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3章 欲

7 方法

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 部屋は、先程の行為がまるで嘘であったかのように静寂に包まれていた。
 快楽の波が引いた霧島は、寝台にだらりと身を預け、背の温もりとひんやりとした室温に挟まれながら、ぼんやりと宙を眺めていた。
 翻弄された疲労の蓄積もあって、徐々に迫り来る眠気を感じていると、不意に、霧島の下腹部に暖かいものが触れる感覚があった。どうやら温めたタオルで身体を丁寧にぬぐわれているらしい。
 ――気持ちがいい。
 それが触れるところに感覚を向けていると、下半身にあったものは上半身、腕に移動し、最後に顔に及んだではないか。
 霧島が思わず目を開けると、目の前にはこちらを見下ろす千逸ちはやの姿があった。相変わらず淡々とした表情を浮かべており、不意に視線がぱちりと合う。
「気づいたか」
 そう千逸ちはやに声をかけられ、
 ――ああ。
 と声を出そうとするも、それは音になる前にかすれて消えてしまった。
 喉に違和感を覚えた霧島が、そこをさすりながら身体をゆっくりと起こすと、どうやら千逸ちはやはその異変に気づいたらしい。サイドテーブルに置いていたであろう水を差し出し、
「飲むか」
 と言うので、霧島はそれを手に取り口に含む。そしてすっかり潤いを取り戻したのどで、
「……ありがとう」
 と感謝すると、千逸ちはやはまたグラスを受け取り部屋の隅へと向かってしまった。
 ――あいつは……よく見てるんだな。
 千逸の気遣いに感心しながら、霧島は再び身体を横たえる。腰はまだ重りを付けたようにだるく、尻のなかも、まだじくじくと腫れているような熱を帯びていた。
 霧島は、グラスを片付ける千逸の大きな背を眺めながら、つい先程までのあの行為を思い出し、ため息をついた。
 ――まさか、つい数時間前に出会ったばかりの男と本当にすることになるなんて。
 今までの自分ではありえなかった大胆な行動をとり、まさか最後までしてしまうとは。そうなってしまった原因は花角が自分をおとしいれたことにあるが、彼に対する怒りはあまりこみ上げなかった。
 それは、おそらく霧島にとってあの行為が、想像以上にいいものであったからだろう。
 霧島はずっと、性欲によってもたらされる快楽は、一瞬のものであると思っていた。しかし、先程千逸ちはやと実際にしている間は、時間が永遠と思えるほど甘美に感じられた。
 また、行為が終わったあとの、頭が妙にすっきりした感覚も、やけにとぎすまされた五感も、霧島にとって想定外の利点であった。
 ただ、霧島は疑問に思う。
 ――それにしても、誰が相手でもこんなに気持ちがいいわけではないはずだ。
 素体は人間の本来の肉体とは異なり、遺伝子をデザインされて作られた人工の肉体である。そのため、本来個体差が大きいとされる五感などの感度について、数値化され一定を保たれているのである。また、快楽を感じやすいように、基本となる閾値を下げて設計された素体も多い。
 ただ、霧島の素体――SR155系統は、なんの変哲もないただの人間の身体に近いのである。そんな素体を相手に、また本来受け入れる器官を持たないY型男性型素体に対し、あんなに強い悦楽をもたらすことができるなんて。
 ――この男は何者なのだろう?
 霧島がそう思った瞬間、不意に千逸ちはやは霧島の横たわる寝台へと戻ってきた。
「どうした?」
 その低い声と同時にあの柔らかな手が肩に触れ、霧島の身体はうっかり反応しそうになる。
 耳を赤く染めはじめた霧島を前に、千逸ちはやは気づいたように小さく笑いながら言う。
「…………俺との行為はだめだったか?」
「いや、違う」
 黒曜石のように、澄んだ視線がこちらに向けられ、その優しい眼差しに霧島の目は奪われる。
 ――この瞳の奥、素体の裏に秘められた魂、彼の本質を知りたい。
 そうぼんやりと思ったところで、霧島は自分にはっとする。
 ――そうじゃない。そんなことよりも大切なことがあるではないか。
 行為の前に言っていたことがあのことが本当なのか、確かめなければならなかった。
「聞きたいことがある。千逸ちはやは、この世界で死ぬ方法を知っていると言っていた。本当か?」
 すると、千逸ちはやは視線を宙に向けたまま答えた。
「……ああ。方法はなくはない。俺は、魂が無防備になり隙が生まれるときをよく知っている」
「なら――」
 千逸ちはやはかすかに笑みを浮かべながら、黒い瞳で霧島をとらえる。そして低く響く声で静かに言った。
「――あんたが大切なことを思い出したら、死ぬ方法を教えよう。それまでは、俺の暇つぶしにつきあってもらう」
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