【完結】プシュケの彼方ー死ぬことが許されなくなった未来社会。仮の肉体を継いでなお、生きる理由はあるのだろうか?ー

上杉裕泉

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1章 世

3 問答①

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「キリシマシヲウ様、お待たせいたしました」
 指定された小部屋に入り、寝台によく似た全身スキャナーに横たわる。
 数秒、緑色の光線が体を駆け巡ったかと思うと、正面のモニターに初老の男性が現れ、口を開いた。
「――今回は七十二年と六ヶ月ぶり、七回目の交換でいらっしゃいました。術中ならびに術後をモニタリングした結果、数値はどれも正常範囲内です。不調などはございませんか?」
「ああ、ない」
「それはよいことで。何よりでございます」
 霧島の想像していたとおりの返答があったあと、画面のなかの男は神妙な面持ちになって言った。
「……ただ、前々回の交換時からお話させていただいておりますが、精神衛生のレベルが第一期の方の平均値と比べて、若干低下気味です」
 霧島の耳がぴくりと動いた。
「えー、改善策としては、未経験のアクティビティをお試し頂くことで、より刺激的で満足感のある生をお楽しみ頂くことがよろしいかと」
 言葉とともにモニターの画面が切り替わり、無数の広告が現れる。
「このように、新しいライフパッケージやエクスペリエンスプランが次々と追加されています。最近のトレンドはこちらの『古典回帰』で、育成プラント外で栽培を楽しんだり、自ら家畜の世話を行う――いわゆるかつての一次産業が大変人気です。キリシマ様、ここでお申し込みを受付することもできますが、いかがいたしましょう?」
 AIの怒涛どとうの売り文句に嫌気が差しはじめていた霧島は、なるべく気取られないように笑顔を作る。
「もう、いろいろ経験しているから充分だ」
 嘘はついていない、と霧島は思った。
 人間の本来の寿命は、過去どんなに延ばせても百年ほどだった。それが現在、素体交換技術により肉体の老化を超越した存在となった。七回目の交換を終え、数百年生きた自分は、すでに七回の人生を生きたのと同じようなものである。
 職業や体験、学問、社会生活など、かつて一生では経験できなかったありあまる経験をし、ほぼすべての――新たな生命の誕生に関わる以外の――幸福を味わったと思っている。ゆえに。
 ――新しいプログラムといえど、従来のものに毛が生えた程度の二番煎じでしかない。
 霧島にとって、永遠の時を飽きさせないためのまやかしの刺激は、もう必要なかった。
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