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第一章 わが家は不可思議なことばかり
4 エマが消えた!?
しおりを挟む「グゥギャギャ」
んっ、カエルか。いや、ゴマか。何を鳴いているだろう。
まだ外は薄暗い。時計を見遣ると四時二十分だった。まだ早い、眠いし寝よう。
うっ。
突然、腹の上に何かが乗っかってきた。ゴマだった。
「グゥギャギャッ」
「ゴマ、なんだよ。眠いんだってば」
腹の上が重かったが瞼を閉じて寝ようとするとゴマが爪を立てたのだろう腹に痛みが走る。
「痛いよ、やめて」と起き上がってゴマをどけた。それでもゴマは変な声で鳴き続けた。
「なんだよ、どうしたんだよ。朝ごはんはまだだよ」
ゴマは部屋の扉のところへ行くと振り返りじっとみつめて一鳴きする。朝ごはんがほしいわけじゃないのか。今日のゴマはなんか変だ。何かあったのかも。あれ、そういえばエマは……。あっ、今日は母と一緒に寝るって言っていたっけ。
まさか、エマになにかあったのか。
嫌な予感がして飛び起きてゴマのもとへ行く。ゴマは母とエマが寝ている部屋へと入っていった。
追いかけて行くと、寝ているはずのエマの姿がなかった。
僕は慌てて母を起しにかかる。
「もう、なに。侑真、まだ起きる時間じゃないでしょ」
「エマがいないんだよ」
僕の言葉に母は飛び起きた。
「トイレじゃないわよね」
「うん、違うと思う。トイレだったとしても、いつもひとりじゃいかないでしょ。探してみるよ」
まずは家の中を探したがそんなに大きな家じゃない。いないことは明白だ。家の中にはいないか。こんな時間にどこへ。
あれ、エマの靴がある。けど、家の中にはいなかった。
「グゥギャギャー」
ゴマが玄関扉の前で早く開けてくれと懇願の眼差しを送っている。やっぱりエマは外だ。靴も履かずに外に行くなんて。僕は靴のかかと部分を踏みつけたままきちんと履かずに扉を開けた。
ゴマは扉の隙間からスルッと抜け出して一目散に駆けていく。エマの居場所をわかっているのだろうか。
外はもうだいぶ明るくなっていた。
僕はゴマが走り去ったほうへと足を向ける。だいぶ先の丁字路を右へ曲がるゴマの姿が目に留まった。猫って足が速い。
あっ、そんなこと感心している場合じゃない。ゴマが曲がったほうには神社がある。もしかしてエマは神社にいるのだろうか。とにかく急がなくちゃ。
エマがいないかあたりを確認しながら走り続ける。
「エマーーー」
近所迷惑になることも考えずに叫びながら走り続ける。
いない、いない、いない。
まさか誰かにさらわれてしまったのだろうか。そんなの嫌だ。
「エマーーー」
「侑真くん、どうかした」
近所のおばさんが顔を出して問い掛けてきた。
「エマが、エマが……。いなくなっちゃって」
「えっ、そりゃ大変だ。わたしも探すよ」
「うん、ありがとう」
頷いた拍子に涙が零れ落ちた。
「大丈夫、みつかるわよ」
僕は涙を拭いまた走り出した。
もうちょっとで神社だ。そう思ったときゴマの鳴き声が神社の中から聞こえてきた。間違いない。あの変な鳴き声はゴマしかいない。エマをみつけてくれたのかもしれない。
きっと神社にいると信じて、僕は走るスピードをあげた。
「エマーーー」
エマの返事はないが、鳥居のところまで辿り着く。
額からの汗と涙が混ざって顔がびしょびしょだ。
「エマーーー。どこにいるの」
見た感じではエマの姿はない。おかしい。確かにゴマの鳴き声がしたはずなのに。
「グゥギャギャー」
あっ、また聞こえた。裏のほうからだ。稲荷神社いるのか。再び僕は走り出す。鳥居の前でのお辞儀も忘れて走り出す。
案の定、前につんのめって転んでしまった。
『ごめんなさい。神様。けど、今はエマのことが心配で』
そう心の中で呟き、すぐに立ち上がり裏へと回る。
いた、エマだ。エマの姿を見ると肩の力が抜けて小さな息が口から漏れた。
「エマ」
こんな朝早くになぜ稲荷神社にエマは来たのだろう。エマの足を見るとやっぱり靴を履いていない。きっと足の裏は真っ黒になっているだろう。そんなことよりも裸足で怪我はしていないだろうか。見た感じは大丈夫そうだけど。
エマは稲荷神社の社の前で手を合わせている。そんなに慌てるほどの願い事でもあったのだろうか。その横にゴマがこっちに目を向けて座っていた。みつけてくれたゴマに感謝しなきゃ。
僕は稲荷神社の鳥居の前でお辞儀をしてエマのもとへ歩みを進めてエマに声をかけた。
「あっ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんじゃないだろう。心配したんだぞ」
「えっ、なんで」
なんでって。僕は溜め息を吐き「どこにもいないから心配するに決まっているだろう」と優しく話した。
「あっ、そうか。えへへ」
エマの屈託のない笑顔を見たらなんだかこっちまで笑顔になってしまう。
まあいいか。
「エマ、帰ろう。お母さんも心配しているからさ」
「うん」
鳥居を潜りお辞儀をする。エマもこくんと頭を下げて「もふもふ様、またね」と手を振った。
えっ、もふもふ様。そうか、そういうことか。
「もふもふ様って稲荷神社の狐神様のことなのか」
「うんとね、そうだよ。もふもふ様がいっぱいいるの」
いっぱいいる。ここに。
「エマ、本当に見えるのか」
「見えるよ、ほら、そこにもあそこにもこっちにも。それと、一番大きな真っ白なもふもふ様が上にいるよ」
指を差したのは狛狐だった。ただ最後に指差した先にはなにもない。社の屋根の上だ。狛狐は確かにたくさんいる。そのことを言っているのか。けど、屋根の上にもいると言う。それはどう説明する。首を捻っていた僕にエマが水晶玉を差し出して来た。
「これ、持ってみて」
僕は素直に水晶玉を取るとハッとして一歩後退りしてしまった。社の屋根の上に大きな白狐がふさふさの尻尾を揺らせて目を向けていた。それだけではない。何体もある狛狐があるところに赤みを帯びた黄褐色の狐がいる。狛狐と同じ数の狐がいる。いや、もっといるか。
「す、すごい」
「すごいでしょ。もふもふ様だよ、みんな。あっ、あの子がうちのもふもふ様だよ」
えっ、うちのもふもふ様。
小さくてまるまるとした狐がそこにはいた。なんだかかわいい。
「どうも、よろしく」
ちょこんと頭を下げてそう話した。嘘だろう、人の言葉を口にした。狐神ならありえることなのか。んっ、これってすごいことだ。神様が見えているってことだろう。この水晶玉がすごいのか。
「お兄ちゃん、それもういいでしょ」
エマが水晶玉を取ってしまうと狐たちの姿が忽然と消え去ってしまった。いや、そうじゃない。見えなくなっただけできっと目の前にいるに違いない。
「もしかして、エマは狐神様に呼ばれたのか」
「うんとね、そうかな」
こんなことってあるのか。さっきの狐はうちの狐神様なのか。けど、うちにはどこにも祀っている場所はないのに。どういうことだろう。でも、水晶玉が埋まっていた。まさか、あそこに本当は祠かなにかがあったのだろうか。だとしたら、今までなにもしてこなかったのに罰とか当たっていないのはどういうことだ。
「グゥギャン」
えっ、ああゴマか。そうだ、早く帰らなきゃ。
「エマ、母さんが待っているから行こう」
「うん」
手を振るエマを見て、僕はもう一度お辞儀をした。
なんだかドキドキしている。ありえない体験をしていると思うと興奮が冷めやらない。
足元にいるゴマも今の光景が見えているのだろうか。ふとそんなことを考えてしまった。そうだ、エマをみつけられたのはゴマのおかげだった。
僕はゴマを抱き上げて「ゴマ、ありがとうな」と頭を撫でてあげた。
「ゴマしゃん、なにかいいことしたの」
エマが小首を傾げ問い掛けてきた。
「エマをみつけてくれたんじゃないか」
「そっか、そっか。すごいね、ゴマしゃん」
エマはゴマの頬あたりをもみもみしていた。
「エマ、狐神様と何か話したのか」
「うんとね、えっとね。忘れちった。ねぇ、もふもふ様、なんだっけ」
えっ、いるのか。どこに。
「お兄ちゃん、こっちだよ」
エマのとなりにいるのか。そうか、うちのもふもふ様ってさっき話していたから当然か。けど、祠も社もなくて大丈夫なのだろうか。いろんな疑問が膨れ上がってくる。エマに言えば訊いてくれるだろうか。できれば直接訊きたい。もう一度水晶玉を貸してくれれば訊けるか。
「あっ、エマちゃんみつかったのね。よかった」
「おばさん、探してくれてありがとうございます」
「いいの、いいの。あら、エマちゃん裸足で痛くないの」
そうだった。エマは裸足だった。
「エマ、ほらおんぶしてあげるから乗りな」
僕はゴマを下ろしてそう告げた。
「わーい、おんぶ、おんぶ。お兄ちゃん、それいけ」
おばさんは満面の笑みをして見送ってくれた。お辞儀をして家に向かう。
家の前の道へ来ると家の前で母が立っていた。
「母さん」
母はこっちに向かって駆けてきた。頬を濡らして「エマ、大丈夫なの」と涙声になって声をかけていた。
「ママ、なんで泣いているの」
エマは母がなぜ涙を流しているのかよくわかっていないようでキョトンとした顔をしていた。心配かけたということを本当はよくわかっていないのかもしれない。
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