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6章 汝
2 友人
しおりを挟む霧島は千逸からの連絡を受け取り、指定された二週間後に目的の座標に向かった。
そこは娯楽プラント「とこよ」を指していたので、今回は前回のように向かうために大変な思いをしなくていいことはわかっていた。しかし、同時に普通のアクティビティ施設であることに、がっかりする自分がいることに気づいた。
――これまでは、忘れられたような場所ばかり行っていたが、今回は違うんだな。
かつての同僚であり、素体交換技術の開発に尽力していた男――空山千逸。彼がどういう基準で自分とすごす場所を選んでいるのか、霧島にとっていまだ不明であった。
また、アーカイブを調査したいまになって、思うことがあった。
――ふたりは……恋仲だったのだろうか。
過去の互いの形式的な関係性はようやく見えてきた。ただ、あの肩書きの後ろに何が隠されているのかは、まだわかっていない。
霧島はもやもやしながらも、今日はなるべく過去の経歴を思い出さないようにしようと思った。
後ろから声がかけられたのは、そんなときであった。
「霧島!早かったな」
名前を呼ばれ、振り返って手を挙げる。
待ち合わせ場所にやってきたのは千逸ともうひとり――普段とは違う装いに身を包んだ花角であった。
「俺も一緒に行ってもいいか?」
そう言われたのは、一週間前のことであった。
花角から新しい情報かあると連絡をもらった霧島は、彼の家に向かうと嬉しそうな顔で出迎えられた。
「霧島!オンラインで構わないのに、わざわざ来てくれたんだな」
そう言われ霧島は、空に輝く人工太陽がすでに夏の日差しを再現していることに気がついた。花角をよく見れば、普段の農作業に肌は軽く焼け浅黒くなっている。そういえば、自分の顔もこころなしか火照っている気がした。
「そういえばそうだな。気づかなかった」
「いや、いいんだ」
霧島は、そう言って笑みを浮かべる花角に少しだけ違和感を抱いた。普段、こちらを伺うようにじっと見つめる花角との視線がなぜか合わない。また、口調も表現できないほどではあるが、いつもと違う気がする。
「それで、話というのは?」
家のなかに案内された霧島は、いつも座る椅子に腰掛け話をふった。花角は、たいてい嗜好性飲料を注ぎながら話し始めるので、そのタイミングであった。
しかし今日の花角はそれをせずに、霧島とともにすぐに椅子に座り話し始める。
「ああ……。霧島のやったとおり、こちらも個人情報管理課に申請してみたんだが、やはり三世代目以降からの履歴しか残っていなかった」
「……そうか。では俺だけ消されたというわけではなくて、皆そこから履歴が保存され始めた、と考えるほうが真っ当だということか」
「そういうことになる。そういえば、最近千逸くんはどうだい?」
そのことばに霧島は一瞬戸惑う。
――千逸くん?花角は千逸に対してそんな呼び方をしていただろうか?
そもそも、これまで千逸との関係について深く聞いてきたことがあっただろうか。
――なぜ、突然?
妙な気持ち悪さが霧島のなかに渦巻いた。しかしそれを押し込めるようにしてなんとか言う。
「来週、一緒に『とこよ』ですごすことになっているんだ。集合場所が海を再現したエリアだから、おそらくそのへんをふらつくのだと思う」
「そうか……なるほどな」
花角はそう言って黙りこんだ。
その様子を見て、霧島はやはり自分の感覚が間違っていないことを確信する。
――花角も、いろいろな過去の資料に触れ自分の過去を知ったのかもしれない。
自分よりも記憶力にすぐれている彼である。調べて手に入れた情報が記憶の琴線に触れ、それを手がかりになにかを思い出したのかもしれない。
また、霧島は同時に思った。
――自分にいつ出会ったかもわからないと言っていた。けれど、それを思い出した上で、千逸との接点もあったのかもしれない。なぜ、口に出さないのだろう。
そこまで思考が及んだ上で霧島は自発的にそれを止めた。
――考えるのはよそう。あくまで俺の妄想であり、花角の口から出たことばではない。
真面目な顔で腕を組む花角に視線を向けながら、霧島はどこか寂しさを感じていることに気づいた。
――俺は、きっと関係を変えたくないのだ。
花角との付き合いがいつから始まったのかは、いまだ不明であった。しかし気づけば彼はそこにいて、定期的に連絡をくれる唯一の存在となっている。
かつて、温かくすべてを受け止めるように向けられた眼差しは、いまはすっかり影をひそめてしまった。昔を思い出すことでいまの花角がいなくなってしまうような、錯覚に襲われたのである。
花角が口を開いたのはそんなときであった。
「霧島。……俺も行ってもいいのか?」
一瞬なにを言われたのかわからなかったものの、正気に戻った霧島は、
「一応、確認してみる」
といい千逸にメッセージを送信した。
そのあとで、再度花角の発言を頭のなかで反芻し、動揺する。
――花角も、一緒に来る……だって?
大丈夫か、そう霧島がなんとなく思った時であった。
指の端末の振動があり、咄嗟にメッセージを開いてしまった。
「……花角。千逸から連絡が来た。ええと……それならこっちも呼ぶからいい、だそうだ」
そうして、千逸の呼んだX型素体二名も合流し、計五名の妙な集団が出来上がったのである。
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