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7章 旺嵐にて
3 野盗の正体
しおりを挟む「まさか、こんな小さな子どもたちが……」
月夜の空のもと、晃閃は捕らえた夜盗たちの姿に衝撃を受けていた。
ひとりの青年を除いて、誰もが幼い子どもばかり。
彼らを視界に入れたとき、その姿に違和感を感じ剣を収めてよかったと思う。そもそも手には武器すら持っていなかった。
ただこの青年―彼らの中で一番年長に見える男だけは、腰のあたりに刃物を隠しているのだろう。
暉家仕込みの体術を受け麻紐で縛られているにも関わらず、もぞもぞと奇妙な動きをしている。
その視線に気づいたのだろうか、青年は体を動かすのをやめ晃閃を睨みつけた。
(……昔の自分を見ているみたいだ)
青年はまだ冷える高原の夜にも関わらず、丈の足りない穴の目立つ麻の服と、履き古した草履を身に着けていた。その下の肌はほこりと垢で黒ずみ汚れていて、生活の過酷さがうかがえる。ただ、黒い髪の下から覗く真っ黒な瞳だけが、月の光に照らされた黒曜石のようにぎらぎらと輝いていた。
かつての自分もこんな目で周りの大人を見ていたのだ。
「―晃閃!」
そう主に呼ばれ声のほうに視線を向けると、岩陰から現れたのは瑶千と彼に連れられて歩く少女だった。
青年とほど近い年齢のその少女の顔には恐怖の涙が流れていたようで、目元は赤く染まっている。
「瑶千様、ご無事で何よりです」
「拍子抜けしたな。危うく剣を抜いてしまうところだった。でもこうして見ると夜盗というより子どもの集団だな」
そう言った彼の脇にいた少女は、捕らえられた仲間たちの姿に気づいたのだろうか。小さく声を上げそのまま駆け寄った。
その姿をじっと見つめていた瑶千は彼らに静かに告げた。
「そなたたち、襲った相手が悪かったな。この命令を下したやつはどこにいる?」
その鋭い声にあたりの空気が一層冷ややかになる。
青年は未だ彼を睨みつけ、少女たちは不安そうに子どもたちを小さく抱き寄せた。
隊商を襲われた主としては、今後の旅の安全も踏まえ確認しておくべきことだ。そんな至極当然の問いなのだが、これでは彼らを萎縮させてしまうばかり。
晃閃はすぐに主のもとへ歩み寄り囁いた。
「この子たちはおそらく流れの子どもです。彼らになぜやったと聞いても答えは決まっています。瑶千様、この場は私に任せて下さい」
そう言うと、主は目を丸くしたのちややあって頷いた。
晃閃は彼らに少しだけ近寄り言った。
「―君たちだけでいつもこんなことをやっているのか?」
その問いに何も返ってくるものはなかった。
捕らわれた青年は沈黙を続け、少女もうつむいたままだ。
ただその間に晃閃はふたりの背後で気を失う子どもたちをまじまじと観察した。
薄暗いものの、目を凝らせば彼らの外見的特徴の違いがよくわかる。顔つきや、髪質、そして肌の色など、霽国では見られない特徴をもつ子も二人ばかりいた。
おそらく人身売買に遭い、なんらかの形で途中で逃げだした子たちなのだろう。
「親は……いないのだな。それぞれ身売りされたのか」
その問いに、縛られた青年は未だ晃閃に鋭い視線を送っていたが、意図せずして奥の少女が口を開いた。
「私たちは……人さらいに連れて来られたの」
「蘭花!」
叫ぶ青年のことは無視し、少女は続けた。
「……みんな別の場所からここに連れて来られて、市場で……売られそうになったの。そのとき、たまたま通りすがりの学者さまが牢を開けて、縄を切って助けてくれた。みんなまだ小さかったから、一緒に町の外まで逃げて、なんとか暮らし始めたわ。だけど……そのあとお金を稼ぐ方法が見つからなかった」
その声は虚しさに震えていた。
「大人がいないから誰も私たちのことを信じてくれないし……保証がないからって雇ってもくれない。みんなで稼ごうと思っても、お金がないから地域のひとたちみたいに牛や豚を買って育てることもできない。高原には……あんなにたくさん草が生えているのに」
放牧も、農業もすべて昔から続いているものがあってできること。
孤児当然の幼少期をすごした晃閃にも、彼らの言い分は痛いほどにわかった。持っていないものにとっては、この国では生きるすら難しい。
「なにもない私たちではまともな仕事なんてできっこない。だからこうして盗賊のようなことをしてるの」
すると沈黙を貫いていた青年も突然口を開いた。
「あんたら商人から荷を盗んで町で売ればそこそこな金になる。そうしてみんなで一生懸命生きれば、いつか金も貯まってみんなで幸せに暮らせると思ってたんだ。ちびたちも大きくなって上達し始めていたから……まさか失敗するなんて。あんたたちがはじめてだ」
「……すまない」
「なぜあんたが謝るんだ」
ふと出てしまった言葉に、青年は驚くも自嘲気味に笑って言った。
「大丈夫。俺たちは知ってるから。大人は―町の役人も商人も貴族も王様も、誰も何もしてくれないって。先生が言っていたんだ。未来は自分たちで変えていくしかないって。だから俺たちは雑草のようにしぶとく生きて力をつけるんだ」
先生というのは彼らを救った学者のことだろうか。
ただそんなことよりも晃閃の頭に残っていたのは、青年の悲しそうな表情と「誰も何もしてくれない」という言葉だった。
若いころの自分も確かにそうだった。
「誰も何も信じない」
そう思って自分の剣ですべてを解決しようとしていた。
この旺嵐の砦もひとりでやり遂げた結果だった。
そうして最後まで間違っていることに気づかず自分だけの力で国を変えようとした。
それは結局失敗してこの有様だ。
目の前の彼もいつか自分のように、変わらない未来に絶望するときが来るのではないか。
それか、人の道を踏み外して堕ちてしまうのではないか。
そんな考えが頭にあった晃閃は、ふと言葉を漏らしてしまった。
「力では……何も変えることができないと思う」
それはかつての自分に向けての言葉だった。しかし思いもよらず青年を刺激した。
「……じゃあ、何もするなって言いたいのか?」
「!そういう訳では―」
「誰に何を言われようが関係ないだろ!ごみのように扱われたってみんなに無視されたって、俺たちにだって生きる権利はある。それが俺たちの足を止める理由にはならない!」
その姿は身体を縛る縄をそのまま解いてしまうようなそんな迫力があった。
「―大丈夫。皆いるから俺たちは支えあっていけるんだ。ちびたちも大きくなってるし、できることも増えてきてる。だから今日は見逃してくれないか?そのあとは俺たちで勝手にやるから、どうか放っておいてくれ」
そう言い切った姿は堂々としていた。そして晃閃は気づいてしまった。
彼の主語は「俺」ではないことに―。
最初から最後まで仲間でいることを強調する「俺たち」であり、仲間を信頼せずにひとりだった自分とは最初から違う―。
そうして沈黙してしまった晃閃の後ろから、主のため息交じりの声が聞こえた。
「―しかし、今のままだと確実に危険が伴うぞ。盗賊には抜刀が許可されているのだ。さっきも、私たちが気づかなかったら今ごろどうなっていたか想像がつくだろう?」
さっきまでの元気が嘘のように青年は黙り込んだ。ただそれを破ったのはそうさせた瑶千本人だった。
「私がそなたらの働き先を探してやる。そうだな……決まるまでは最低限の衣食は確保できるよう計らってやる。だから幼子を連れてとりあえず家に帰れ」
主はそういうと青年に視線を向けて言った。
「その変わりにお前は私たちと共に来い」
「―っ!」
「はじめは荷運びや雑用などに励んでもらうが、やる気があるなら商売をきっちり学ばせてやろう」
そう言った瑶千の背後は白み始めていた。
東の空からは太陽が顔を出し、朝の冴えわたる空気を光で満たす。
若君は微笑み、新たな未来を告げられた青年は目を輝かせ無言で頷いた。
そんな曙の光の中―。
晃閃だけがひとり暗い陰の中で静かに立ち尽くしていた。
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