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高度2.8メートルの空へ
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(青春小説)
「美咲だったら、絶対に飛べるよ」
そう言われたわたしは戸惑った。
5年前に創設されたダンス部に入ったのは去年の4月。
楽しそうに踊る姿を新歓で見たのがきっかけで、自分も踊れたらなあなんて思ったのがはじまり。
やっと人に見せられるくらいになったばかりだったのに。
同級生も先輩も、次から次へと新しいことを押し付けようとする。
思えば夏休みだからって、体育大に進学した先輩たちが遊びに来たせいだ。
別に普通の、身体を動かすだけのダンスならいいんだ(そもそもダンスにはいろいろなジャンルがあることを初めて知った)。
それが、今回はチアリーディング。
わたしの目にはダンスではなく高度な組体操か何かに見えた。
たとえば1人の肩に別の1人が立ち上がったり、開脚した先輩を4人が手を伸ばして支えてみたり。
その日たまたま日直で遅れて行ったわたしは、その恐ろしい光景を見て体育館の扉の陰に隠れるはめになった(もちろん後から来た先輩達に見つかったけれど)。
そうしてわたしが体育館に登場した途端、卒業生たちが想像していた通り大喜びしたので、わたしはまるで「ドナドナ」の牛になった気分でしぶしぶ体操服に着替えた。
「この子なら絶対いけるって!」
ど派手な、一見アート系にみえる卒業生はそう言って、来たばかりのわたしをすぐにでも飛ばそうとした。先生もほかの卒業生たちも部員のみんなも、目を背けたくなるくらいにきらきらした目でこっちを見てくる。
たぶん小学生と間違われるこの体格のせいだと気づいていたけれど、説明も同意もないのにわたしがやる前提になっているのは、やめて欲しかった。
自分では変えることの出来ないこのからだを、最近はあまり気にしないようにしていたのに。
こういう時は、背の高いみんなが輝いて見える。
「よし!田原さん、ここに立って二人の肩を持ってみて!」
ど派手な卒業生に言われるがまま、ひとまわりも大きい卒業生3人が手をからませあって足を踏み込んでいるような、そんな円陣の元へと行った。
ここから乗れと言わんばかりに空いたスペースに入り、左右二人の肩に手をかける。
屈強な卒業生三人の腕で作り上げられた土台はまるで縮こまったばねのようで、多分わたしでなくても気づいたはず。
この固く組まれた手に乗ったら最後、天高く飛ばされてしまうって。
そのあと何回も踏み込む練習をして、飛んだ後降りてくる練習もしたわたしは、休憩中になっても浮かない顔をしていたのだと思う。
土台候補として組み方を教わっていたひとつ上の梓先輩が声をかけてきた。
「田原ちゃん、大丈夫ー?」
「はあ……全然大丈夫じゃないです」
優しい梓先輩の言葉に、うっかり本心が飛び出てしまった。すると先輩は笑って言った。
「田原ちゃんも大変だねえ!あたしはさ、ほらこんなに大きいじゃん。縦にも……ちょっとだけ横にも。だから、絶対にあたしは飛べないわけ。たとえどんなに飛びたくても」
ムキムキのイケメンなら飛ばしてくれるかも、先輩はこっちを見ながらはにかんで続けた。
「―だからさ、せっかくだったら一人一人出来ることをやって、みんなで作り上げようっていうのがダンスの醍醐味よ!まあ、あたしも先輩に教わったんだけどね」
こうしてにこやかに語る梓先輩も、私にとって羨ましい体格を持つ先輩も、自分のからだを嫌いになったことがあったのだろうか。
また他のみんなも、やりたくてもどうにもできない状況を、陰で悔しく思っているのだろうか。
それにしても、梓先輩にそう伝えたその偉大な先輩は、自分と少しも歳が変わらないのになんて大人なんだろう。
その先輩たち凄いですね、そうわたしが言うと、梓先輩は体育館の方に視線を向けたのでまさか、と思ったら。
「―それがあの先輩たちなんだよね。さ、もう一息頑張ろっか!」
そう励ましてくれる梓先輩も多分偉大なんだと思う。
先輩の一言で、ああして呑気にはしゃぐ卒業生たちの姿がわたしの中で一瞬で変わったのだから。
かつて部長だったというあの派手なミサ先輩の指導のもと、わたしはナツキ先輩とリカ先輩の肩をぎゅっと持つ。後ろからは、安心してとしきりに声をかけてくれるマキコ先輩が、腰の当たりを支えてくれる。
そして正面には、熱心に技術を学ぶ梓先輩の、期待に満ちた笑顔があった。
「さあ田原ちゃんを飛ばすよー!」
そんな偉大なる部長の声を皮切りに、カウントが始まって気づけば―。
わたしは両足と全体重をみんなの手に乗せて、思いっきり踏みこんでいた。
あとで聞いたところによると、初めてにしてはまずまず飛んでいたらしい。
もちろん空は見えなかったけれど、まず部員みんなの期待に輝く顔が見えて。
次に体育館の1番端っこと、いつもよりちょっとだけ近い天井と、一瞬の浮遊感があって。
そのあと、くっと地に引っ張られたかと思ったら、先輩たちの温かくて汗ばんだ手に包まれていた。
そのあとのことは正直あまり覚えていない。
ただ喜ぶみんなにもみくちゃにされて、盛り上がった女の子の甲高い叫び声に包まれて。
わたしは混ざり合った制汗剤の香りと熱気のなかで、このみんなとならなんだってできるような、そんな気がした。
そうしてまた、あのちっぽけな空へとみんなで足を踏み出す。
カウントを数え、息を揃えて、わたしたちはあの高度2.8メートルへ向かう。
(終)
「美咲だったら、絶対に飛べるよ」
そう言われたわたしは戸惑った。
5年前に創設されたダンス部に入ったのは去年の4月。
楽しそうに踊る姿を新歓で見たのがきっかけで、自分も踊れたらなあなんて思ったのがはじまり。
やっと人に見せられるくらいになったばかりだったのに。
同級生も先輩も、次から次へと新しいことを押し付けようとする。
思えば夏休みだからって、体育大に進学した先輩たちが遊びに来たせいだ。
別に普通の、身体を動かすだけのダンスならいいんだ(そもそもダンスにはいろいろなジャンルがあることを初めて知った)。
それが、今回はチアリーディング。
わたしの目にはダンスではなく高度な組体操か何かに見えた。
たとえば1人の肩に別の1人が立ち上がったり、開脚した先輩を4人が手を伸ばして支えてみたり。
その日たまたま日直で遅れて行ったわたしは、その恐ろしい光景を見て体育館の扉の陰に隠れるはめになった(もちろん後から来た先輩達に見つかったけれど)。
そうしてわたしが体育館に登場した途端、卒業生たちが想像していた通り大喜びしたので、わたしはまるで「ドナドナ」の牛になった気分でしぶしぶ体操服に着替えた。
「この子なら絶対いけるって!」
ど派手な、一見アート系にみえる卒業生はそう言って、来たばかりのわたしをすぐにでも飛ばそうとした。先生もほかの卒業生たちも部員のみんなも、目を背けたくなるくらいにきらきらした目でこっちを見てくる。
たぶん小学生と間違われるこの体格のせいだと気づいていたけれど、説明も同意もないのにわたしがやる前提になっているのは、やめて欲しかった。
自分では変えることの出来ないこのからだを、最近はあまり気にしないようにしていたのに。
こういう時は、背の高いみんなが輝いて見える。
「よし!田原さん、ここに立って二人の肩を持ってみて!」
ど派手な卒業生に言われるがまま、ひとまわりも大きい卒業生3人が手をからませあって足を踏み込んでいるような、そんな円陣の元へと行った。
ここから乗れと言わんばかりに空いたスペースに入り、左右二人の肩に手をかける。
屈強な卒業生三人の腕で作り上げられた土台はまるで縮こまったばねのようで、多分わたしでなくても気づいたはず。
この固く組まれた手に乗ったら最後、天高く飛ばされてしまうって。
そのあと何回も踏み込む練習をして、飛んだ後降りてくる練習もしたわたしは、休憩中になっても浮かない顔をしていたのだと思う。
土台候補として組み方を教わっていたひとつ上の梓先輩が声をかけてきた。
「田原ちゃん、大丈夫ー?」
「はあ……全然大丈夫じゃないです」
優しい梓先輩の言葉に、うっかり本心が飛び出てしまった。すると先輩は笑って言った。
「田原ちゃんも大変だねえ!あたしはさ、ほらこんなに大きいじゃん。縦にも……ちょっとだけ横にも。だから、絶対にあたしは飛べないわけ。たとえどんなに飛びたくても」
ムキムキのイケメンなら飛ばしてくれるかも、先輩はこっちを見ながらはにかんで続けた。
「―だからさ、せっかくだったら一人一人出来ることをやって、みんなで作り上げようっていうのがダンスの醍醐味よ!まあ、あたしも先輩に教わったんだけどね」
こうしてにこやかに語る梓先輩も、私にとって羨ましい体格を持つ先輩も、自分のからだを嫌いになったことがあったのだろうか。
また他のみんなも、やりたくてもどうにもできない状況を、陰で悔しく思っているのだろうか。
それにしても、梓先輩にそう伝えたその偉大な先輩は、自分と少しも歳が変わらないのになんて大人なんだろう。
その先輩たち凄いですね、そうわたしが言うと、梓先輩は体育館の方に視線を向けたのでまさか、と思ったら。
「―それがあの先輩たちなんだよね。さ、もう一息頑張ろっか!」
そう励ましてくれる梓先輩も多分偉大なんだと思う。
先輩の一言で、ああして呑気にはしゃぐ卒業生たちの姿がわたしの中で一瞬で変わったのだから。
かつて部長だったというあの派手なミサ先輩の指導のもと、わたしはナツキ先輩とリカ先輩の肩をぎゅっと持つ。後ろからは、安心してとしきりに声をかけてくれるマキコ先輩が、腰の当たりを支えてくれる。
そして正面には、熱心に技術を学ぶ梓先輩の、期待に満ちた笑顔があった。
「さあ田原ちゃんを飛ばすよー!」
そんな偉大なる部長の声を皮切りに、カウントが始まって気づけば―。
わたしは両足と全体重をみんなの手に乗せて、思いっきり踏みこんでいた。
あとで聞いたところによると、初めてにしてはまずまず飛んでいたらしい。
もちろん空は見えなかったけれど、まず部員みんなの期待に輝く顔が見えて。
次に体育館の1番端っこと、いつもよりちょっとだけ近い天井と、一瞬の浮遊感があって。
そのあと、くっと地に引っ張られたかと思ったら、先輩たちの温かくて汗ばんだ手に包まれていた。
そのあとのことは正直あまり覚えていない。
ただ喜ぶみんなにもみくちゃにされて、盛り上がった女の子の甲高い叫び声に包まれて。
わたしは混ざり合った制汗剤の香りと熱気のなかで、このみんなとならなんだってできるような、そんな気がした。
そうしてまた、あのちっぽけな空へとみんなで足を踏み出す。
カウントを数え、息を揃えて、わたしたちはあの高度2.8メートルへ向かう。
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