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2章 憶
4 水地
しおりを挟む旧友である花角ヨウカの家は、霧島の住む居住プラント「やしろ」にはない。
彼――もしくは彼女かもしれない――は、生産プラント「みずち」に居を構えている。
日本人は核により不毛の地となったこの世界で生き残るため、山間の盆地にあった地方都市を分厚いコンクリートで覆った。現在、六つのドームが最期の人類の住む街を形成している。
それぞれ行政、娯楽、生産、居住など、主要機能に特化しており、どうやら限られた資源で生き延びることを考え設計されたらしい。
霧島は、昨日訪れた行政プラント「かぐら」とは逆方向へ向かう、自動走行車に乗っていた。
ゆったりと車が走るのは、よく響きそうな高い天井の巨大なトンネルである。プラント同士のあいだはこのような地下通路で繋がっており、人や車の通る道であることはもちろん、無数の配管も張り巡らされている。これらの管は、プラント間に物資やエネルギーを運ぶ重要な管である。
霧島が向かう「みずち」は、それらの資源を供給する生産プラントである。
地下部には、地熱発電施設や水の浄化設備、化学合成設備が存在し、ここで得られた食糧や電気そして水などの資源が、街全体の社会生活を支えているのである。これらの資源は外部汚染を受けないよう、地下の管を通り丁重に運ばれ人々のもとへ届く。
対して地上部も、面積の半分は有機物の合成施設である。しかし、残りの半分は古来の自然が維持されたエリアとなっており、自然を好むものたちの憩いの場となっていた。
霧島は化学合成施設の白い建物の脇を進むと、小さな木立のなかに入った。
どの木も管理の目が行き届いているようで、青々とした葉を目いっぱいに広げ、天に大きく延びているようにみえた。
濃い緑の香りにむせ返りそうになりながら木々のあいだを抜けると、草原の広がる丘が見えてくる。
花角の家はこの丘を越えた向こうにあった。
霧島は人工太陽の光と風を浴びながら、吹きさらしの草むらを登っていった。
軽めの運動ではあるが、徐々に汗が流れ、息が上がりはじめる。全身に酸素を巡らせるため血流も上がっているのか、火照る嫌な感覚もある。
しかし、悪くはなかった。
――この、何もかも簡単に叶えられる世界でスポーツをする人たちは、制約を入れて楽しむと聞いたことがある。
強化した素体に交換すれば、肉体的疲労を感じることはない。ただそうして成し得たものに、意味はないのだろう。
――負の感情があるからこそ、人々は何かを見出すことができるのかもしれない。
霧島はそう思いながら、胸に手を当てた。
――ではあの夢の痛みは、一体なんのために存在するのだろうか。
丘を越えると、小さな耕作地や果樹の連なりが臨めた。その一番手前の木々のそばの掘っ立て小屋――それが花角の家である。
ちょうど木陰のしたで、揺れるロッキングチェアに座りの本を読む男の姿が見えた。
視線の先の男も来客に気づいたらしく、立ち上がって腰に手をあて大きく手を振った。
霧島はその仕草に微笑むと、ゆるやかな丘を下っていった。
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