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1章 牢獄の訪問者

5 罪と贖罪

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〈ごめんなさい、燿世〉

 二十年前のあの夜、王宮の中庭で霊剣を胸に突き刺したまま霽光凛さいこうりんはそう言った。あらゆるものが赤く染まったその場所で、月光に照らされた彼女は、燿世に一言も発する時間を与えずに逝ってしまった。

英千えいぜんを……頼みます〉

 霽英千さいえいぜん―たった一人の王位継承者。彼女と陽明帝のたった一人の愛息を託して。

 あれ以来顔を合わせぬまま、ついに陽明帝は崩御されてしまった。もちろん合わせる顔はなかったし、機会も存在しなかった。しかしただ一言だけ、伝えたかった。かつて若く後ろ盾もなかった平民の自分を信用し、登用したのは彼以外ありえないことであったから。
 燿世は一瞬そう思った。しかしすぐに恥じるように俯く。
(…………違う……違うだろう。当時王の最も近くである将軍職に身を置き、命を捧げると誓ったのは誰だった?)
 霊剣榮霞えいかを受け取り誓いの言葉を捧げ、彼の右に立っていたのは紛れもない自分だった。なのに―。
(若き日の私は目先の利益に囚われそれを反故にし、王政派の部下を幾人も切り捨てた。挙句……大切な光凛の命すら奪ってしまった)
 ―そんな裏切り者が、あの偉大な王に謝罪など……許されるわけがない。
 馬車の揺れる音だけが響く沈黙が訪れた。
 そんな中、目の前に座る来頼はふと姿勢を崩し、よりゆったりと腰かけ直しながら言った。
「……そう怖い顔をするな。そなたは本日より我が郭家かくけの家人となるのだ。あまり不相応な表情は困るぞ」
 笑顔笑顔、と左右の口角に指をあてながら笑顔を作る仕草は年相応に見えた。
 燿世がぎこちなくも笑みを作ると来頼はそれに満足したように微笑んだ。そして目に真剣な光を宿して言う。
「そなたがどんな悪事を働いてあの場所に捕らえられていたかは私にはわからない。ただ王が―現王英千帝えいぜんていは恩赦されたのだ。だから昔のことはすっかり忘れ、今日から逍晃閃しょうこうせんとして郭家に仕え力を貸してくれ。そなたのことは、これから晃閃こうせんと呼ばせてもらうぞ!」
 こちらを見つめる鳶色とびいろの瞳が光にきらきらと輝いた。その明るい色合いは、このたび即位し自分を恩赦した、記憶の中の少年を思わせた。
(…………英千様)
 陽明帝と光凛の小さな御子は栗色の髪色で光凛と同じ金の瞳をしていたはず。あのときのあの小さな少年が、自分を恩赦したという。
(それにしてもなぜ、誰からも忘れられた母の仇を今更になって恩赦したのだろうか)
 そんな疑問が燿世の中で静かに湧きあがった。
 ―なぜ自分を生かしたのだろうか。なぜ罪深い自分が生きなくてはならないのだろうか。自分が世に出ることで、またこの国に災いが起こるのではないか。
 燿世は思わず口を開く。
「……英千帝には、お目通り願うことは可能なのか」
「ああ、もちろん。規則として定められている」
 燿世の問いに来頼は落ち着いた様子で答えた。なのでこのあと彼の口から出た事実をすぐに受け入れることができなかった。

「……ただ、英千帝は現在行方不明なのだ。即位以来、公の場で全く姿を見せていない」
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