景と、全身を液体に包まれた管のなかにいる状況を思い返すと、唯一考えられるのが素体交換技術が初めて成功したときのことであった。
現在、素体交換を行う際は、あたまと腹部それぞれを覆うパッドを合計ふたつ付ける。すると、装置の起動とともに脳内および腸内の微細粒子がパッドから回収され、管を通じて新しい素体へと移動するのである。
過去、それが全身を覆う液体を介したものであった可能性は十分に考えられた。
――あとは、場所だ。
二人が起業直前に所属していたのは、東京先端科学大学の大学院であったはず。
問題は、その場所が現在残っているかであった。
このプラント内にあるのか、それともプラント外の広大な地にあるのだろうか。
おそらくアーカイブを検索すれば、ある程度の位置はわかるだろう。そして、同時に記憶が戻る可能性もそのとき結論づけられる。
――あと少しでわかる。
千逸の願いが明らかになると同時に記憶を取り戻すか。
それとも、なにもかも思い出せずにこのままの自分として、千逸と長い生を生き続けるのだろうか。
どちらでも構わない、そう思ったときであった。
霧島は千逸がじっとこちらを見ていることにようやく気づいた。
「なんだ?」
「それはこちらの台詞だ。どうした?すごい顔をしていたぞ」
「いや、その……ええと……」
もちろん頭のなかのことは伝えられない。
霧島は苦し紛れに言う。
「今日は……しないんだなと思って」
すると千逸は呆れた顔をした。
「俺のことを、さっきまで溺れて気を失いかけていた人間を相手に、するやつだと思っているのか」
「違う……ただ、その……二週間もしていなかったわけだし……」
霧島がもごもごといいながら頭を上げると、視線の先には千逸の驚く顔があった。
「千逸……?」
「いや、なんでもない」
そう言うと、ふわりと優しい笑みを浮かべた。その裏にかすかな哀愁を漂わせて。
再び、霧島のなかであの記憶の青年の表情が重なる。
出会ってからおそらく三百年。ずっと同じ熱量を持った視線を向ける彼の思いに、なぜ過去の自分は気づいてあげられなかったのだろう。
そんな思いは、すでに霧島を襲っていた腰にずくりと走る快感にかき消された。
千逸の身体が近づき手が伸び、腰を引き寄せられる。
互いの熱は近づき、胸があたり、そして唇が触れ、弄り合う。
ふたりは寝台に倒れ込むと、まるでひとつのものになったように、互いを求め続けた。
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