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5章 我

2 独り ※

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 ひょんなことから千逸ちはやに対する気持ちを知ってしまった霧島は、この感情が本当に愛なのかを確かめるべくうずうずしていた。そして連絡を待っていたものの、一週間が経ったにも関わらずまだ来ていなかった。
 霧島は、部屋の観葉植物に水をやりながら、その理由を考える。
 ――かつての知り合いに、去り際声を荒らげてしまったのがよくなかったのだろうか。
 千逸のことを「処女厨」とさげすんだ過去の男に対して、自分はまるで喧嘩を売るような言動を取った。
 霧島は、あれをいまも正当な発言であったと心から思っていた。しかし一方で、「馬鹿か」とこき下ろす発言をしたり「どうせ捨てられる」という相手のことばに怒気どき上がり、口調が強くなったのも事実であった。
 ――けれど、こんなにも気が合い、なおかつ都合のいい人間を手放すだろうか。
 好む場所も、好むものも、身体の相性もおそらく問題はない。千逸ちはやが好きなタイミングで呼び出し、霧島はそれに応じるだけ。お互いに非常に都合のいい相手のように思えた。
 ただそう考えたところで、霧島にいまの現実が突き刺さる。これまで週に三回は会ってなにかをしていたはずなのに、いまの自分はどうだろう。
 ――捨てられた?……いや、そんなはずはない。
 霧島は千逸ちはやの柔らかな手の感触を思い出す。
 あの優しい両の手からは、大切なものにこわごわ触れる、そんな秘められた思いがいつも感じられた。
 不意に、霧島は手にしていたじょうろを部屋の隅にしまうと、寝台に身体を投げ出してうずくまった。
 一瞬、千逸のことを想像したからだろうか。からだが勝手にあの手を思い出して、後ろがむずむずと不満を上げはじめたのであった。
 霧島はそれをなんとか収めようと、指を秘孔へ伸ばす。やや締まって入口は狭くなっていたものの、指二本をずぶりと受け入れた。しかし、太さも長さもまったく足りず、いい場所にすこしも届かなかった。
 霧島は諦め、どうしようもなくなり自分の雄を掴んだ。先からたらりと垂れる液体を潤滑剤に、それを上下に扱く。同時に、することのなかった反対の手でぴんと立ち上がった乳首に優しく触れる。まるで千逸ちはやが丁寧に愛してくれたときのように。
「……………んっ」
 その後、なんとか達することはできたものの、ぽっかりと空いた心は少しも満たされなかった。
 千逸ちはやに早く触れたい。喜ぶ顔が見たい。大切に守りたい。
 そんな彼に対する強い欲望がき上がるなかで、霧島の頭のなかにあったのは、どこか物悲しさを感じるあの諦めたような笑顔であった。
 ――はやく、思い出さなければ。
 おそらく、一世代目のことが彼にとって非常に大きな要素を占めているのだろう。年数にして何百年前という彼方の記憶である。それを覚えているということは、よっぽど彼にとって重要だということである。
 不意に、霧島の胸が痛んだ。
 ――千逸ちはやが見ているものは、もしかすると自分ではないのかもしれない。
 なにも思い出せず、張りぼて当然の自分を通じて、かつて霧島に抱いていた気持ちをぶつけているのだとしたら。
 あの手が優しく触れられるのも、こころを込めて愛撫あいぶされるのも。激しく熱をうちつけられるのも、一世代目の霧島に対するものなのかもしれない。
 ――…………そうだとしても、繋がりがないよりはいい。
 自分に記憶はないが、千逸ちはやがそうであると言うならば、彼にとって自分は唯一の人物であることに変わりはない。それならば、千逸はその影を追い求めてずっと側にいてくれるだろう。
 ――そういえば、最近あの夢を見なくなった。
 黄金の泡の奔流のなかで、奥から現れた誰かに声をかけられるあの夢。
 最近は、千逸に翻弄され身体が疲弊しているからだろうか。寝つきがよく、夢自体をみることが少なくなっていた。
 ――あの人は誰なのだろう。
 これまですこしも気にならなかった泡の奥の人影。
 あの夢のなかで感じた痛みが執着であり、愛であるというならば。映像と音がいまも鮮明に残るあの夢こそが記憶の欠片であり、すべての引き金になるかもしれない。一世代目であり、千逸の求める霧島を取り戻すための。
 霧島は小さく笑った。
 自分はあれだけ死ぬことを願い、記憶を思い出す目的も、その方法を知るためだったのに。千逸ちはやに出会ったことで、どうやらそれは変わってしまったらしい。
 ――まるで千逸ちはやのために、あの男と一緒に生きるために知りたいみたいじゃないか。
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