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第4章 意趣返し
6 危機的状況下におかれた鬼猫たち
しおりを挟む孝は徹の首から手を放すとニヤリと笑みを浮かべた。口元からだらりと涎が垂れている。
「おまえは邪魅だな」
返事はない。邪魅が取り憑いた孝がベッドから飛び降りて近づいてくる。だが方向転換して片目のない子供たちの霊に近づき、なにやら耳打ちをしていた。
いったい何を話したのだろう。
鬼猫は様子を窺っていた。
怨霊や妖怪だったらすぐにでも葬ってやることができる。だが、邪魅が取り憑いた孝はまだ生きている。下手に行動を起こして殺してしまったら最悪だ。片目のない子供たちの霊もまだ生き返る予知がある。どうしたものか。
んっ、これはまずいのではないか。
片目のない子供たちの霊が霊体となってしまった徹に近づいていく。囲われてしまった。
「徹は餓鬼道に連れていく」
孝の口からそう告げられた。不気味な笑い声があたりを包み込む。そのうち、妖怪たちがこの地を荒らしはじめるだろうとも話した。
鬼猫は天井をチラッと見遣り、ハッとした。
何かが落ちてきた。妖怪か。
「あいつは魍魎だ。鬼猫、どうする」
また厄介な奴が出て来てしまった。あいつは確か死者を食べてしまうのではなかっただろうか。徹の身体を食べられたらお仕舞いだ。
「新鮮な死人の匂いがする」
魍魎は何を言っている。死人が新鮮なわけがあるか。まさか、徹のことか。鬼猫は魍魎を睨みつけた。まだ徹は死んではいない。だが生きているとも言えない。魍魎にとってはそれが新鮮だということなのだろうか。
姿は幼児だが恐ろしい奴だ。赤黒い肌に目が赤く耳が長くて綺麗な髪をしている。そんなことはどうでもいい。こいつこそ、鬼だ。死者を喰らう鬼だ。
「鬼猫、今度こそわらわに任せろ」
コクリが素早く動き魍魎の首筋をがっちりと銜えると天井にできた暗闇の穴へ飛び跳ねた。
「コクリ」
鬼猫の呼びかけにコクリは瞬きで応えて消えた。
コクリはよほど自分の過ちを悔やんでいるのだろう。汚名返上というところだろうか。傷のある身体で無理をするなんて。
「ふん、魍魎などいなくても関係ない。この子供を連れて行きさえすればそれでいい」
片目のない五人の子供たちの霊に掴まれても霊体の徹はぼんやりとしているだけだった。必死に小さな龍が声をかけているが届かないようだ。
もう待ってはいられない。
怨霊と化した子供たちを排除するしかない。邪魅の取り憑いた孝も一緒に葬ってやる。
鬼猫は低い体勢をとり足に力を込めて一気に突っ込んでいく。大黒も剣を掲げてついてくる。恵比寿は釣り竿を振り上げていた。
そのとき、上から何かが飛び出してきて建物全体が地響きをたてて揺れた。鬼猫は身体を捻り辛うじて白い何かを避けると後ろへと退いた。大黒もなんとか避けることには成功したが向こう側の壁に激突していた。さっき天井に消えたコクリが突然落下してきて呻き声をあげている。魍魎の姿はない。きっと魍魎はあっち側の世界に連れて行ったのだろう。恵比寿はというと口をポカンと開けてピンと張った釣り糸の先をみつめている。
いったい何が起きたというのだ。鬼猫は釣り針が白い柱のようなものに引っ掛かっていることを目視するとゾクリと寒気を感じた。
あれは……柱じゃない。
天井から骨の腕が柱のように伸びてきていた。床には巨大な骨の手があった。鬼猫は上に目を向けるとブルッと身体を震わせた。巨大な骸骨の顔が現れてぽっかりと開いた二つの穴の奥に真っ赤な炎のようなものが灯る。炎の瞳がこちらを睨みつけているかのようだった。
あいつはガシャドクロだ。とんでもない奴が出て来てしまった。
百目鬼はいったい何をやっている。あの五人だけでもなんとかしてくれたら徹は連れていかれなくて済むのに。早くなんとかして戻って来い。そう願った。
この危機的状況を打開すべき方法はないだろうか。あまり時間がない。このときばかりは愛莉と大和の力を借りたいと思ってしまった。八岐大蛇の力があればガシャドクロでも太刀打ちできないだろう。いや、今の大和ではガシャドクロに勝てないかもしれない。それでも八岐大蛇の力が今は必要だ。だが、剣は大黒のもとにある。その前に大和はここにはいない。
なにか手はないのか。
「おまえら終わりだな。徹、あっちの世界でもいじめてあげるよ。だから楽しもうじゃないか」
ニタッと口角をあげる孝の顔が人の顔ではなくなっていた。あれは邪魅の顔だ。
気づくとあたり一面闇が広がっていた。病室ではない場所に飛ばされてしまったのだろうか。ガシャドクロの仕業か。もしかして、結界の中に囚われてしまったのか。
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