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3章 剣の呼び声
2 戦い
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一人、そしてまた一人。
銅鑼が鳴っては現れる男たちを、晃閃は次々と制していく。
本人にしてみればその時間は二十年の空白を埋めるのにちょうど良かった。闇の中で座りっぱなしで枷をつけられていた身体は、少し動かすだけで軋みをあげていた。また激しく動けばすぐに疲れてしまうことも理解していた。
だから彼は一人向かってくる度に身体の可動範囲を広げ、少しづつ手足を動かしながら調整していたのだ。
いつ命を落とすかもわからない舞台の上で―まるで遊ぶように。
再び銅鑼が響いた。
次に晃閃の前に現れたのは剣を構えた傭兵崩れだった。
これまでの相手とは異なり手の剣は手入れが及んでいるうえ、身にまとった装備も上等に見えた。
最も特異的だったのはその目つきだろう。
男は目の前に立つ人間がまるで物であるかのように、冷徹で鋭い視線を向けていた。人を殺すことに慣れた者と対峙するのは久方ぶりで、晃閃は全身の毛が逆立つのを感じた。そして反射的に左腰に右手を回したものの、それは見事に空を切る。
(こちらも……剣があれば)
ただいくら戦いを重ねても剣が与えられることはなかったし、親切な誰かが渡してくれる気配もなかった。だから晃閃は今後も素手のままで挑まねばならないことを、受け入れなければならなかった。
再び、戦いの合図が鳴り響き相手は剣を構えた状態で広めに距離を取る。
おそらく晃閃が丸腰であるのを見て間合いが短いと思っているのだろう。絶対に当たらない距離を保ち、こちらの出方を見計らっているのである。
(ならば……やる事は決まっている)
―長物使いを相手にする時は内側に飛び込んでしまえばいい。
晃閃は真正面から男に近づくと、一度左へ踏み込みすぐさま右へ移動する。一度引いた剣先がその姿を追うも、晃閃はそれより先に男の裏へと回る。
その間に防具を確認し有効打が打てないことがわかると、迫る初撃をいとも容易く後方へ避けた。
そして返ってくる二撃目―それも身体を逸らして軽やかに交わす。
その後突きがあり、踏み込みがあって遂に振り下ろされる一撃。
けれど剣は正確に晃閃のあった場所を通過し空を切っただけだった。
男の息が上がりぜいぜいと苦しげな音が漏れる中、晃閃はこの戦いの中で自分がとある部分について昔よりも成長していることに気づいていた。
(なぜ……相手が次に何をしてくるかわかる?)
思い当たるのはあの暗闇のなかでの生活だった。おそらく二十年間視覚をほとんど奪われていたことで、他の感覚が研ぎ澄まされたのだろう。
相手から出る匂いや皮膚に触れる空気の些細な流れ、そして心臓の鼓動が気配となって晃閃に届いているらしい。
(これならば……負けようがない)
そうして少し安心した晃閃は、息を荒らげ剣を振りかかってきた男の腕を取ると、その勢いのまま地に押し付け首元に手刀を叩き込んだのだった。
再びあたりに沈黙が訪れた。
その明らかに温度差のある聴衆たちに、晃閃は今になって違和感を覚えていた。
(なぜ始まる前はあんなにも熱気に溢れているのに、戦いが終わるとこんなにも静かになるのだろう)
彼をここに連れてきた蔡家の手下たちは、最後まで立っていろと言った。
だからその通りにしているはずなのに、こんなにも空気が悪いのはなぜだろう。
そうして晃閃はふと観客席の上方を見て気づいた。
観客席の最も上にあるのは、日を避けるための天蓋付きの特等席だった。そこには何やら恰幅のいい―身なりのいい者たちが数人おり、よく見ると怒りの声を上げまわりのものたちを殴りつけているではないか。
(まさか……これは豪商たちによる八百長試合なのか……?)
ならばぽっと出の自分が残っているのは相当まずい。
そうしてあたりのざわめきが止まぬ中、背後から晃閃に声をかける者がいた。
「兄ちゃん!俺はおめえにかけてるぜ!」
それはかなりこの場に場馴れした見知らぬ老人だった。
なりふり構っていられない、そう思った晃閃は振り返らずに柵に近寄ると、老人に小さく声をかける。
「じいさん教えてくれ。なぜこんなに空気が悪いんだ」
「そりゃあ、今日は蔡の若君が出るって噂だからな!」
老人の口から出たのは来頼が気をつけろと忠告していたあの人物だった。
「蔡……?」
「ああそうだ。今日はみんながみんなあの方の格好いい姿を見に来てるのさ。最後まで生き残った者を、美しい剣技ですぱっと切り捨てる姿をな。……なのに兄ちゃんがちょっとばかり強すぎるもんだから、上がばたついて変な空気になってんだ」
「……なるほど」
蔡家の若君―その名は晃閃がここに連れてこられた元凶であり、子どもを攫い人を売り買いする悪名高い名前でもあった。
晃閃は自分の運のよさに驚き、そして再び剣がないことを嘆いた。
「まあ、俺は兄ちゃんにかけてるぜ。ここから大変になると思うが……兄ちゃんならきっと生き残れるさ!」
その物騒な発言に、晃閃は反射的に聞き返す。
「……それはどういうことだ?」
しかし老人の返答はない。
―嫌な予感がする。
そう思ったのも束の間、銅鑼が一度鳴り次の相手が現れた。その姿を見た晃閃はやはり自分は運が悪いと嘆いたのだった。
―グアアアアアアアアア
けたたましい咆哮と共に場内に現れたのは―見たことのない大きさの巨熊だった。
銅鑼が鳴っては現れる男たちを、晃閃は次々と制していく。
本人にしてみればその時間は二十年の空白を埋めるのにちょうど良かった。闇の中で座りっぱなしで枷をつけられていた身体は、少し動かすだけで軋みをあげていた。また激しく動けばすぐに疲れてしまうことも理解していた。
だから彼は一人向かってくる度に身体の可動範囲を広げ、少しづつ手足を動かしながら調整していたのだ。
いつ命を落とすかもわからない舞台の上で―まるで遊ぶように。
再び銅鑼が響いた。
次に晃閃の前に現れたのは剣を構えた傭兵崩れだった。
これまでの相手とは異なり手の剣は手入れが及んでいるうえ、身にまとった装備も上等に見えた。
最も特異的だったのはその目つきだろう。
男は目の前に立つ人間がまるで物であるかのように、冷徹で鋭い視線を向けていた。人を殺すことに慣れた者と対峙するのは久方ぶりで、晃閃は全身の毛が逆立つのを感じた。そして反射的に左腰に右手を回したものの、それは見事に空を切る。
(こちらも……剣があれば)
ただいくら戦いを重ねても剣が与えられることはなかったし、親切な誰かが渡してくれる気配もなかった。だから晃閃は今後も素手のままで挑まねばならないことを、受け入れなければならなかった。
再び、戦いの合図が鳴り響き相手は剣を構えた状態で広めに距離を取る。
おそらく晃閃が丸腰であるのを見て間合いが短いと思っているのだろう。絶対に当たらない距離を保ち、こちらの出方を見計らっているのである。
(ならば……やる事は決まっている)
―長物使いを相手にする時は内側に飛び込んでしまえばいい。
晃閃は真正面から男に近づくと、一度左へ踏み込みすぐさま右へ移動する。一度引いた剣先がその姿を追うも、晃閃はそれより先に男の裏へと回る。
その間に防具を確認し有効打が打てないことがわかると、迫る初撃をいとも容易く後方へ避けた。
そして返ってくる二撃目―それも身体を逸らして軽やかに交わす。
その後突きがあり、踏み込みがあって遂に振り下ろされる一撃。
けれど剣は正確に晃閃のあった場所を通過し空を切っただけだった。
男の息が上がりぜいぜいと苦しげな音が漏れる中、晃閃はこの戦いの中で自分がとある部分について昔よりも成長していることに気づいていた。
(なぜ……相手が次に何をしてくるかわかる?)
思い当たるのはあの暗闇のなかでの生活だった。おそらく二十年間視覚をほとんど奪われていたことで、他の感覚が研ぎ澄まされたのだろう。
相手から出る匂いや皮膚に触れる空気の些細な流れ、そして心臓の鼓動が気配となって晃閃に届いているらしい。
(これならば……負けようがない)
そうして少し安心した晃閃は、息を荒らげ剣を振りかかってきた男の腕を取ると、その勢いのまま地に押し付け首元に手刀を叩き込んだのだった。
再びあたりに沈黙が訪れた。
その明らかに温度差のある聴衆たちに、晃閃は今になって違和感を覚えていた。
(なぜ始まる前はあんなにも熱気に溢れているのに、戦いが終わるとこんなにも静かになるのだろう)
彼をここに連れてきた蔡家の手下たちは、最後まで立っていろと言った。
だからその通りにしているはずなのに、こんなにも空気が悪いのはなぜだろう。
そうして晃閃はふと観客席の上方を見て気づいた。
観客席の最も上にあるのは、日を避けるための天蓋付きの特等席だった。そこには何やら恰幅のいい―身なりのいい者たちが数人おり、よく見ると怒りの声を上げまわりのものたちを殴りつけているではないか。
(まさか……これは豪商たちによる八百長試合なのか……?)
ならばぽっと出の自分が残っているのは相当まずい。
そうしてあたりのざわめきが止まぬ中、背後から晃閃に声をかける者がいた。
「兄ちゃん!俺はおめえにかけてるぜ!」
それはかなりこの場に場馴れした見知らぬ老人だった。
なりふり構っていられない、そう思った晃閃は振り返らずに柵に近寄ると、老人に小さく声をかける。
「じいさん教えてくれ。なぜこんなに空気が悪いんだ」
「そりゃあ、今日は蔡の若君が出るって噂だからな!」
老人の口から出たのは来頼が気をつけろと忠告していたあの人物だった。
「蔡……?」
「ああそうだ。今日はみんながみんなあの方の格好いい姿を見に来てるのさ。最後まで生き残った者を、美しい剣技ですぱっと切り捨てる姿をな。……なのに兄ちゃんがちょっとばかり強すぎるもんだから、上がばたついて変な空気になってんだ」
「……なるほど」
蔡家の若君―その名は晃閃がここに連れてこられた元凶であり、子どもを攫い人を売り買いする悪名高い名前でもあった。
晃閃は自分の運のよさに驚き、そして再び剣がないことを嘆いた。
「まあ、俺は兄ちゃんにかけてるぜ。ここから大変になると思うが……兄ちゃんならきっと生き残れるさ!」
その物騒な発言に、晃閃は反射的に聞き返す。
「……それはどういうことだ?」
しかし老人の返答はない。
―嫌な予感がする。
そう思ったのも束の間、銅鑼が一度鳴り次の相手が現れた。その姿を見た晃閃はやはり自分は運が悪いと嘆いたのだった。
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