鬼猫来るーONI-NEKO KITARUー

景綱

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第4章 意趣返し

4 暗闇の中の淡い光

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 大和と愛莉は電車に乗り急いで病院へと向かっていた。
 車窓から空を見上げると黒く重苦しい雲に月は隠されてしまっていた。あの雲はこの世のものではないかもしれない。大和はそう直感した。肌に突き刺す嫌な感じがする。

「愛莉ちゃん、あの雲は普通じゃないよね」
「愛莉もそう思う」
「解決したと思ったのに、なんで」

 大和は眉間に皺を寄せて考えた。

「怨む心はよからぬものを呼ぶって言うからね」
「確かにそうかもしれない」

 大和は空を見上げて溜め息を漏らした。

「あっ、あそこ」

 えっ、なに。

 愛莉は自分でも思っていなくらいの大きな声を出してしまったのだろう。慌てて口を押えて恥ずかしそうにしていた。あまり、乗客はいないが好奇の目で見られていた。

 大和は小声で「どうしたの」と訊ねると何かが光ったと耳元で囁いてきた。

 光った。

 じっと暗い外の景色を見遣るがどこにも光は見えなかった。気のせいなのではとも思ったが愛莉を信じることにした。闇のなかの光か。なにかそこにあるのだろうか。

「ねぇ、光ったところに行ってみない」
「いや、徹のところへ行かなきゃいけないだろう」
「でも……。なんとなくだけど光のもとへ行くべきだと思うの。徹のこととも無関係じゃない気がする。この空の雲もだけど、愛莉の第六感が行けって」

 大和は徹の顔を思い浮かべつつ愛莉の真剣な眼差しに目を向けた。徹のところには鬼猫たちがいる。きっと大丈夫だ。ここは愛莉の直感に身を委ねてみよう。

 次の駅で降りて愛莉が目にした光のもとへ歩みを進めた。
 暗くてもだいたいの場所がわかると愛莉は豪語した。その勢いに大和も頷くしかなかった。

 街灯が少なくて暗く今にも得体の知れない者が出てくるのではないかと妄想してしまう。愛莉も同じ気持ちだったのかグッと腕を引き寄せて腕を絡ませてくる。大和は違うドキドキも上乗せされてどうにも落ち着かなかった。

「あそこ、見て」
「えっ、どこ」

 大和は目を凝らして暗闇の中をじっとみつめた。
 あっ、光った。ホタルの光に似た柔らかな光が時々ほわんと明かりを灯す。本当にホタルがいるなんてことはないだろうか。いや、ここらへんでそんな話は聞かない。ホタルだとしても一匹だけってことはないだろう。
 ならば、あの光はなんだ。

 ピチャンと水音が突然鳴ってビクッとしてしまう。

「怖がりなのね」
「そういう愛莉ちゃんだって僕の腕ギュッと握っているじゃないか」
「そ、そんなことないよ」

 愛莉は絡めた腕をといてしまった。
 余計なことを言ってしまった。そのままでいてよかったのに。ちょっと残念な気持ちになりつつあたりの様子を窺った。

 街灯もなければ月明かりもないせいでいまいち様子がわからない。池でもあるのだろうか。大和が考えを巡らせているとまた淡い光がすぐ目の前で灯った。

 祠だ。しかも池の中に浮島があり祠はそこにある。淡い光はその祠の中から灯っている。

「もしかして弁天様かも」

 そうか、ここは弁財天が祀られているのか。だから池の中に。

「気づいてくれましたか。よかった」

 突然の声に思わずドキッとしてしまった。

「弁天様ですか」

 愛莉の問いかけに光が少しだけ大きくなりぼんやりとだが弁天様が姿を現した。

「父上、やっとお会いできましたね」

 父上って誰のこと。まさか自分のことか。大和は思わぬ言葉に呆気に取られてしまった。

「大和は素戔嗚尊の生まれ変わりでしょ。ちゃんと挨拶してあげて」

 そうか、そういうことか。だからと言って弁天様のことを娘だとは思えない。どう返事をしていいのかさっぱりわからない。
 沈黙してしまい愛莉に小突かれてしまう。

「なんでもいいから声をかけてあげなさいよ」

 愛莉に再び促されて出た言葉が「どうも」だった。

「もう、『どうも』ってなによ」

 そんなやり取りをしていたら弁天様の笑い声が耳に届いた。

「いいのですよ。わかっていますから。いきなり父上と言われても困りますよね。覚えていないのですね」

 大和は頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。
 弁天様の言う通り、記憶にない。

「天照大神と誓約うけいをしたとき私は生まれてきたのですよ。宗像むなかた三女神のひとり市杵島姫命いちきしまひめのみことと名乗ったほうがわかるでしょうか」

 いや、益々わからなくなった。どうやら素戔嗚尊の力が復活しても記憶がすべて蘇るわけじゃなさそうだ。
 弁天様もそれ以上は話すことはなかった。その代わり愛莉が口を開いた。

「あのそれで弁天様はどうして呼んだのでしょうか」

 弁天様は愛莉へと向き微笑んだ。

「そうでした。昔話をしている場合ではなかったですね。私も異変を感じ取っていたのですが、この一帯の結界を張ることで手一杯で動けなかったのです。すでにこっちの世界に入り込んでしまった者もいるようなのです。急ぎ、これを渡さなくてはと思い呼んだのです。とにかくこれを持って鬼猫たちのもとへ急ぎなさい」

 弁天様が手渡してきたものは手のひら大の水晶玉だった。いや、違うのだろうか。中を覗くと七色に輝いている。不思議な力を感じる。

「これは……」
「力の弱まった龍がいるでしょう。その者に渡すのです。きっと力を取り戻せることでしょう。お願いしますね」

 その言葉を残して弁天様は姿を消した。

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