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4章 春

5  月と紅 ※

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 千逸ちはやは腰砕けになった霧島をふわりとかつぎ上げると、ふすまの奥の階段を進み二階へと上がった。
 朱色で彩られた豪奢ごうしゃな廊下を歩くと、月光の降り注ぐ静謐せいひつな部屋があった。
 そこは「とこよ」で休んだあの部屋ほど広くはない。むしろ、こじんまりとしていて、静かで――まるでこの世界にふたりだけのように感じられた。
 窓際に置かれた大きな寝台は、ふわりとした天蓋てんがいがあり、開け放たれた窓からの風に優しくそよぐ。光に照らされちらちらと輝くそれを、千逸ちはやは押し上げ霧島を壊れ物のように優しく下ろした。
 水の流れる音と、ふくろうの鳴き声が響く闇夜のなか。
 ひやりとした寝具の冷たさを感じる間もなく、千逸ちはやは霧島のうえに覆いかぶさった。

 あの優しい両手がふたたび肌に触れ、衣をひとつずつはがしていく。霧島はそれに身を預けるように、されるがままであった。
 上半身があらわになったところで、不意に、肌に触れる温かなものを感じた。それは鎖骨をなぞるように動き、あまりになめらかに動くので、初めての感覚に霧島は声を抑えられない。
「……んっあ」
 なんとか必死に快感のほうへ顔を向けると、千逸ちはやは霧島の肌に自分の舌をわせているではないか。
 そんな視線に千逸ちはやは気づいたようで、にやりとした目でこちらを一瞥いちべつすると、うごめく舌を鎖骨から首筋に押し上げぺろりとめ上げた。
 ぞわりとした感覚にもだえていると、追い討ちをかけるように、霧島の胸に強い快感が訪れる。
 電撃が走ったような強い刺激に、霧島の恥部も簡単に反応してしまい、まだ一度も触れていないにも関わらず、ひくひくと布を押し上げ自己を主張し始めた。
 ふと見下ろせば、千逸ちはやは霧島の胸の突起を丁寧に口に含んでいるのである。
 片方を舌で転がすように、そしてもう片方を指でかすめるように。どちらかというと男らしさのまさる千逸ちはやが、なまめかしい表情でちいさな乳首をでていた。
 その様子に、霧島は自分がそうさせていることに恥ずかしくなりながらも、どこか優越感を感じていることに気づいた。
 普段は無表情でひときわ静かなこの男を、自分がこのようにさせているのだ。
 ――この男に、もっといろいろな表情をさせてみたい。
 そう思った瞬間、霧島の手は千逸ちはやの顔に触れていた。
「……!」
 千逸が驚きの表情を浮かべるまでほんの一瞬のことであった。
 どさりと重たい音がして、千逸は背中から寝台に倒れ込む。押し倒した霧島はそのうえに覆い被さり、逆にこちらから唇を奪った。勢いのままに舌を入れ、前回自分がされたように、目を閉じ集中して千逸ちはやの口内を犯していく。
 水音が大きくなり息遣いが激しくなるなか、不意に霧島は、
 ――千逸ちはやはどんな表情をしているのだろう。
 と思った。
 淡々と目を閉じ受け入れているのだろうか。それとも、にやりと目元を細めて、こんなものかと笑っているのだろうか。
 うっすらと目を開けて様子を見る。すると視界には口づけを続ける千逸ちはやの顔が見え、霧島は心のなかで驚いた。
 それは想像していたもののどれでもなかった。千逸ちはやは穏やかに目を閉ざして、幸せそうに受け入れているのである。いま、この瞬間を全身で味わうように。
 霧島は不意に思い出した。
 ――そういえば、昼間に歌を詠もうと道具を用意しに行った時も、子どものようにはしゃいでいるようにみえた。
 これまでの千逸は、淡々としていて冷静で気遣いができえ、浮世離れしているものの大人びてみえた。それとの差だろうか。今日はなぜかいつもよりも幼く感じる。
「……かわいいな」
 口からぽつりと漏らしてしまったあとで、霧島は動揺する。
 ――かわいいなんて言われて喜ぶ男はあまりいない。気分を害してしまっただろうか。
 そうして声をかけようとしたものの、千逸ちはやの上半身は突然起き上がり、再度霧島を押し倒した。
 そして、
「…………っ……入れても、いいか?」
 と聞くので、
 ――やはり、今日はどこかおかしい。
 そう思いながらも、霧島はうなずいた。

 正面から迫る千逸ちはやに腕を回すと、彼の汗ばむ背のひやりとした感覚とともに、互いの胸の熱を感じる。
 ――気持ちいい。
 もっと、と腕に力をこめると千逸ちはやは霧島の秘部をあらわにし、自身のそそりたつものを穴に押し付けた。先端の肉の獰猛な熱さを感じていると、千逸ちはやはなぜかその状態で止まり、
「…………自分で、していたのか?」
 と聞いた。
 当の本人は呆気あっけに取られて赤くなる。
 確かに、霧島はいつ呼び出されても受け入れられるように、ひとりで穴を触り広げていたのである。
 それに千逸ちはやか気づいてしまったいま、隠してもしょうがなかった。
「……暇つぶしに付き合えというから、いつもするのだと思って……なるべく狭くならないように、普段から広げていただけだ」
 すると、
「…………まったく………――は」
 とぼそりと言った。その肝心の語尾は、小さくかすれて聞き取ることができなかった。
 ――いま、なんて言った?
 そう思う間もなく、千逸ちはやはずぶりと霧島の中に入り込んだ。
「ふっ……うぁ……」
 二度目の挿入は、霧島のいいところに容易たやす辿たどり着き、内側から快感を押し上げる。また柔らかくなった穴は、主導する千逸ちはやも快楽へと引きずりこんだようで、腰がえずうちつけられ、先が幾度いくども霧島のなかをき乱す。
 そのたび、あられもない声が出てしまうもそれは止められない。
 ただ、この時の霧島の頭と身体は、分断されたように冷静であった。二度目であり、行為の過程と結末がすでにわかっているために、心は翻弄されず落ち着いているのだろうか。
 ――それとも。
 霧島の意識は、自分のなかに入り続ける千逸ちはやへと向かう。
「……っは……ふっ」
 息を荒らげ、腰を打ち続けるその顔は見えない。
 ただ、触れる全身から熱が伝わり、その息遣いは静かな夜のなかで響き渡っていた。
 窓から差し込む月光が、小刻みに揺れる千逸ちはやの肩を白く照らす。
 その、目の前に広がる浮世離れした光景と快楽の波の訪れに、霧島は、やはりこの時間は一抹いちまつの夢なのだろうか、と思った。
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