39 / 51
8章 公開へ
2 激震
しおりを挟む
波多野とともに事務所へ戻り、向かったのは社長室だった。
「……失礼します」
部屋にいたのは社長本人と専務、そして波多野の上司の三人だった。『まほろば』の話が決まったときと同じ顔ぶれに、昂世は少し懐かしさを感じた。しかし社長以外のふたりは、こちらに気付くと会釈をしてすぐに出て行った。
社長に手招きされソファに腰かけると、テーブルに出されたのは雑誌の見開きだった。
「お疲れ様。急がせてすまなかったね。ふたりとも、これを見てくれ」
それはいわゆる週刊誌の記事だった。
『水上周、若い男と仲睦まじい様子で夜な夜なコンビニから自宅マンションへ』
タイトルと写真を見た昂世は、すっと血の気が引いた。それはまぎれもないあの日――水上と交わった日の写真だった。
昂世自身こうなるリスクは理解していた。しかし記事の形で現実として突きつけられ、背筋に冷たいものが流れた。
これまでスキャンダルがまるでなかった水上と、まだ名も無い新人俳優の自分。だから気にする者なんていないと思っていたのに。
――早くふたりに言わなければ。
そう唐突に思ったのは、記事の写真の自分の方になぜかモザイクがかけられていたからだった。
「この写真――」
俺です、そう言おうとしたものの、途端に手で波多野に阻まれてしまう。どうしてと思ったものの、視線の先の社長もまるでわかっていると言いたげな様子だった。
隣の波多野が真剣な表情で口を開いた。
「……今回の報道で問題なのは、この写真に映ってるのが誰かということではないんだ」
「……どういうことですか?」
すると社長が記事を指さして言った。
「記事のこの箇所だ――撮影は肌を直に接触させる激しい濡れ場が大半で、Ωである水上の人権を無視して行われた、とある。すなわち君の主演映画が記事内でやり玉にあげられて、映画の公開が危ぶまれているんだ」
「そんな……大半ってそれはいいすぎですし、そもそもこちらが了承して契約も交わして仕事を受けているのに……なぜ部外者にそんなこと言われなければならないんですか?」
すると社長はなだめるように穏やかに続けた。
「君が憤るのはわかるよ。ただ週刊誌としては格好のネタなんだ。今どき多様性に関するこういう話は社会に大きく広がりやすい。ましてやあの水上周が渦中の人物とあらば話題性も抜群だ。……だからこちらが法令を遵守していようがまるで関係がないんだ」
「真実でなくても……そう思わせれば勝ちということですか?」
「そうだ。仮に虚偽が明らかになったところで、彼らは謝罪コメントを出して終わるだけだろう。割を食うのは君の銀幕デビューだ」
その言葉に昂世は思わず声を荒らげる。
「なら、俺が自分で泥を塗ったようなものです。だって俺が――」
しかし社長のよく響く声に圧倒されてしまう。
「もし仮に君だとしたら、波多野くんの管理不行き届きになるだけだ。宮城くんの管理は波多野くんに一任しているからな」
「……そんな」
なぜ波多野にとばっちりがいくのだろう――そう思いながら視線を向けるも、当の本人はこちらを向いて微笑むだけだった。
「そういうことだから、この記事について昂世はもう心配しなくていい。事務的に対応するよう進めているから気にしなくていいんだ。ただ、問題は明日のイベントだ」
そう波多野が言う通り、上映発表イベントがいよいよ明日に迫っていた。そこでは自分と水上、そして監督の江口が登壇することがすでに決まっていた。
「――今回の件があって、水上は欠席すると先方から連絡があった。だからイベント中も監督と昂世に心無い質問が飛んでくるはずだ。ただ江口監督はこれまでそういう修羅場を何度も経験してるんだ。俺が知っているくらいだから、記者もわかっているだろう。そういう訳で、何かぼろを出さないかと期待して昂世に質問が集中すると思うんだ」
「俺は……どうしたら」
思わずそう心配を漏らすと波多野は続けた。
「昂世、君は笑顔で無言を貫くんだ。明日はきっと野次馬のように、水上の相手が君ではないかと疑うものも出てくると思う。ただ答えてはいけない。絶対にだ。一度答えてしまえば、彼らはあの手この手を使ってお前を煽り言葉を引きずり出そうとするだろう。何て言ったって相手は取材のプロフェッショナルだ。絶対に相手をしてはいけないからな」
「…………」
昂世が言葉を失っていると、社長が脇から淡々と告げた。
「……仮に水上の相手が君だったとしても、絶対に黙っているんだ。それが君と――君の大切な水上周を守る最良の方法だ」
「…………はい」
社長室を出た昂世は、寮の自室へ戻りながら考えた。
明日大勢の記者に囲まれて、写真の水上の隣りにいる人物が自分だと言えたなら――きっと今胸に溜まっているわだかまりのようなものは綺麗さっぱりなくなるだろう。もしかしたら、自分の選択に同意してくれる人も現れるかもしれない。たまたま撮影で出会った運命の相手なのだから、そうなるのもしょうがない、と。
ただ、それでは確実にあの作品は台無しになってしまう。
大勢のキャストやスタッフ、ほかにもどれだけの人が関わって、どれだけの時間を費やして苦労して生み出したものか。またそれがどれだけ素晴らしい作品に仕上がっているかを知っている自分が、そんなことできるはずがなかった。
昂世は思わず走り出した。
明日の自分の対応にすべてがかかっている――それならば、今なにもしないわけにはいかなかった。
「……失礼します」
部屋にいたのは社長本人と専務、そして波多野の上司の三人だった。『まほろば』の話が決まったときと同じ顔ぶれに、昂世は少し懐かしさを感じた。しかし社長以外のふたりは、こちらに気付くと会釈をしてすぐに出て行った。
社長に手招きされソファに腰かけると、テーブルに出されたのは雑誌の見開きだった。
「お疲れ様。急がせてすまなかったね。ふたりとも、これを見てくれ」
それはいわゆる週刊誌の記事だった。
『水上周、若い男と仲睦まじい様子で夜な夜なコンビニから自宅マンションへ』
タイトルと写真を見た昂世は、すっと血の気が引いた。それはまぎれもないあの日――水上と交わった日の写真だった。
昂世自身こうなるリスクは理解していた。しかし記事の形で現実として突きつけられ、背筋に冷たいものが流れた。
これまでスキャンダルがまるでなかった水上と、まだ名も無い新人俳優の自分。だから気にする者なんていないと思っていたのに。
――早くふたりに言わなければ。
そう唐突に思ったのは、記事の写真の自分の方になぜかモザイクがかけられていたからだった。
「この写真――」
俺です、そう言おうとしたものの、途端に手で波多野に阻まれてしまう。どうしてと思ったものの、視線の先の社長もまるでわかっていると言いたげな様子だった。
隣の波多野が真剣な表情で口を開いた。
「……今回の報道で問題なのは、この写真に映ってるのが誰かということではないんだ」
「……どういうことですか?」
すると社長が記事を指さして言った。
「記事のこの箇所だ――撮影は肌を直に接触させる激しい濡れ場が大半で、Ωである水上の人権を無視して行われた、とある。すなわち君の主演映画が記事内でやり玉にあげられて、映画の公開が危ぶまれているんだ」
「そんな……大半ってそれはいいすぎですし、そもそもこちらが了承して契約も交わして仕事を受けているのに……なぜ部外者にそんなこと言われなければならないんですか?」
すると社長はなだめるように穏やかに続けた。
「君が憤るのはわかるよ。ただ週刊誌としては格好のネタなんだ。今どき多様性に関するこういう話は社会に大きく広がりやすい。ましてやあの水上周が渦中の人物とあらば話題性も抜群だ。……だからこちらが法令を遵守していようがまるで関係がないんだ」
「真実でなくても……そう思わせれば勝ちということですか?」
「そうだ。仮に虚偽が明らかになったところで、彼らは謝罪コメントを出して終わるだけだろう。割を食うのは君の銀幕デビューだ」
その言葉に昂世は思わず声を荒らげる。
「なら、俺が自分で泥を塗ったようなものです。だって俺が――」
しかし社長のよく響く声に圧倒されてしまう。
「もし仮に君だとしたら、波多野くんの管理不行き届きになるだけだ。宮城くんの管理は波多野くんに一任しているからな」
「……そんな」
なぜ波多野にとばっちりがいくのだろう――そう思いながら視線を向けるも、当の本人はこちらを向いて微笑むだけだった。
「そういうことだから、この記事について昂世はもう心配しなくていい。事務的に対応するよう進めているから気にしなくていいんだ。ただ、問題は明日のイベントだ」
そう波多野が言う通り、上映発表イベントがいよいよ明日に迫っていた。そこでは自分と水上、そして監督の江口が登壇することがすでに決まっていた。
「――今回の件があって、水上は欠席すると先方から連絡があった。だからイベント中も監督と昂世に心無い質問が飛んでくるはずだ。ただ江口監督はこれまでそういう修羅場を何度も経験してるんだ。俺が知っているくらいだから、記者もわかっているだろう。そういう訳で、何かぼろを出さないかと期待して昂世に質問が集中すると思うんだ」
「俺は……どうしたら」
思わずそう心配を漏らすと波多野は続けた。
「昂世、君は笑顔で無言を貫くんだ。明日はきっと野次馬のように、水上の相手が君ではないかと疑うものも出てくると思う。ただ答えてはいけない。絶対にだ。一度答えてしまえば、彼らはあの手この手を使ってお前を煽り言葉を引きずり出そうとするだろう。何て言ったって相手は取材のプロフェッショナルだ。絶対に相手をしてはいけないからな」
「…………」
昂世が言葉を失っていると、社長が脇から淡々と告げた。
「……仮に水上の相手が君だったとしても、絶対に黙っているんだ。それが君と――君の大切な水上周を守る最良の方法だ」
「…………はい」
社長室を出た昂世は、寮の自室へ戻りながら考えた。
明日大勢の記者に囲まれて、写真の水上の隣りにいる人物が自分だと言えたなら――きっと今胸に溜まっているわだかまりのようなものは綺麗さっぱりなくなるだろう。もしかしたら、自分の選択に同意してくれる人も現れるかもしれない。たまたま撮影で出会った運命の相手なのだから、そうなるのもしょうがない、と。
ただ、それでは確実にあの作品は台無しになってしまう。
大勢のキャストやスタッフ、ほかにもどれだけの人が関わって、どれだけの時間を費やして苦労して生み出したものか。またそれがどれだけ素晴らしい作品に仕上がっているかを知っている自分が、そんなことできるはずがなかった。
昂世は思わず走り出した。
明日の自分の対応にすべてがかかっている――それならば、今なにもしないわけにはいかなかった。
30
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
生き急ぐオメガの献身
雨宮里玖
BL
美貌オメガのシノンは、辺境の副将軍ヘリオスのもとに嫁ぐことになった。
実はヘリオスは、昔、番になろうと約束したアルファだ。その約束を果たすべく求婚したのだが、ヘリオスはシノンのことなどまったく相手にしてくれない。
こうなることは最初からわかっていた。
それでもあなたのそばにいさせてほしい。どうせすぐにいなくなる。それまでの間、一緒にいられたら充分だ——。
健気オメガの切ない献身愛ストーリー!
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる