【完結】落暉再燃 ~囚われの剣聖は美形若君にお仕えします~

上杉裕泉

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5章 暁燿世

1 出会い

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 その日は、酷く寒かった。
 憧晏しょうあんの西区画、貧しい平屋の家が立ち並ぶ通りに一人の少年が倒れていた。
 所々に穴の空いた汚いぼろをまとい、その隙間からは骨が浮くほど痩せた身体が見えた。そんな、ただでさえ痛々しい見た目であるのに、そのうえ殴られたような真新しい傷跡も無数にあった。
 その場に倒れたままぴくりとも動かない少年を、秋の冷たい夜風が襲う。誰ひとり通らない静けさのなかで、彼はぼんやりと考えていた。
(……俺は、このまま死ぬのだろうか)
 それは少年にとって別に怖いことではなかった。
 戦争で家族を失い物心ついた頃にはすでにこの街にひとり。誰にも頼らずに生きてきた彼にとって、死んで迷惑をかける人も死を悲しんでくれる人も、誰もいなかった。
 ただ、そんな中でひとり思い浮かぶのは――。
 彼がこの街でめぐり逢い、ずっと面倒を見てきた少女――凛の笑顔だった。

 数年前に道端に倒れていたところ声をかけた少女は、はじめは声も聞けないほど心身ともに弱っていた。おそらく戦争奴隷として扱われてきたのだろう。人を恐れすぐに隠れようとする彼女を、なぜ助けてしまったのかと後悔したこともあった。
 しかし少年は放っておくことはできなかった。戦争で生き別れた妹の姿を、少女に重ねてしまったからかもしれない。
(そうして……最近は声をあげて笑えるようになったのに――)
 今ここで自分が死んでしまったら、残された凛は一体どうなるのだろう。
 この街では誰もが自分の生活のことばかりで、誰ひとりとして助けてはくれない。そんな地獄のような場所だから、ようやく笑えるようになったばかりの少女が生きていけるわけない。
 おそらくたった一人で、空腹と寒さに震えて死んでしまうだろう。それが自分ならまだしも、あんな小さな子にそんな思いをさせるわけにはいかなかった。
「凛……」
 そう小さく呟くも、彼の意識は少しづつ遠のいていく。徐々に失われていく視界の中で最後に見えたのは、大きな、黒い影だった。

 ※※※※

 ――何やら温かいものに包まれている。
 そう少年が気づいて目を開けると、目の前には穏やかに燃える火があった。
 どうやら、自分は焚き火の脇に寝かされているらしい。それに気づいた彼は身体を覆う柔らかな布へ無意識に手を伸ばした。すると――。
「――気づいたか?」
 火の奥から若い男の声が飛んできた。そうしてはじめて少年はこの場所に人がいることに気づいたのだった。
 心配そうに顔を覗き込んだ黒髪の青年は、大きな黒い瞳を見開いて少年の様子を確認すると、温かく湿った布で顔を拭いてくれた。
「どうだ?大丈夫か?」
 そうして優しく声をかけてくれるこの男が、どうやら傷の手当もしてくれたらしい。起き上がろうとした身体には包帯が巻かれ、簡単には身動きがとれなかった。
「…………すまない」
 なされるがままの少年がそう口を開くと、青年は困ったように目を細めて優しく笑った。
「何を謝る。困っているものを助けただけさ。――さあ、目を閉じて。今のきみに必要なのは休むことだ」
 そう言って頭を撫でる手の温かさに、少年は穏やかな眠りに落ちたのだった。


 彼が次に目を覚ました時も、青年はこの小さな小屋にいた。そうして焚き火で煎じたであろう薬湯を無理やり飲ませると、隣に腰掛けて聞いたのだった。
「そういえば、きみ名前は?ちなみに私は陽明という」
 突然そう問われた少年は石のように固まってしまった。なぜならそんなに丁寧に名前を尋ねられたのは生まれてはじめてだったのだ。
 青年――陽明は何やら間違えたか、とぶつぶつ言ったあとで少年に向き直った。
「何か言葉がおかしかったなら謝るよ」
「いや、大丈夫。俺は…………ヨウ」
「そうか、ヨウと言うのか。私と同じで、朗らかないい音だな」
 陽明はそう笑うと少年の傷の手当をしはじめた。包帯を外し傷薬を塗り込んだあと 新しいものを巻きながら、陽明は真剣な顔で聞いた。
「ヨウ、この傷のことを聞いてもいいか?一体……何があったんだ?」
 そう言われ少年は戸惑った。
 なぜ出会ったばかりのこの人は、こんなにも心配してくれるのだろうか。そしてこんなにも、自分の話を聞こうとしてくれるのだろうか。
 これまで彼にとって大人は簡単に裏切る存在で、話すら聞いてくれなかったというのに。目の前の青年――陽明は誰とも違う眼差しで彼を見、そして声をかけてくれる。まるで自分が対等の存在であるかのように。だから気づけば自然と口は開き言葉が漏れていた。
「凛を……人攫いに連れてかれたんだ」
「凛?それはヨウの家族か?」
「……うん」
「ああ、何たることだ。――ヨウ、検討はついているのか?」
 少年は頷き、そのまま俯いた。
「――でも…………俺じゃあ無理だ。連れていかれようとしたのを助けようとしたら……こうして殴られた」
 自分がもっと強ければ、あの時守ることができたのに。このままではやっと笑えるようになった凛にまた怖い思いをさせてしまう――。
 そうして途方に暮れる少年を前に、青年は少し考える素振りをしたのち口を開いた。
「そうか。わかった。なら私が力になる」
 そう笑顔で言い切った陽明は、幼き少年の目にはまるで太陽のように輝いて見えた。

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