5 / 59
1章 世
3 問答①
しおりを挟む
「キリシマシヲウ様、お待たせいたしました」
指定された小部屋に入り、寝台によく似た全身スキャナーに横たわる。
数秒、緑色の光線が体を駆け巡ったかと思うと、正面のモニターに初老の男性が現れ、口を開いた。
「――今回は七十二年と六ヶ月ぶり、七回目の交換でいらっしゃいました。術中ならびに術後をモニタリングした結果、数値はどれも正常範囲内です。不調などはございませんか?」
「ああ、ない」
「それはよいことで。何よりでございます」
霧島の想像していたとおりの返答があったあと、画面のなかの男は神妙な面持ちになって言った。
「……ただ、前々回の交換時からお話させていただいておりますが、精神衛生のレベルが第一期の方の平均値と比べて、若干低下気味です」
霧島の耳がぴくりと動いた。
「えー、改善策としては、未経験のアクティビティをお試し頂くことで、より刺激的で満足感のある生をお楽しみ頂くことがよろしいかと」
言葉とともにモニターの画面が切り替わり、無数の広告が現れる。
「このように、新しいライフパッケージやエクスペリエンスプランが次々と追加されています。最近のトレンドはこちらの『古典回帰』で、育成プラント外で栽培を楽しんだり、自ら家畜の世話を行う――いわゆるかつての一次産業が大変人気です。キリシマ様、ここでお申し込みを受付することもできますが、いかがいたしましょう?」
AIの怒涛の売り文句に嫌気が差しはじめていた霧島は、なるべく気取られないように笑顔を作る。
「もう、いろいろ経験しているから充分だ」
嘘はついていない、と霧島は思った。
人間の本来の寿命は、過去どんなに延ばせても百年ほどだった。それが現在、素体交換技術により肉体の老化を超越した存在となった。七回目の交換を終え、数百年生きた自分は、すでに七回の人生を生きたのと同じようなものである。
職業や体験、学問、社会生活など、かつて一生では経験できなかったありあまる経験をし、ほぼすべての――新たな生命の誕生に関わる以外の――幸福を味わったと思っている。ゆえに。
――新しいプログラムといえど、従来のものに毛が生えた程度の二番煎じでしかない。
霧島にとって、永遠の時を飽きさせないためのまやかしの刺激は、もう必要なかった。
指定された小部屋に入り、寝台によく似た全身スキャナーに横たわる。
数秒、緑色の光線が体を駆け巡ったかと思うと、正面のモニターに初老の男性が現れ、口を開いた。
「――今回は七十二年と六ヶ月ぶり、七回目の交換でいらっしゃいました。術中ならびに術後をモニタリングした結果、数値はどれも正常範囲内です。不調などはございませんか?」
「ああ、ない」
「それはよいことで。何よりでございます」
霧島の想像していたとおりの返答があったあと、画面のなかの男は神妙な面持ちになって言った。
「……ただ、前々回の交換時からお話させていただいておりますが、精神衛生のレベルが第一期の方の平均値と比べて、若干低下気味です」
霧島の耳がぴくりと動いた。
「えー、改善策としては、未経験のアクティビティをお試し頂くことで、より刺激的で満足感のある生をお楽しみ頂くことがよろしいかと」
言葉とともにモニターの画面が切り替わり、無数の広告が現れる。
「このように、新しいライフパッケージやエクスペリエンスプランが次々と追加されています。最近のトレンドはこちらの『古典回帰』で、育成プラント外で栽培を楽しんだり、自ら家畜の世話を行う――いわゆるかつての一次産業が大変人気です。キリシマ様、ここでお申し込みを受付することもできますが、いかがいたしましょう?」
AIの怒涛の売り文句に嫌気が差しはじめていた霧島は、なるべく気取られないように笑顔を作る。
「もう、いろいろ経験しているから充分だ」
嘘はついていない、と霧島は思った。
人間の本来の寿命は、過去どんなに延ばせても百年ほどだった。それが現在、素体交換技術により肉体の老化を超越した存在となった。七回目の交換を終え、数百年生きた自分は、すでに七回の人生を生きたのと同じようなものである。
職業や体験、学問、社会生活など、かつて一生では経験できなかったありあまる経験をし、ほぼすべての――新たな生命の誕生に関わる以外の――幸福を味わったと思っている。ゆえに。
――新しいプログラムといえど、従来のものに毛が生えた程度の二番煎じでしかない。
霧島にとって、永遠の時を飽きさせないためのまやかしの刺激は、もう必要なかった。
26
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる