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5章 我

5 鳥籠

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「それで、一世代目の記憶がなかったって?」
 花角はなずみは自分が用意した嗜好性飲料を一口飲んで言った。
 生産プラント「みずち」にある彼のすまいのなかで、霧島は先ほどの個人情報管理課での出来事を説明しはじめた。
「……ああ。官公庁のサーバーに保存されている個人の行動履歴を確認したんだが、一世代目のものはなく、年代から三世代目交換時以降のものだけに見えた。端末に問い合わせたんだが、システム導入以前のものはないと一点張りで……」
 すると、花角は珍しく真剣な表情浮かべて口を開いた。
「うーん、そうか。……もしかすると、意図的に削除されてるかもしれないね」
 衝撃の発言に霧島は絶句する。
「…………本当か?」
「少し前に霧島に会ったとき、記憶喪失のことを気にしていただろう?だから時間があるときに調べてみたんだけれど、どうも素体交換の際に渡される定着剤に、記憶を阻害する作用を持つ成分が含まれているらしい」
 その言葉に、素体交換後に処方された白い粉末を思い出す。
「……あれか」
「言いたいことはわかるだろう?機械知性が意図的に個人の過去や記憶を削除しているという可能性さ」
「そんなことが……」
 霧島が青い顔をするなか、花角は軽い声で言う。
「……まあ、誰も過去のことなんて気にしていないからね。仮に、やつらが意図的に記憶を消しているとなると、はじめは過去の人間関係がトラブルに発展しないようにするためだったかもしれない。あまりにも人間は少なくなりすぎてしまったから。……ただ、今の状況をかんがみるに、機械知性たちは人間を意図的に管理しやすくしているように思える」
 花角のことばに霧島は思う。
 ――それでは、人間はやつらにとって籠の中の鳥、愛玩動物のたぐいではないか。
 同時に、千逸の見せてくれたプラント外の光景が浮かぶ。
 ――機械知性たちが外の状況を知らないわけがない。モニタリングしていて状況を把握しているにも関わらず、人間に一言も言わないのだ。なぜなら、いまの人間たちのように快楽を追い続けていたほうがきっと管理しやすいのだろう。
 湧き上がる怒りと不信感に身を震わせていると、花角はまあまあと霧島をなだめる。
「それで、自分のことはよくわからなかったのかい?」
「ああ。ただ、自分がしょうもない人間だということはわかった」
 その言葉に花角は笑う。
「何を言うのさ。そんなこと言っていたら、俺もこの世で生かされた誰もがしょうもない存在になってしまう。……まあ、そんなしょうもないと思っていたことが、いつか思いもよらぬところで役に立つこともあるんだけどね。それで霧島。きみはどうしようと思っているんだい?あの彼とおとなしく人生を満喫することにしたのかい?」
「次は……知り合いにあたろうかと思っていた」
 そのことばに花角はにやりとして聞く。
「…………いたのか?」
 その問いに霧島は返事をしなかったので、花角は笑いながら続ける。
「……だろうな。まあ、そもそもいまの人たちは過去を思い出しても無駄だと思っていそうだし、未来に生きる人間ばかりだろう」
 そう皮肉を言ったあとで、はっと何かに気づいたように手を叩いた。
「――そうだ!素体交換の歴史でアーカイブを調べたらどうだ?霧島が関係者であるというのなら、名前で検索すれば引っかかるかもしれないぞ」
「素体交換は国家機密のようなものだろう?そういうものは情報統制されてアクセスできないんじゃないのか?」
「いや……意外とあるかもしれない。以前見た創作物のアーカイブのなかに、企業の妙なCMやチラシも保管されていた。……もしかすると、そういう広報資料であったり新聞が保管されているかもしれない」
 その提案に霧島は考える。
 ――確かに、創作物のアーカイブであれば、申請などいらずに個人の観賞用端末から簡単にアクセスできる。そして検索するくらいなら、いますぐにでも試せる。
「…………試してみてもいいかもしれないな」
「だろう?俺の端末を使うといい」
 そう言って花角は家の奥から端末を引っ張り出すと、霧島の前に設置した。
 『霧島』『素体』『交換』
 とりあえず、とこの三単語を入力し検索する。
 途端、文字の連なりがとてつもない勢いで流れはじめ、霧島は急ぎ時系列に並べ直したあとで驚いた。
 素体交換を報じる記事は確かにあらわれ、その一列目の文字列にあったのは――。
「夢の技術、神の技『素体交換』史上初成功。第一人者、霧島至旺きりしましをうが語る今後の未来……やっぱりな」
 脇から覗き込んだ花角のことばに、霧島はようやく我に返る。
 ――俺は……一世代目の霧島至旺は、素体交換を行ったはじめての人間だったのか?
 そうだというのなら、千逸が求めている記憶もそれ絡みである可能性が高いと思われた。千逸はプラント内だけでなく、人間に秘密にされていたプラント外のこともよく知っていた。あの謎多き人物は、何か重大な目的のために、あくまで利用できる大切な情報源として、自分に接触しているのかもしれない。
 霧島の胸がずきりと痛んだときだった。突然、モニターを追っていた花角から大きな声が上がった。
「おい、霧島!これ見たか?」
「……なんのことだ?」
「ここだ!この記事にかかれている素体交換の理論設計者の名前!から……違う。空山千逸くざんちはや。千逸ってあいつのことじゃないのか?」
「……空山くざん……?」
 霧島はその響きに妙な胸騒ぎを感じた。
 ちりちりと胸を焦がす感覚は、まるであの夢の男が空山くざんであることを語るように思えた。
 
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