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2章 回帰
2 愚王
しおりを挟む「―晃閃!」
耳元で響いた声は少年のものではなかった。
ただ確かに自分に向けられたものだと気づいた燿世は、それに応じて目を明けた。目の前には、濃紺の衣に身を包んだ郭来頼の心配そうな表情があった。
「よかった!気付いたか」
どうやら知らぬ間に眠っていたらしい。
―車酔いを紛らわすために道中目を閉じていたからだろうか。そう燿世改め晃閃が思い返していると、窓を覆う幕の隙間からちらりと外の景色が見えた。
昼前の穏やかな日差しの中に広がっていたのは小さな街並みだった。宿屋や鐘楼、食事処など大小さまざまな建物が立ち並び、その前には店の存在を知らせる色とりどりの旗が揺れている。
道を行く人々の中には、羊毛や木箱を積んだ荷車を引くものや、土まみれの野菜を背籠に入れて歩く行商人の姿も見えた。賑やかな人々の営みは耳に心地よく、晃閃の心を落ち着かせた。
そうして穏やかに街並みを見つめる彼の姿を目にした来頼は、緊張を解くようにふっと息を吐いた。
「ふう。英千帝の話があまりにも衝撃的すぎて、寝込んでしまったのかと思ったぞ」
彼がそうして心配する理由はもちろん理解できた。確かに晃閃の身の上は、王命により恩赦されたものなのだ。もし何かあればと慄く気持ちもよく分かる。
(……けれど、あの車酔いも相当酷かった)
二十年ぶりに牢の外に出され、突然馬車に閉じ込められて延々と揺られ続けたのだ。現在は主要な街道に入ったようで、揺れはすっかりと落ち着いていた。しかし目の前で気を緩ませる警邏官に対して、少しだけ負の気持ちが湧き上がる。
「それにしても、よく今上帝が行方不明にも関わらず、警邏官の貴方がこうして―ただの囚人の恩赦に付き合っていられますね」
―少しだけ語尾が強かっただろうか。そう晃閃は思ったものの、対する来頼は少しも変わらぬ様子で応じた。
「まあ、まともな王であれば、今頃私は国中右往左往さ。そうでない理由は―英千帝がトンデモ王だからだな」
突然口から飛び出た不敬とも取れる発言に、晃閃は驚き聞き返す。
「ト、トンデモ?」
「ああ。トンデモさ」
来頼は外に広がる穏やかな街並みを眺めながら、これまで聞いた事のない厳しい口調で言った。
「英千帝は先代の緊張が国に残っているにも関わらず、ここ数年朝儀にすら出ていなかった。そなたには分からぬと思うが、朝議に出ないというのはそれだけで言語道断なのだ」
朝議は政の中心―ゆえにそれに出ないものはこの国に関わることを許されない。そう晃閃―かつての燿世に言ったのは陽明帝だった。
「―すなわち、王として認められていないのだ。ただ、そうしてどこかで遊び呆けているくらいならまだよかったのだが……最近になって直轄の近衛部隊すら行方を知らぬということがわかったのだ」
それが前代未聞の事態であることは、晃閃にも理解できた。来頼は続ける。
「王が何をしているかも生きているかも、誰一人として分からない状況になり、いよいよ捜索をと密かに動き始めたころだった。ある日突然、王から書簡が届いたのだ」
鳶色のふたつの瞳が晃閃を捉え、その背筋を冷たいものが走る。
「―そこに書いてあったのが晃閃、そなたのことだったのだ」
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