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1章 牢獄の訪問者
3 黒の青年
しおりを挟む現れた青年は鉄格子にかけられた錠を手早くあけると、一瞬顔をしかめたのち中に入ってきた。そして手燭を燿世のすぐ脇に置いてそのまま近寄り、言葉を発する間も与えずに枷をはずしにかかった。
その頃ようやく光に慣れた燿世の目に入ってきたのは、青年の胸元の記章だった。
(この印は……)
揺れる組紐の色は銀。複雑な花の模様を型取るそれは、朝廷に出入りできることを意味した。
見上げれば青年はきっちりと結った黒髪の上に銀の冠を拝し、かつての軍服に似た短い丈の黒の官服をまといさらに腰には短剣を佩いていた。
そこそこ高位の武官というところだろう。ただ――。
(なぜこんな若者が……)
青年の齢はおそらく二十代後半。なぜこのような若者がこの場所に現れたのか、燿世には検討もつかなかった。
ただ分かっていることは、この青年が自分のことを何も知らないということだけだった。仮に知っていたのなら絶対に枷を外しはせず、そもそもここに現れることなどなかっただろう。
青年はすべての枷を外し終わると、切れ長の目を細め一息ついた。灯火に照らされた肌は傷一つなく、二十代と言われても十分信じられるほどだった。
きっといいところの坊ちゃんの思いつきか何かだろう――そう勝手に納得していた曜世に、突然青年は手を突き出した。そこに握られていたのは黒い衣だった。
「行くぞ。ついてこい」
そう言った青年の瞳は強い意思を湛えていたので、燿世は思わずその外套を手に取ってしまった。
ふと脇を見れば、衛兵は最敬礼を続けたまま顔を伏せている。どう見ても貴族の若者の悪ふざけでは無いらしい。
燿世は悩んだ。
いま青年が腰に佩いた剣を奪って自害してしまおうか。自分が牢の外に出てまた誰かに迷惑をかけるくらいなら、その方がずっといい。
ただそうしてしまえば、この誰に命じられたかも分からない若い青年に罪が及ぶだろう。自分はまたあの時のように罪のない者の命を――この国の未来を担う若者に手をかけるのだ。それではてんで意味が無い。
結局燿世は手にした外套をすっぽりと被ると、青年に言われるままあとについて行った。そうする以外、彼にできることはなかった。
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