【完結】落暉再燃 ~囚われの剣聖は美形若君にお仕えします~

上杉裕泉

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9章 再会そして

6 剣戟

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 暁燿世ぎょうようせいが軍に配属されてすぐのこと。円太保に連れていかれた山の中で鍛錬という名のにあい、剣を打ち合う中で初めて彼に一撃を加えることができたとき。
 ふらふらになって地面に突っ伏した少年燿世に向かって、彼はこう言った。
「―いまの最後の一振りをよく覚えておけ。人はその領域に足を踏み入れると、感覚が解き放たれ自分に向かってくるものすべてをあるがままに受け入れることができるようになる。そのとき時の流れは遅くなり、おのずと身体は最適な動きをしよう」
 そうして円太保は言った。それが無我の境地と。

 晃閃はそれに値する感覚を、榮霞を振りながら感じ取っていた。
 朝廷という戦いに適さない場所で敵を殺さないという条件の中、彼は飛んで来る矢を打ち落としては兵を次々と倒していく。
 夙克静しゅくこくせいの息のかかった兵たちは驚いただろう。対面した瞬間に手の剣は叩き落とされ、驚いた途端に意識が奪われるのだから。
 もちろん兵たちも油断しきっていたのだ。突然現れた将軍來戰景らいせんけいを相手にしたくないために、隣りのぽっと出の男に向かったらまさか、というところだろう。
 晃閃自身も、かつてこんなに自由に動けたことがあっただろうかと、自分の感覚と動きに驚いていた。
 いまの彼には相手の潜む場所、そして次に取ろうとしている動きが手に取るように見え、その全てがゆっくりと目に映っていた。また場の状況が肌を通じて感じられ、目で追い考えるよりも先に、勝手に手足は動いていた。長い牢の中で感覚は鋭敏になったとはいえ、運動器官の反応の速さは常人を逸脱しており、晃閃は舌を巻いた。
 ―これは、霊剣の力なのだろうか。
 そう考えるのも無理はなかった。あの修行の時以来、無我の境地に入れたことは一度もなかったのだ。
 とはいえこれまでも榮霞を振る機会は幾度もあったのに、なぜ今なのだろう。その答えとして彼の頭にあったのは、近くで剣を振るう來戰景らいせんけいの存在だった。

 いま敵と剣を打ち合っている晃閃の視界には戰景はおらず目では確認できない。また彼は他人であるので、どんな状況で敵と向かい合っているかもわからないはずなのだ。
 それが今、まるで彼と繋がっているように―身体の一部であるかのように、彼が何を考えどんな行動を取っているのかわかるのだ。それは言語的なものではなく感覚的なもので、言葉を介さずとも次に何をするのか意思疎通が取れる。しかも瞬時に。
 この非常人的な力を感じた今、これが霊剣榮霞によるものであると信じるほかなかった。

 二人のあまりの勢いと度を超えた強さに、まだ意識のある兵たちは戦意をそがれ次々と引いていった。ようやく状況が落ち着いたことを理解した晃閃は、戰景の元に向かい彼と対面する時間を得た。
 かつての戦友はいい意味で歳をとっており、あの頃のとがった鋭さはなくなったものの、それが貫禄となり威圧的な空気をまとっていた。
 体格がよく晃閃よりも上背があり、それは昔と同じようにぴんと伸びて年齢よりも若々しく感じられた。
 その手に握られていたのはかつて暁燿世が扱っていた、年季の入った剣―榮霞だった。手入れされているものの刀身には細かな傷があり、柄も酷く年季を感じる黒ずんだ紐が巻かれていた。
 その視線に気づいた戰景は声をかけた。
「ああ、そうだ。これはかつてのお前の剣だ」
 二十年前に暁燿世自分が使っていた榮霞と、いま自分の手にある真新しい榮霞。温もりを感じるその剣を手に晃閃は聞いた。
「榮霞は……二本あるのか?」
「もとは一本だったんだがな。力を分けたんだ」
「……どういうことだ?」
「英千―いや、瑶千からその剣をもらったとき驚いただろう?榮霞の声がする、と」
 晃閃はうなずいた。あの西区画で蔡瑶千の手にあったこの剣が自分を呼んだのだ。
「お前にとっては剣本体が榮霞だろうが、王家に伝わっているのは剣ではない。本体はいにしえより伝わる剣聖の霊力―それが込められているこの紐だ」
 戰景が指さしたのは柄に巻かれた黒ずんだ飾り紐だった。
「これには歴代の剣聖の意識が霊力となって込められているという。だから手にすると彼らの経験が無意識下に刷り込まれ、誰でも王を守る最強の剣聖になれると文献にあった。まあ、それに身体がついてこられるかは別の話だがな」
 そして彼は微笑む。
「昔のお前は不思議に思っただろう。時々声をあげるだけの普通の剣ではないかと。それはお前―暁燿世が歴代最強の使い手だったからだ。過去の剣聖が歴代最強の剣聖に伝えることなどありゃしない、という訳だ」
 確かに彼の言うとおり、今の今まで榮霞はただ時々鳴いて王の居場所を伝えるだけの普通の剣だった。
 晃閃は剣を彩る赤い紐をまじまじと見つめた。
「いま榮霞はここに二本ある。しかもそれは最強の使い手暁燿世と、一応その技術についてこられる俺の手の中だ。やつらの反応は正しいさ。俺自身も、お前とのこの不思議な繋がりについて驚いているしな。そもそも正規軍はみな俺の部下だから、あの中に混ざって立ち向かうことの馬鹿馬鹿しさを知っている。それこそ夙克静の考えに賛同したものなど、いまの俺たちにかなうわけがない」
 淡々と状況を述べる戰景だったが、剣により心が繋がっている今、彼の内に秘められた熱い気持ちはひしひしと伝わっていた。
 彼はあの夜からずっと自分を信じていたのだ。そしてまたこうして一緒に剣を振ることを、どれだけ待っていてくれたのだろう。
 晃閃がその気持ちを受け取ったことを本人も知ったらしい。戰景は急に赤くなって、話を変えるように当たりを見回して言った。
「―さて、こいつらの処遇をどうするかは後で考えるとして、そろそろ来るところなんだが……」
 すると無数の兵が倒れる回廊の奥から、駆け寄る無数の足音が聞こえた。
「來将軍!晃閃!」
 その凛とした懐かしい声と出会ったときと同じ黒の官服に、晃閃は胸が熱くなる。手を振り現れたのは郭来頼かくらいらいと、旺嵐の街で出会った青年―朱昊しゅこうだった。
 来頼は笑顔でこちらに駆け寄り声をかける。
「ああ晃閃!無事だったか!そなたにまた会えて嬉しいぞ!」
「来頼殿、私も心から嬉しく思います。……それにしても、どうしてここに」
 すると彼は明るく優しい眼差しを向けたまま答えた。
「端的に言うと、私は尚書令の企みにより執務室にほぼ軟禁状態で自由を奪われた状態にあったのだ。そうして押し付けられた雑務に明け暮れていたところ、朱昊しゅこうが執務室に現れてな。話を聞けば将軍閣下が地下に囚われているというから、一緒に向かい開放したと言う訳だ」
 すると囚われていた等の本人も口を開く。
「榮霞が、お前が巴山はざんからここに連れて来られたのを察したのだ。そうしたのはおそらく都にいる黒幕だろうと考えた俺は、こちらで様子を伺おうと思っていた。しかしあちらが先に足を出し邪魔であった俺を捕らえたという訳だ。それにしても小僧、よく王宮へ入れたな」
 突然声をかけられた朱昊しゅこうは戸惑いながらも嬉しそうに答える。
「はい!瑶千さまから教えてもらった隠し通路で宮へと入ったのです。暗く狭くなかなか骨が折れましたが、簡単な地図を貰っていたので無事来頼様の元までたどり着くことができました」
 その溌溂とした口ぶりと以前よりも堂々とした立ち居振る舞いに、晃閃は若い青年の成長を感じ嬉しくなる。
 するともうひとり回廊の脇から現れる姿があった。男は軍服をまとい、先ほど朝廷で兵部の席に腰掛けていた戰景の直属の部下だった。
鵬叡ほうえい!生きてたか!」
 その上司の言葉に安心したように彼は応えた。
「はい、剣を奪い何とか生き残ることができました。貴方の厳しい教えのおかげです―それより、英千帝が!」
 その緊迫した面持ちに晃閃と戰景は顔を見合わせる。
 先程朝廷に兵が押し寄せたとき、戰景の登場と共に帝を王座の陰に隠したのだ。そこから外へ外へと兵を押し出していったはずであり、榮霞から伝わる英千帝は平穏無事だった。現在王座の裏から続く王の間へと移動しているが、一体何があったのだろう。
「王の間にいらっしゃるのだろう。何があった?」
 そう問うと彼は焦りながら答えた。
「それが……意識を失った兵から剣を奪い取ったようで、逃げる尚書令を捕まえ今にも殺しそうな勢いなのです!」
「あんの馬鹿……!ようせ―」
 來戰景が友の名を呼ぼうとしたものの、すでにそこに彼の姿はなかった。晃閃は榮霞の示すままに、自らの主の元へと駆け出していた。
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