6 / 59
1章 世
4 問答②
しおりを挟む
モニターの中の老紳士はひとしきり唸ったあと、再び口を開いた。
「うーん、左様でいらっしゃいますか。……そうですね。では別のご提案を致しましょう。キリシマ様、別の素体を試されてみるというのはいかがでしょうか?」
そう問われた霧島は、以前にもこんなやり取りがなかったかと記憶を探る。
――前回、前々回も同じ話の流れで、別の型番にしろだのX型を経験しろだの、いろいろ言われなかっただろうか。
とはいえ、霧島は少しも替える気がなかったので率直に言う。
「……この型番を気に入っているんだ」
すると、モニターは納得するような声を出しながらも、
「なるほど。ですが、それはかなり古いタイプで、よく言えば古き良き肉体、悪く言えば凡人の皮です。何の面白みもありません。最新版であれば、後天的に運動能力を調整できるものや、疑似脳を組み込んだものもあり、無限の可能性を秘めております。肉体は可変であることを、ぜひ理解して頂きたいと思います」
と熱弁をふるった。
霧島は心のなかで苦笑した。
――凡人の皮か。
彼自身、罵られたSR155系統をいつも選ぶ理由はわからなかった。
とはいえ自分が、着古して穴が空きながらも馴染んだ服を着続ける性格であるとわかっていたので、音声は右から左へと受け流した。
――彼ら機械知性は、人間に少しでも新しく刺激のあるものを、とプログラムされている。だから同じ売り問答を繰り返しているだけなのだ。
霧島はそう思いながら、笑みを浮かべる。
すると、相手は予想通りに次の皮をおすすめし始めた。
「――また、X型素体も外せませんね。X型は、Y型素体とは肉体的にまったく別のつくりとなっており、外部刺激に対する受容がまるっきり変化します。優れた色彩感覚に目覚め、秘められた能力に気づく方もいらっしゃいます」
X型――いわゆる女性型の素体だか、霧島はまだ一度も経験したことがない。
友人の中には、男では受容できなかった新たな刺激に触れ、「二度と男には戻れない」そう言ったものもいた。
しかし霧島にとって、アーティスティックな感性も女性特有の快楽も、まるで不要だった。とくに後者は、子孫を成すことができなくなったいま、非生産的でまったく無駄なものとしか思えなかった。
口元に笑みを浮かべたまま反応せずにいると、紳士は諦めたように微笑み言った。
「――キリシマ様。また後日、ご案内を送らせて頂きますが、次回はもう少しはやめの素体交換をお心がけください」
「…………はあ」
「大昔、魂が身体に囚われていた時代は、生まれたときの身体で一生を生きねばなりませんでした。しかしいまは自由です。衣服や髪型を変えるように、気軽に交換する方も多い。老化によるパフォーマンス低下が訪れる前に、ぜひ新しい素体へご交換頂くことをおすすめいたします」
そう言ったあとで、紳士はきりりと表情をひきしめ続けた。
「キリシマ様のような、第一期に交換された皆さまは、身体を変えることに特に抵抗がお有りであると感じます。しかし昔の記憶に縛られることなく、いまは自由を満喫し悠々と生を全うして頂ければと思います。……今回は定着安定剤だけお出ししますので、いつものようにお飲みください。それでは、今回の人生も素晴らしいものとなりますように。自由は人間の尊厳なのですから」
****
ようやく開放された霧島は、部屋を出るとすぐに背伸びをした。
受付までの道は、左一面に大きな窓があり、そこから差し込む日差しがまばゆい。
白い壁がよりいっそう輝き、ぼんやりと霞むなかをひとり歩き、ふと思った。
「……尊厳、か」
自由は人間の尊厳である、そう紳士――機械知性は言った。
――ならば。
「……死の尊厳は、一体どこへ行ってしまったんだろうな」
霧島の小さなつぶやきは、誰の耳へ入ることもなく、ひっそりと光のなかへ消えていった。
「うーん、左様でいらっしゃいますか。……そうですね。では別のご提案を致しましょう。キリシマ様、別の素体を試されてみるというのはいかがでしょうか?」
そう問われた霧島は、以前にもこんなやり取りがなかったかと記憶を探る。
――前回、前々回も同じ話の流れで、別の型番にしろだのX型を経験しろだの、いろいろ言われなかっただろうか。
とはいえ、霧島は少しも替える気がなかったので率直に言う。
「……この型番を気に入っているんだ」
すると、モニターは納得するような声を出しながらも、
「なるほど。ですが、それはかなり古いタイプで、よく言えば古き良き肉体、悪く言えば凡人の皮です。何の面白みもありません。最新版であれば、後天的に運動能力を調整できるものや、疑似脳を組み込んだものもあり、無限の可能性を秘めております。肉体は可変であることを、ぜひ理解して頂きたいと思います」
と熱弁をふるった。
霧島は心のなかで苦笑した。
――凡人の皮か。
彼自身、罵られたSR155系統をいつも選ぶ理由はわからなかった。
とはいえ自分が、着古して穴が空きながらも馴染んだ服を着続ける性格であるとわかっていたので、音声は右から左へと受け流した。
――彼ら機械知性は、人間に少しでも新しく刺激のあるものを、とプログラムされている。だから同じ売り問答を繰り返しているだけなのだ。
霧島はそう思いながら、笑みを浮かべる。
すると、相手は予想通りに次の皮をおすすめし始めた。
「――また、X型素体も外せませんね。X型は、Y型素体とは肉体的にまったく別のつくりとなっており、外部刺激に対する受容がまるっきり変化します。優れた色彩感覚に目覚め、秘められた能力に気づく方もいらっしゃいます」
X型――いわゆる女性型の素体だか、霧島はまだ一度も経験したことがない。
友人の中には、男では受容できなかった新たな刺激に触れ、「二度と男には戻れない」そう言ったものもいた。
しかし霧島にとって、アーティスティックな感性も女性特有の快楽も、まるで不要だった。とくに後者は、子孫を成すことができなくなったいま、非生産的でまったく無駄なものとしか思えなかった。
口元に笑みを浮かべたまま反応せずにいると、紳士は諦めたように微笑み言った。
「――キリシマ様。また後日、ご案内を送らせて頂きますが、次回はもう少しはやめの素体交換をお心がけください」
「…………はあ」
「大昔、魂が身体に囚われていた時代は、生まれたときの身体で一生を生きねばなりませんでした。しかしいまは自由です。衣服や髪型を変えるように、気軽に交換する方も多い。老化によるパフォーマンス低下が訪れる前に、ぜひ新しい素体へご交換頂くことをおすすめいたします」
そう言ったあとで、紳士はきりりと表情をひきしめ続けた。
「キリシマ様のような、第一期に交換された皆さまは、身体を変えることに特に抵抗がお有りであると感じます。しかし昔の記憶に縛られることなく、いまは自由を満喫し悠々と生を全うして頂ければと思います。……今回は定着安定剤だけお出ししますので、いつものようにお飲みください。それでは、今回の人生も素晴らしいものとなりますように。自由は人間の尊厳なのですから」
****
ようやく開放された霧島は、部屋を出るとすぐに背伸びをした。
受付までの道は、左一面に大きな窓があり、そこから差し込む日差しがまばゆい。
白い壁がよりいっそう輝き、ぼんやりと霞むなかをひとり歩き、ふと思った。
「……尊厳、か」
自由は人間の尊厳である、そう紳士――機械知性は言った。
――ならば。
「……死の尊厳は、一体どこへ行ってしまったんだろうな」
霧島の小さなつぶやきは、誰の耳へ入ることもなく、ひっそりと光のなかへ消えていった。
27
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
獣人ハ甘ヤカシ、甘ヤカサレル
希紫瑠音
BL
エメは街でパン屋を開いている。生地をこねる作業も、オーブンで焼いているときのにおいも大好きだ。
お客さんの笑顔を見るのも好きだ。おいしかったという言葉を聞くと幸せになる。
そんな彼には大切な人がいた。自分とは違う種族の年上の男性で、医者をしているライナーだ。
今だ番がいないのは自分のせいなのではないかと、彼から離れようとするが――。
エメがライナーのことでモダモダとしております。じれじれ・両想い・歳の差。
※は性的描写あり。*は※よりゆるめ。
<登場人物>
◇エメ
・20歳。小さなパン屋の店主。見た目は秋田犬。面倒見がよく、ライナーことが放っておけない
◇ライナー
・32歳。医者。祖父と共に獣人の国へ。エメが生まれてくるときに立ち合っている。
<その他>
◆ジェラール…虎。エメの幼馴染。いい奴
◆ニコラ…人の子。看護師さん
◆ギー…双子の兄
◆ルネ…双子の弟
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
【完結】後宮に舞うオメガは華より甘い蜜で誘う
亜沙美多郎
BL
後宮で針房として働いている青蝶(チンディエ)は、発情期の度に背中全体に牡丹の華の絵が現れる。それは一見美しいが、実は精気を吸収する「百花瘴気」という難病であった。背中に華が咲き乱れる代わりに、顔の肌は枯れ、痣が広がったように見えている。
見た目の醜さから、後宮の隠れた殿舎に幽居させられている青蝶だが、実は別の顔がある。それは祭祀で舞を披露する踊り子だ。
踊っている青蝶に熱い視線を送るのは皇太子・飛龍(ヒェイロン)。一目見た時から青蝶が運命の番だと確信していた。
しかしどんなに探しても、青蝶に辿り着けない飛龍。やっとの思いで青蝶を探し当てたが、そこから次々と隠されていた事実が明らかになる。
⭐︎オメガバースの独自設定があります。
⭐︎登場する設定は全て史実とは異なります。
⭐︎作者のご都合主義作品ですので、ご了承ください。
☆ホットランキング入り!ありがとうございます☆
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる