上 下
31 / 59
4章 春

7 名前

しおりを挟む

 ふたりが桃園の入口へと辿たどり着いたときだった。
 霧島の目は、門に近づくふたりの人影を見つけた。
 ――珍しいな。
 男女一組の素体が、散歩をするかのように近づいてきたのである。本来、生産プラントであるこのエリアには、花角はなずみのように自然環境に興味のあるものしかいない。また、この場所はそのなかでも奥まったエリアにある。千逸ちはやが連れてきてくれたように、知っている者が連れてこなければ辿りつかないはずであった。
 霧島が不思議に思っていると、おそらく、相手も同じことを考えていたに違いない。
 こちらにじっと視線を向け、そして互いに通りすぎようとしたときであった。不意に男性のほうの足が止まったかと思うと、
「……まさか、お前」
 と声がかけられた。
 その視線の先には、霧島ではなく千逸ちはやの姿があった。
 ただ、声をかけられた当の本人は、よくわからないという表情でたたずんでいる。
 男はため息をついて、腕を組んで口を開いた。
「……やっぱり、覚えていないと思ったよ。俺は待波まちなみだよ。昔、「とこよ」であんたに声をかけられて、それから何年かやりまくった仲なんだけど。ここを教えてくれたのもあんただし……桃の下で青姦したじゃん。えっろいやつ」
 なんて下卑げびた男だろう、霧島がそう思っていると、千逸ちはやは霧島の腕を引き、小さい声で言う。
「霧島、いこう」
 相変わらず淡々とした口ぶりであったものの、その手に込められた強い力に、はやくここを去りたいという気持ちが伝わる。
 霧島はふたりに会釈えしゃくをし、後ろに付き従った。
 すると、千逸ちはやの態度が気にさわったのだろうか、男――待波は、
「なんだよ、つれないな。あんたたちもここで楽しんできたんじゃないのか?なあ、相方さん」
 と霧島に声をかけたのである。
「…………なんだ?」
「あんた、だいぶあの男にお熱になっているみたいだけど、こいつ、処女厨の気があるんだぜ。多分、俺みたいにあそこが形を覚え込んだ頃にぽいと捨てられるよ。もう飽きましたーって」
 そう言われたあとも、腕をつか千逸ちはやの手の圧は変わらなかった。ただ侮辱ともとれるこのことばに、大きく反応したのは霧島であった。
「…………お前はなにを馬鹿なことを言っている」
「……は?」
「この長い人生、相手を変えるのは当たり前のことだろう。一生添い遂げます、なんて言葉はいまも存在しているか?」
 あたりが凍りつくのではという厳しい声色こわいろに、男は動揺を見せた。
「えっと……」
「ならばお前はとなりの人物に永遠の愛を誓ったというのか?――なあ?違うだろう?そんな人間がこの世界の一体どこにいるのか、俺に教えてくれないか?」
 霧島の圧に押された男は、なにも言わずに女性の手を取ると、そのまま視界からいなくなってしまった。
 霧島の腕を握っていた千逸ちはやは、手を離して謝る。
「……すまない。俺のせいで不快にさせた」
「……あれくらい問題ないさ。お前の妙な恋愛遍歴へんれきが知れたということでよしとしよう」
 霧島はそう言うと、先にプラントの出口へと足を進めた。後ろから千逸ちはやが後を追うように静かについてくる。
 その気配を感じながら、霧島は自分のなかにもやもやとした熱と痛みが生まれていることに気づいた。
 それは、あの夢――金色の泡のなかで誰かに声をかけられたときの、あの痛みに近いものであった。
『もし、生きていたら――』
 夢のなかの誰かがそう口にするたび、込み上げていたもの。それはからだの深いところからひっぱられるような、強く深い執着。
 離れたくない。
 一緒にいたい。
 あなたと生きたい。
 ずっと不必要だと思って無視していた、この感情の名前は。
 ――ああ、これはきっと愛なのだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

禁断の祈祷室

土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。 アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。 それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。 救済のために神は神官を抱くのか。 それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。 神×神官の許された神秘的な夜の話。 ※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

処理中です...