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第3章 狐の涙
2 鬼猫一行
しおりを挟む「愛莉と大和はここに残れ」
「なんでよ。鬼猫さん、愛莉は音場の人間よ。そこの大和とは違う。勾玉も持っているし、きっと役に立つわ」
「いや、二人は我らの世界とはなるべく関わらないほうがいい。巻き込みたくはない」
「もう鬼猫さん、水臭いな」
「んっ、何、水臭い。そうか、海に行っていたからかのぉ。それとも龍が近くにいるのかのぉ」
愛莉の言葉に反応した恵比寿様が自分の匂いを嗅いでいる。
「蛭子、そっちの水臭いではない」
「なに、大黒。違うのか」
「親しい間柄なのによそよそしいって意味のほうだ」
「ああ、なるほど」
恵比寿様はいつもの笑顔で頭を掻いていた。
「もう、そこの二人調子狂うからやめてよね。大和も笑っていないで鬼猫さんにきちんとお願いしてよ」
愛莉の怒りが飛び火した。正直、関わるなと言われればそうしたいのだが愛莉が許してくれなさそうだ。
「あの」
「ダメだ」
まだ何も言っていないのに。鬼猫に間髪入れずに言葉を遮られて、その上、愛莉には睨まれてしまった。鬼猫よりも愛莉のほうが怖い。そんなこと口が裂けても言えないけど。
「鬼猫、僕は誰が何と言おうと一緒に行くから」
どうにでもなれと強気で大和は言い張った。
「どの道、もうこっちの世界にどっぷり浸かっていると思うぞ」
大黒様が鬼猫の足をツンツン突いていた。その脇で恵比寿様が「釣りは仲間がいたほうが楽しいのぉ」と頓珍漢な物言いをしていた。
「鬼猫さん、いいでしょ」
「しかたがない。余計なことはするなよ」
「行っていいってことよね。鬼猫さん、ありがとう」
「ふぉふぉふぉ」
恵比寿様は一人大口を開けて笑い声をあげていた。
「では行くぞ。百目鬼、案内してくれ」
「はい、はい。それにしてもおかしな面々だな」
「無駄口はいい。さっさと行け」
百目鬼の話だと歩いて十分もかからないと言う。
鬼猫と百目鬼を先頭に蹴速、恵比須様と続く。愛莉と自分が一番後ろにいた。あれ、大黒様はと思っていたら鬼猫の背にちゃっかり乗っかっていた。鬼猫は気づいているのだろうか。気づかないはずがないか。これがみんなで遊びに出掛ける途中だったらどんなによかっただろうと大和はつくづく思った。
「むむ、おまえは」
鬼猫の凛とした声が耳に届き、大和は前に目を凝らして見る。
武将が一人行く手を遮っていた。
「邪魔立てするな、頼光」
「ふん、鬼は死すべし」
頼光は日本刀を下段に構えて向かってきた。下から斬り上げるつもりなのか。頼光の瞳は黒く白目がない。身体からは黒い煙が立ち昇っている。不気味としか言いようがない。
早い、一瞬で鬼猫の目の前に移動していた。日本刀の刃がギラリと鈍く光り鬼猫の顎を捉えようとしていた。
ダメだ。やられる。
大和は身体が強張り一歩も動くことができなかった。だが聞こえてきたのは鬼猫の呻き声ではなく金属音だった。
大黒様が頼光の持つ日本刀の刃を小さな剣で受け止めていた。あの小さな身体でどこにそんな力があるのだろうかと目を疑った。刹那、頼光は吹き飛ばされていた。いや、違う。頼光は斬られている。大黒様の剣に重なるように何かが見えた気がした。それが何かはわからないが、剣で何もない空間を切り裂いていたようだ。その狭間に頼光は吸い込まれていく。
大黒様の体型から想像でいない動きだ。
あっけなく頼光はあっち側へと消え去ってしまった。
「よし、百目鬼行くぞ。んっ、百目鬼、どこだ」
あれ、百目鬼の姿がない。どさくさに紛れて逃げたのか。
「鬼猫、任せておけ。ほれ、ほれ、いくぞ。ほいほいほい」
恵比須様が釣り竿を振ると針のついた釣り糸が飛んでいく。糸が途中で消えている。こんなんで捕まえられるのだろうか。それよりも今の掛け声はなんだ。
「いてぇよ。わかったから、案内するから」
百目鬼が突然どこからともなく現れた。恵比寿様の釣り竿は魔法の釣り竿なのか。そう思ったのだが必ずしも万能とはいえないのかもしれない。百目鬼だけではなく河童に天狗……。他の妖怪はよくわからないがたくさんのようかいを釣りあげていた。
「アマビエ、小豆洗い、小玉鼠だ」
鬼猫はそう教えてくれた。
気配すらなかったのに、妖怪たちはいったいどこに隠れていたのだろう。口々に文句を言っている。
恵比須様はそれでも微笑んでいるだけだった。妖怪たちは言いたいことを言うとそそくさと帰って行った。大黒様が凄みのある視線を送っていたためだとすぐにわかった。
こんな間近で妖怪を見ることができるなんて。
たまたま様子を窺っていただけのようだ。悪さをするような妖怪ではないと鬼猫は話した。だが大黒様が鬼猫の話に割り込んで話し出した。
「アマビエは病気や豊凶を予言して、その絵姿を持っていれば難を逃れるぞ。あっ、決して甘海老と言い間違えるなよ。気にしているらしいから」
なるほど。
「小豆洗いは小豆さえ与えていれば喜んで洗っているな。小玉鼠がこの中では一番厄介だな。山の神の機嫌が悪いときに現れて背中から裂けて破裂する。その破裂音を聞くと獲物がとれなくなるとか、雪崩の災厄に見舞われるとか。まあ、何事もなく行ってしまったから大丈夫だろう」
大黒様は物知りだ。けど、知らなくてもいいかもしれない。
「大黒、大和、そんなところで話し込んでいると置いていくぞ」
大和は大黒様を手に乗せて走っていった。
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