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4章 春
1 変化
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「どうだい霧島?あの日、俺についてきてよかっただろう?」
花角の陽気な声が、自室の脇に置かれた端末から響く。
昼の陽光が入る窓際で、花角からもらった観葉植物に水をやりながら、霧島は静かに答えた。
「……まあ、確かにな」
あの、一ヶ月前の出来事以来、確かに霧島の生活は変化した。
かつては部屋に籠もって、デジタルアーカイブや本を読むだけだけであった毎日が、いまでは一週間に数日部屋を空けて出かけるようになったのである。その理由はもちろん、あの夜に出会った男――千逸であった。そのため、花角のおかげであると言えばそうであったものの、霧島は本人に物申しておきたかった。
「いいか悪いかで言えばよかったが……花角。もう少しやり方があっただろう?」
「やり方?あれ以外に?」
霧島の頷きに、花角は画面の向こうで、芽生えたばかりの大根を間引く手を止め言う。
「あの方法以外ほかにないということは、君自身わかっていると思うけれど。君は馬鹿じゃない。ただ、俺を信じて時々馬鹿なことに付き合ってくれるのは明らかだ。だから、俺はそれを利用しただけだよ」
案の定、確信犯的対応だっだことがわかった霧島は、静かにため息をつく。花角は、首にかけたタオルで汗を拭きながら笑った。
「霧島、そんな顔をするなよ。結局、うまく行ったんだろう?俺には、いまの君は充実しているように見えるけれど」
「……そうか?」
「ああ。俺のおかげでいい相手に出会い、しかもいまも続いていると見える」
その言葉に、千逸の姿が脳裏に浮かぶ。
爽やかな短髪と、黒曜石のような秘めた輝きを持つ瞳。そして、優しく触れるあのふたつの手。
最近霧島が外出する要因でもあるあの男は、変わらず淡々とした態度で接してくる。
――しかし。
花角は霧島の顔色の変化を読み取ったらしい。
「ん?何かあったのかい?」
と言い、畑の横に座りこむと置いていた水を飲んだ。
「…………実は――」
霧島は、花角にあの日あったことをできる限り説明した。
花角に置いていかれ、ひとり街を放浪していたときに助けられたこと。介抱され、結局あの行為を行ったこと。死ぬ方法を知っており、昔の自分と関わりがあったということ。
そして、それは自分が忘れている大切なことを思い出したら、教えてくれること。
花角は話を聞くと、小さく頷きながら言った。
「やはり、きみは俺の言う通り素体関連の関係者だったろう?それに、なんて運がいい。ならば彼の言っていた死ぬ方法を知っているというのは、きっと本当だ。君は、彼のこと思い当たる節があるのかい?」
「……まったくない。そもそも、俺は自分のことすら忘れてしまったんだ。覚えている訳がない」
「まあ、いまの時代は素体を変えてしまうから、見た目では絶対にわからないもんな。……きみみたいに何年も交換しない変人を除いては」
そんな軽口を無視されるも、花角は構わずに続ける。
「……名前は?自由に変えられるからあまり頼りにならないけど、このくらい生きるともう面倒で変えないっていう人多いよね」
「千逸なんていう知り合いはいない」
「うーん、まあ確かに珍しい姓だよね。公に申請して情報取得すれば、案外簡単に見つかるかもしれないよ」
花角の言う通り、官公庁に申請すれば、過去三世代の名前の変更履歴や、現在の居住地の取得ができる。しかし、それはあくまでも相手方の承諾が得られれば、である。仮に霧島が取得申請をしたところで、千逸本人に知られて終わりである。
――なんとか自分の力で思い出さなければならない。
霧島が真剣に考えていると、花角は不意に笑い出した。
「ふふふっ……なるほどな。きみが少しも思い出してくれないから、死ぬ方法も教えない訳だ」
「……ああ。だから思い出すまで付き合えと言われて、一緒にいろいろとする羽目になっている」
「それで、どんなことをしてるんだい?」
「……別になんでもない。「とこよ」で簡単な食事とか、古いデジタルアーカイブの鑑賞とか。俺には、あまり意図がよくわからない」
よく考えてみれば、これまで数回会ってはいるものの、あれ以来あの行為は一度もしていなかった。
「……なるほどな」
花角はなにかわかった風な声を上げ、続ける。
「いいんじゃないか?とりあえずそのままで」
「……そうか?」
「霧島、きみ楽しいんだろう?」
花角にそう問われ改めて考えるも、千逸との行動に自分が楽しさを感じているかはよくわからなかった。
――そもそも、楽しいとはどういうことだろう。
霧島が考えていると、花角はため息をついたあとで再度聞いた。
「質問を変えよう。最近は時間が経つのが早いだろう?」
「…………確かに」
「それは、充実している証さ」
――それは本当なのだろうか。
花角が言うとおり、以前よりも時間が経つのは早く感じられていた。
しかし、それでどうなるというのだろうか。時間はこの先も無限に続いていくのである。
自分で終わらせない限りは。
「結局、俺はそんなことばかりしていて思い出せるのか?このままずっと思い出せずにいたら……」
霧島のそんな心配とは裏腹に、花角は軽やかに言った。
「きみの記憶が消えているのか、それとも陰に隠れているのか。現状ではわからない。だから可能性はあるさ。ゼロじゃない。それに、戻らなくてもそれはそれでいいんじゃないか?霧島、いまのきみは楽しそうに見える」
「……そうか?」
「ふふふ。俺にはわかるさ。きみの顔がありありと物語っているよ。溌剌としていて、エネルギーが見えるようだ」
花角の陽気な声が、自室の脇に置かれた端末から響く。
昼の陽光が入る窓際で、花角からもらった観葉植物に水をやりながら、霧島は静かに答えた。
「……まあ、確かにな」
あの、一ヶ月前の出来事以来、確かに霧島の生活は変化した。
かつては部屋に籠もって、デジタルアーカイブや本を読むだけだけであった毎日が、いまでは一週間に数日部屋を空けて出かけるようになったのである。その理由はもちろん、あの夜に出会った男――千逸であった。そのため、花角のおかげであると言えばそうであったものの、霧島は本人に物申しておきたかった。
「いいか悪いかで言えばよかったが……花角。もう少しやり方があっただろう?」
「やり方?あれ以外に?」
霧島の頷きに、花角は画面の向こうで、芽生えたばかりの大根を間引く手を止め言う。
「あの方法以外ほかにないということは、君自身わかっていると思うけれど。君は馬鹿じゃない。ただ、俺を信じて時々馬鹿なことに付き合ってくれるのは明らかだ。だから、俺はそれを利用しただけだよ」
案の定、確信犯的対応だっだことがわかった霧島は、静かにため息をつく。花角は、首にかけたタオルで汗を拭きながら笑った。
「霧島、そんな顔をするなよ。結局、うまく行ったんだろう?俺には、いまの君は充実しているように見えるけれど」
「……そうか?」
「ああ。俺のおかげでいい相手に出会い、しかもいまも続いていると見える」
その言葉に、千逸の姿が脳裏に浮かぶ。
爽やかな短髪と、黒曜石のような秘めた輝きを持つ瞳。そして、優しく触れるあのふたつの手。
最近霧島が外出する要因でもあるあの男は、変わらず淡々とした態度で接してくる。
――しかし。
花角は霧島の顔色の変化を読み取ったらしい。
「ん?何かあったのかい?」
と言い、畑の横に座りこむと置いていた水を飲んだ。
「…………実は――」
霧島は、花角にあの日あったことをできる限り説明した。
花角に置いていかれ、ひとり街を放浪していたときに助けられたこと。介抱され、結局あの行為を行ったこと。死ぬ方法を知っており、昔の自分と関わりがあったということ。
そして、それは自分が忘れている大切なことを思い出したら、教えてくれること。
花角は話を聞くと、小さく頷きながら言った。
「やはり、きみは俺の言う通り素体関連の関係者だったろう?それに、なんて運がいい。ならば彼の言っていた死ぬ方法を知っているというのは、きっと本当だ。君は、彼のこと思い当たる節があるのかい?」
「……まったくない。そもそも、俺は自分のことすら忘れてしまったんだ。覚えている訳がない」
「まあ、いまの時代は素体を変えてしまうから、見た目では絶対にわからないもんな。……きみみたいに何年も交換しない変人を除いては」
そんな軽口を無視されるも、花角は構わずに続ける。
「……名前は?自由に変えられるからあまり頼りにならないけど、このくらい生きるともう面倒で変えないっていう人多いよね」
「千逸なんていう知り合いはいない」
「うーん、まあ確かに珍しい姓だよね。公に申請して情報取得すれば、案外簡単に見つかるかもしれないよ」
花角の言う通り、官公庁に申請すれば、過去三世代の名前の変更履歴や、現在の居住地の取得ができる。しかし、それはあくまでも相手方の承諾が得られれば、である。仮に霧島が取得申請をしたところで、千逸本人に知られて終わりである。
――なんとか自分の力で思い出さなければならない。
霧島が真剣に考えていると、花角は不意に笑い出した。
「ふふふっ……なるほどな。きみが少しも思い出してくれないから、死ぬ方法も教えない訳だ」
「……ああ。だから思い出すまで付き合えと言われて、一緒にいろいろとする羽目になっている」
「それで、どんなことをしてるんだい?」
「……別になんでもない。「とこよ」で簡単な食事とか、古いデジタルアーカイブの鑑賞とか。俺には、あまり意図がよくわからない」
よく考えてみれば、これまで数回会ってはいるものの、あれ以来あの行為は一度もしていなかった。
「……なるほどな」
花角はなにかわかった風な声を上げ、続ける。
「いいんじゃないか?とりあえずそのままで」
「……そうか?」
「霧島、きみ楽しいんだろう?」
花角にそう問われ改めて考えるも、千逸との行動に自分が楽しさを感じているかはよくわからなかった。
――そもそも、楽しいとはどういうことだろう。
霧島が考えていると、花角はため息をついたあとで再度聞いた。
「質問を変えよう。最近は時間が経つのが早いだろう?」
「…………確かに」
「それは、充実している証さ」
――それは本当なのだろうか。
花角が言うとおり、以前よりも時間が経つのは早く感じられていた。
しかし、それでどうなるというのだろうか。時間はこの先も無限に続いていくのである。
自分で終わらせない限りは。
「結局、俺はそんなことばかりしていて思い出せるのか?このままずっと思い出せずにいたら……」
霧島のそんな心配とは裏腹に、花角は軽やかに言った。
「きみの記憶が消えているのか、それとも陰に隠れているのか。現状ではわからない。だから可能性はあるさ。ゼロじゃない。それに、戻らなくてもそれはそれでいいんじゃないか?霧島、いまのきみは楽しそうに見える」
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