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1章 牢獄の訪問者

1 牢の中の男

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 男はその日も変わらずに一日をすごすはずだった。

 そこは、天高くに一筋の光が差しこむ以外明かりのない石牢で、朝も昼も分からないほど暗闇が立ち込めていた。腐りかけた木製の寝台と申し訳程度の小さな水場があり、床には粗末な毛皮がしかれていた。男はいつもその上に胡座をかいては、湿った石壁に背を持たれて目の前の鉄格子を眺めていた。

 この獄には常時一人の門兵が交代で常駐していた。けれども、この牢の中の男のことを知るものは誰一人としていなかった。名前も、経歴も、どんな罪で捕らえられたかも、いつ釈放されるのかも、そもそも興味のあるものはいなかった。

 その理由は、男を見ていれば一目瞭然だった。牢の中の男は、ただ座っているだけだった。
 男はほかの囚人のように暴れて鉄格子の破壊を試みることも、騒いで喚き散らすこともなかった。ただひとり暗闇の中で、物音ひとつたてずに座っているだけだった。その両の手首と足首には長い鎖のついた枷がはまっていたものの、男はまるで死んでいるかのように静かだった。そのため彼の様子を熱心に気にするのは新入りの門番くらいで、そんな彼らもすぐに無関心となるのが常だった。

 男はそんなことなどつゆ知らず。毎日同じように黴臭い毛皮の上に座っては、ただただ時が流れるのを待っていた。
 背中の石壁から都で時間を告げる鐘の振動を感じ、一日二回与えられる食事と門番の交代を頼りに、日を数えることだけが彼の生きがいだった。

 男は決めていた。
 残りの人生すべてをこの場所で、誰にも迷惑をかけずに生きると。そうして誰からも忘れられてひっそりとこの世を去る。それだけがこの男―暁曜世ぎょうようせいの願いであり、彼が二十余年ものあいだこの暗い牢のなかにいる理由でもあった。
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