【完結】若手アルファ俳優の運命は大嫌いなオメガ俳優でした ~インテグラル・スター ~

上杉

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8章 公開へ

2 激震

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 波多野とともに事務所へ戻り、向かったのは社長室だった。

「……失礼します」

 部屋にいたのは社長本人と専務、そして波多野の上司の三人だった。『まほろば』の話が決まったときと同じ顔ぶれに、昂世は少し懐かしさを感じた。しかし社長以外のふたりは、こちらに気付くと会釈をしてすぐに出て行った。
 社長に手招きされソファに腰かけると、テーブルに出されたのは雑誌の見開きだった。

「お疲れ様。急がせてすまなかったね。ふたりとも、これを見てくれ」

 それはいわゆる週刊誌の記事だった。

『水上周、若い男と仲睦まじい様子で夜な夜なコンビニから自宅マンションへ』

 タイトルと写真を見た昂世は、すっと血の気が引いた。それはまぎれもないあの日――水上と交わった日の写真だった。
 昂世自身こうなるリスクは理解していた。しかし記事の形で現実として突きつけられ、背筋に冷たいものが流れた。  
 これまでスキャンダルがまるでなかった水上と、まだ名も無い新人俳優の自分。だから気にする者なんていないと思っていたのに。

 ――早くふたりに言わなければ。
 
 そう唐突に思ったのは、記事の写真の自分の方になぜかモザイクがかけられていたからだった。

「この写真――」

 俺です、そう言おうとしたものの、途端に手で波多野に阻まれてしまう。どうしてと思ったものの、視線の先の社長もまるでわかっていると言いたげな様子だった。
 隣の波多野が真剣な表情で口を開いた。

「……今回の報道で問題なのは、この写真に映ってるのが誰かということではないんだ」

「……どういうことですか?」

 すると社長が記事を指さして言った。

「記事のこの箇所だ――撮影は肌を直に接触させる激しい濡れ場が大半で、Ωである水上の人権を無視して行われた、とある。すなわち君の主演映画が記事内でやり玉にあげられて、映画の公開が危ぶまれているんだ」

「そんな……大半ってそれはいいすぎですし、そもそもこちらが了承して契約も交わして仕事を受けているのに……なぜ部外者にそんなこと言われなければならないんですか?」

 すると社長はなだめるように穏やかに続けた。

「君が憤るのはわかるよ。ただ週刊誌としては格好のネタなんだ。今どき多様性に関するこういう話は社会に大きく広がりやすい。ましてやあの水上周が渦中の人物とあらば話題性も抜群だ。……だからこちらが法令を遵守していようがまるで関係がないんだ」

「真実でなくても……そう思わせれば勝ちということですか?」

「そうだ。仮に虚偽が明らかになったところで、彼らは謝罪コメントを出して終わるだけだろう。割を食うのは君の銀幕デビューだ」

 その言葉に昂世は思わず声を荒らげる。

「なら、俺が自分で泥を塗ったようなものです。だって俺が――」

 しかし社長のよく響く声に圧倒されてしまう。

「もし仮に君だとしたら、波多野くんの管理不行き届きになるだけだ。宮城くんの管理は波多野くんに一任しているからな」

「……そんな」

 なぜ波多野にとばっちりがいくのだろう――そう思いながら視線を向けるも、当の本人はこちらを向いて微笑むだけだった。

「そういうことだから、この記事について昂世はもう心配しなくていい。事務的に対応するよう進めているから気にしなくていいんだ。ただ、問題は明日のイベントだ」

 そう波多野が言う通り、上映発表イベントがいよいよ明日に迫っていた。そこでは自分と水上、そして監督の江口が登壇することがすでに決まっていた。

「――今回の件があって、水上は欠席すると先方から連絡があった。だからイベント中も監督と昂世に心無い質問が飛んでくるはずだ。ただ江口監督はこれまでそういう修羅場を何度も経験してるんだ。俺が知っているくらいだから、記者もわかっているだろう。そういう訳で、何かぼろを出さないかと期待して昂世に質問が集中すると思うんだ」

「俺は……どうしたら」

 思わずそう心配を漏らすと波多野は続けた。

「昂世、君は笑顔で無言を貫くんだ。明日はきっと野次馬のように、水上の相手が君ではないかと疑うものも出てくると思う。ただ答えてはいけない。絶対にだ。一度答えてしまえば、彼らはあの手この手を使ってお前を煽り言葉を引きずり出そうとするだろう。何て言ったって相手は取材のプロフェッショナルだ。絶対に相手をしてはいけないからな」

「…………」

 昂世が言葉を失っていると、社長が脇から淡々と告げた。

「……仮に水上の相手が君だったとしても、絶対に黙っているんだ。それが君と――君の大切な水上周を守る最良の方法だ」

「…………はい」

  社長室を出た昂世は、寮の自室へ戻りながら考えた。
 明日大勢の記者に囲まれて、写真の水上の隣りにいる人物が自分だと言えたなら――きっと今胸に溜まっているわだかまりのようなものは綺麗さっぱりなくなるだろう。もしかしたら、自分の選択に同意してくれる人も現れるかもしれない。たまたま撮影で出会った運命の相手なのだから、そうなるのもしょうがない、と。
 ただ、それでは確実にあの作品は台無しになってしまう。
 大勢のキャストやスタッフ、ほかにもどれだけの人が関わって、どれだけの時間を費やして苦労して生み出したものか。またそれがどれだけ素晴らしい作品に仕上がっているかを知っている自分が、そんなことできるはずがなかった。
 昂世は思わず走り出した。
 明日の自分の対応にすべてがかかっている――それならば、今なにもしないわけにはいかなかった。
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