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1章 牢獄の訪問者
2 訪問者
しおりを挟むそんな生活が唐突に終わりを迎えた日も、朝は普段と同じように始まった。
彼はいつものように黴臭い寝台で目を覚ますと、天の遥か遠くで煌めく朝日を眺めた。そうして水場で顔を洗い毛皮の上に陣取ると、背で朝の鐘の響きを感じた。やがて地上からやってきた門兵が無言で牢の中に饅頭を二つ入れたので、そのうちの一つを齧っていた――そんな時のこと。
(そろそろ……卯の刻を報せる鐘が鳴る)
その日、二回目の鐘を待つべく身構えていたときだった。ほぼ同時に、彼の視界の端で何かが動いた。
燿世は意識を集中させその方向へと目を凝らした。
鉄格子の奥、よく見れば門兵の作業机を照らす燭台の燈火が、かすかに揺らいでいるのだった。
火のゆらぎは空気の流れであり、普段ならば彼にとって門兵の交代の合図だった。しかし兵は先ほど食事を持って来たばかり。
(……交代の時間には、あまりにも早すぎる)
燿世が疑問に思うのと、もうひとつの違和感に気づいたのはほぼ同時だった。
――カツン、カツン。
そう子気味良くリズムを刻みながら近づいてくるのは甲高い鞜音だった。
普段の重みのある軍靴のものとは違う軽やかな音に燿世は動揺する。音に反応するように心臓は拍動を早め、急き立てるように彼のなかで強く響いた。
――まるで、二十年間少しも変わらなかった日々が終わりへと近づいているように。
突然、じゃらりと鋭い鎖の音が闇の中をつんざいた。
よく見ればそれは自分の足元で鳴り響いたもので、無意識に手の力が抜け手枷の鎖が音を立てたらしい。
その体たらくに当の本人は驚きながら小さく笑った。
(…………何を動揺しているんだ、私は。仮に誰がここに現れようが、自分はこの暗い牢獄で残りの時間を費やすだけだ。これまでもこれからも、それは少しも変わらない)
燿世は目を閉じ天を仰いだ。
(誰からも――霽のすべての人々から忘れ去られて静かにこの世から消える。それが……私に出来る唯一の罪滅ぼしだ)
かつて自分が正しいと思うままに行動し、結果永遠に失ってしまった人々の面影が浮かぶ。
暉家の義両親の暖かな笑顔、そして妹のように思っていた光凛――霽王妃の穏やかな微笑み。
気づけば鞜音は止まっていた。
曜世が目を開けると鉄格子の奥で扉の開く音がし、そして――。
「――失礼!」
手燭の目映い光とともに現れた若い男は、後光を煌めかせながら確かにこう言った。
「そなたは……今日から逍晃閃だ」
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