【短編小説集】なんでもない日常の、どこかの風景から

上杉裕泉

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進化のきざはし

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(寓話小説)


「これからこの海を出ていくよ」

 立派な二本の脚を持ったわたしは言いました。
 そうすればより多くのみんながこの場所で生きていけるようになると思ったからです。

 鰭だけのあなたは聞きました。

「二度と戻らないというの?」

「いけないかい?」

「構わないわ。その立派な脚があれば、穏やかな陸とのはざまで生きていけるに違いないもの」


 ***


「これからこの川を出ていくよ」

 頑健な皮膚を持ったわたしは言いました。
 そうすればより多くのみんながこの場所で生きていけるようになると思ったからです。

 粘膜に覆われたままのあなたは聞きました。


「二度と戻らないというの?」

「いけないかい?」

「構わないわ。その立派な皮膚があれば、きっと乾いた広大な大地で生きていけるに違いないもの」


 ***


「これから空へ向かおうと思うんだ」 
  
 大きな翼を手に入れたわたしは言いました。
 そうすればより多くのみんながこの場所で生きていけるようになると思ったからです。

 枝によじ登ったままのあなたは聞きました。


「二度と戻らないというの?」

「いけないかい?」

「構わないわ。その立派な翼があれば、きっとこの世界のどこへでも行けるに違いないもの」


 ***


「これから大地へ降り立とうと思うんだ」

 立派な毛皮を持ったわたしは言いました。
 そうすればより多くのみんながこの場所で生きていけるようになると思ったからです。

 空を飛ぶあなたは聞きました。

「二度と戻らないというの?」

「いけないかい?」

「構わないわ。その立派な毛皮があれば、どんな寒い場所でも生きていけるに違いないもの」


 ***


「これからもっと広けた場所で生きていこうと思うんだ」

 大きな脳を持ったわたしは言いました。
 そうすればより多くのみんながこの場所で生きていけるようになると思ったからです。

 木の影に潜むあなたは聞きました。

「二度と戻らないというの?」

「いけないかい?」

「構わないわ。その立派な頭脳があれば、どんなに危険な場所でも生きていけるに違いないもの」


 ***


「これから、宇宙で生きていこうと思うんだ」

 宇宙に出て新しい価値観を得たわたしは言いました。
 そうすればより多くのみんながこの場所で生きていけるようになると思ったからです。

 地球にいるあなたは聞きました。

「二度と戻らないというの?」

「いけないかい?」

「……当たり前よ。ここからあなたたちだけ逃げようっていう訳ね」

「そういうことじゃないよ」

「資源を失った汚い場所に、貧しい私たちを置いていこうとしているんでしょう。そうはいかないわ!」

「話を聞いてくれ」

「もういい!黙って!二度とそんなことが言えないようにしてやる!」

「そんな、ぼくたちがいなくなればきみたちは十分食べていけるようになるんだ!」

「許さない!あなたたちだけ豊かになるなんて、絶対にわたしたちは許さない!」


(終)
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