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6章 剣が導く先

3 剣が導く先

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 食事を終えた瑶千はすぐ自分の馬車に戻ると、靴を脱ぎ寝台に横になって早く早くと寝具を叩いた。
「さあ師匠せんせい。今晩も期待しているぞ」
 晃閃もそこにあがり天井を見上げる形で横になると、人ひとり分距離を置いたはずなのになぜか主はすぐ傍まで近寄ってきた。
「……近くないですか」
「ははは。どうせ今晩はそなたを抱いて眠ることになるんだ。それなら最初からこれでいいと思わないか?」
 ―まあ、確かにそうではあるが。
 昨晩よりもさらに無邪気に振る舞う瑶千に、晃閃は自分が甘やかしてしまったかとふと思う。
 しかし自分がしなくてもおそらく誰かがやるし、甘えは自分に心を開いている証だ。あの街―旺嵐おうらんに行く前に親しくなっておいて損はない。この距離感ならば怪しい取引をはじめる前に、きっと止められるだろう。
「―では、今晩は先程の続きから語りましょう。陽明帝の策略により、円太保の元で剣術をさらに磨いた暁燿世ぎょうようせいでしたが、ひょんなことから名家の嫡男の誘拐事件に巻き込まれることになります」
「……その嫡男もまぬけなやつだな。どこの貴族だ」
 その言葉に雷臨の姿がぱっと浮かぶ。
 つい先日瑶千も相対したばかりであるし、彼は現戸部尚書でもある。名誉のために名前は黙っていようと晃閃は思った。
「まあ彼が文官であったこともそうですが、護衛としていつも連れていた武官と暁燿世が、たまたま一戦交えていたせいもあり手薄だったようですよ」
「ふーん。二人とも暇だったのだな」
 そういう訳ではないのだが―そう思うも、二人が戦いに至った経緯はおそらく彼には理解しがたいものだろう。
 今でこそ平民出身者も朝廷に上がっているが、当時の朝廷では極めて異端だった。それゆえ燿世に突っかかるものは数多く、彼が一歩進む度こんなことを言われたのだった。
「なぜ平民がこんなところに」
「腰巾着が!暉家は何を考えてる」
「霽の伝統が踏みにじられる―」
 そんな言葉が聞こえてくる中で、燿世の剣に興味を示した者がひとりだけいた。それが当時、雷臨の護衛を勤めていた來戰景らいせんけいだった。

「お前はそんなに強いのか?」
 その言葉に悪意はなく、あくまでも興味から来るものだった。
「……なぜ聞くんだ」
「どこへ行ってもお前に対する悪口ばかり。だがお前の後ろ盾は暉家当主で、円老人と修行にも行ったんだろう?それなら本当に強いからここにいるのかもしれない。そう思った」
「……なら試してみるか?」
 そう言ってしまったのは、当時与えられた実務がなく暇だったというのもある。しかしそれ以上に培った技を実践で試してみたかったのだ。
 そうして木刀で本気でやり合っている間に雷臨は連れ去られていたのだが、いま考えてもこの時間は必要不可欠だったと晃閃は思う。
 この時ものの見事に戰景を打ち負かしたことが自信となり、以後燿世はこれまで以上に剣に打ち込むことができた。
 また彼がこのとき剣で向き合ってくれたから、身分の垣根を越え対等な友人になる事ができたのだった。

「―連れ去られた嫡男は、貴族たちがいくら探しても見つからなかったのです。そこでついに動いたのが従者です。彼は平民である暁燿世に助けを求めました。お前ならわかるのではないか、と」
「ふふふ。幼い頃経験しているもんな」
「はい。まさに凛の時と全く同じ状況でした。その日が新月の晩であることに気づいた彼は、その従者を連れて急いで西区画の外れを探し始めました」
「たった二人とは……勇気があるな」
「このときは両名とも真剣を持っていましたし、隣の従者も―中々の強者だったんですよ。今ちまたで話題の來将軍らいしょうぐんその人ですから」
「ああ!そういえば子どもたちに人気だったな」
「……そうして無傷で嫡男を救出することに成功した二人は、その後栄誉に預かり異例の若さで小隊に配属されることになったのでした」
 本当はそんなに簡単にはいかなかったが、と晃閃は昔に思いを馳せる。
 連れ去られた雷臨を見つけるまではよかった。ただ暁燿世の姿を見た彼は「平民に助けられるなど!」と暴れ、手元の石を投げて抵抗したのだった。
 それが目元にあたりこの傷ができたのだが、それよりもその光景を見ていた戰景が怒り始め、主と喧嘩を始めたのがやっかいだった。
(まあ、あれがあったからその後友人になることができたのだが)
 晃閃は再び現代へと意識を戻した。
「―そのあとの彼は命じられるまま剣を取り、剣を振るっては日々をすごしていたようですよ。彼の楽しみは一ヶ月に一度だけ与えられる凛と陽明に会える時間で、そのために毎日頑張っていたようです」
 当時の彼のすべては、彼らと少しでも長く一緒にいるためだった。彼らの隣りに立つことが、幼い燿世の叶えたい願いだった。
 その為に振るう剣が少しづつ自分を蝕んでいるとは知らずに。

「彼も意外と普通の軍人生活を送っていたのだな。そこからなぜ、剣聖と呼ばれるまでに至ったのだ?」
 起き上がって胡座をかきながら聞いた瑶千に、晃閃は必死に頭を働かせ過去を思い出す。
「そうですね……彼が王家に伝わる剣に認められたというのもありますが、将軍になった時にはすでに剣聖と呼ばれてましたから。おそらく彼の戦での振る舞いにあると思いますよ」
「振る舞い?」
「戦の中で彼は会敵すると、先陣切って矢面に立ち剣を振るったんです。無数の矢を折り、迫ってくるものが馬なら一刀両断。そして人を次々と切り捨てる。自分はひとつの傷も受けることなく、その一方的に遊ぶように剣を振る姿を、人は剣聖と呼んだのでしょう」
 するとややあって瑶千は震える声で行った。
「そんなことを…………軍は―隊長らは許したのか?」
「?……ええ。自ら先陣を切るものなど普通おりませんからね。誰だって危険な目に会いたくないし、死にたくもない」
「……そうか」
 その様子に晃閃は呆気にとられた。
 そんな馬鹿なことをと笑うと思っていたのに、目の前の彼は悲しそうに俯いているのだ。晃閃は続けた。
「暁燿世のそんな行いは手柄を得るためと言われています。しかし彼は平民。そうでもしなければ願いを叶えられない状況にいたのです。私は……そう思います」
 あの時代、平民で学もない彼が生きていくためには―凛と陽明に会うためには、剣を振るうしかなかった。それがどれだけ人を殺すことになっても。どれだけ血にまみれることになろうとも―。
 すると瑶千は下を向いたままで呟くように言った。
「私も……そう思う。そして背負ったのだな」
「え……?」
「自分の願いを叶えるためとはいえ、敵とはいえ……人の命を奪ったのだ。どれだけ……重たかっただろう……」
 燿世自身も、幼いながら少しづつ血にまみれていく自分に気づき始めていた。
 しかしどうすることもできなかった。
 彼は剣を振るうことだけでしか未来を作れなかった。命を奪うたび現れる自責の念を、背負い続けていくしかなかった。
 ―それを…………この誰にも話したことのない苦しみを、目の前の青年は理解したのだ。頬に一筋の涙を流して。

 気づけば晃閃の腕は座り込む主の身体を包んでいた。
 自分でもよくわからないその行動に彼は驚く。
(なぜ私は……自ら彼を抱きしめたのだろう)
 彼との距離を縮めるため?そうして起こりうる悪事を止めるため?彼が涙を流していたから?
 ―いや違う。
 自分のために心を痛めるその姿が、かけがえのない大切なものに見えた、ただそれだけだ。
 晃閃は腕の中で震える主の背中を優しくさすりながら思った。
 本当に……この人があの悪名高い蔡の若君なのだろうか、と。
 

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