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第2章 怨霊退治
10 得体の知れない者(2)
しおりを挟む「何者だ」
鬼猫が毛を逆立てて窓の外を睨みつけていた。
ここは二階だ。どう考えても人ではない。怨霊か。けど何か違うような。たとえるならば鬼だ。けどなにかが違う気もする。
空を飛べる妖怪なのか。大和はそう思ったのだがすぐに違うことに気がついた。庭にある木の上に腰かけていた。大和は瞼を擦って首を捻った。木の大きさと鬼と思われる人の大きさがアンバランスに映る。木の枝が折れてしまい
そうだ。あの鬼は相当な大男なのか。
「俺様に驚くとはおまえらもたいしたことないな」
何者かわからない男はそう口を開くと突然身体中に目が浮き上がって来てパチリと開いた。うわっ、気持ちが悪い。
「なるほど、あいつは百目鬼だ」
『ドウメキ』
「百の目を持つ鬼だ」
そんな奴が何の用だ。
「頼光が頼りないからな。俺様の出番が回ってきてしまった」
百目鬼は不敵な笑みを浮かべて部屋に入り込んで来た。嘘だろう。窓ガラスをすり抜けてきた。なんだこの圧迫感は。百目鬼の頭が天井についてしましそうだ。
「おまえは鬼でありながら、敵対するつもりか」
「さあな。あの方は蘇らせてくれた。恩がある。それだけだ」
「あの方とは誰のことだ」
「さあな」
「ちょっと、鬼猫さん。どういうこと。百目鬼は愛莉たちを殺しに来たってこと」
百目鬼はまたしても嫌な笑みを湛えている。
「おまえさんの出る幕ではないぞ」
突然の声とともに百目鬼が後ろへ倒れ込んで窓の外へ飛ばされていく。
大和は何が起きたのかわからず狼狽えてしまった。窓も壁も壊れないことが不思議で堪らない。実体がないってことか。
「何をする蛭子」
百目鬼は釣り竿から下がった釣り針に引っ掛かっていた。あれは恵比寿様か。けど、百目鬼は確か『ヒルコ』と口にした。大和は首を傾げて鬼猫の尋ねてみた。
「蛭子も恵比寿も同じだ。あいつはもっと別の呼び名があるぞ。夷三郎とか戎の字も使うこともある」
鬼猫は念を飛ばしていろんな漢字の『エビス』を教えてくれた。
「『蛭子』はヒルコとも読むがエビスとも読むからな」
そうなのか。そう思いつつも頭が混乱してくる。
「それってややこしいね」
「愛莉、そう言うな。そうそう夷三郎については『エビスに候』となり『あっしゃ忌み衆でござんす』という意味もあるのだぞ。まあ、あいつも鬼の仲間ってことだ」
大和は髪をグシャグシャにして喚いた。
わけがわからないことが増えた。自分の頭では理解不能だ。
大黒様も恵比寿様も七福神の一人じゃないか。神様だろう。なのに、鬼なのか。
「百目鬼、ほらさっさと吐き出せ。おまえには荷が重すぎるだろう。消化不良で苦しむぞ」
「う、うるさい。あいつらなど一捻りであっけなくやられたぞ。荷が重すぎるなんてことはない」
「黙れ、釣り糸で雁字搦めにしてやろうか」
「やれるものならやってみろ。返り討ちにしてくれる」
「それはどうかな。その前に、おまえの腹の中が騒がしくなってはいないか。ふぉふぉふぉ」
「な、なに」
百目鬼は突然腹を押さえて身悶えしはじめた。脂汗も掻いている。蛭子はその様子を見て棹をしならせて百目鬼を地面に叩きつけた。その衝撃で百目鬼の口から何かが飛び出して来た。
あれは大黒様だ。あっ、当麻蹴速も。
嘘だろう、あんな巨漢の力士まで呑み込んでいたのか。百目鬼も力士に負けず大きいがどう考えても呑み込めないように思えるのだが、実際に吐き出したのだから呑み込んでいたのだろう。
百目鬼は息を荒げてその場に仰向けになっていた。
それにしても恵比寿様は力がある。凄い、凄過ぎる。あんな大物をいとも簡単に釣り上げてしまうのだから。なのに、あの笑顔。所謂、恵比須顔だ。なんだかずっと笑顔なことが妙に怖さを感じさせる。
「大黒、蹴速、大丈夫か」
「おお、蛭子か。助かった。油断してしまった。百目鬼は仲間だと思っていたのに」
「まあ、そうだろうな」
大和は恵比寿様と大黒様を見比べていた。なぜ、大黒様はあんなに小さい姿なのだろう。恵比寿様は普通の大きさなのに。
「大和、それはおまえの力が弱いためだ。大黒と大和は繋がりがあるゆえ、そうなのだ」
鬼猫が耳元でそう呟いた。またしても心を読まれてしまった。
そう思っていたら鬼猫が「大黒の剣だけは手に取るではないぞ。おまえは人として生きればいい」と付け加えた。どういう意味だろう。
気づけば百目鬼は恵比寿様に釣り糸で雁字搦めにされていた。
「こら、解け。蛭子、こんな仕打ちをしていいと思っているのか」
「おまえが悪いのだろう。あっち側に寝返ったのだから」
「そ、それは」
鬼猫が窓から飛び出して百目鬼のもとへ近寄っていく。
「おい、百目鬼。誰に指図された。それを教えれば許してやってもいいぞ」
「ふん、知るか」
「そうか、蛭子。締め付けてしまえ」
「うぅ、うぉーーー。いてぇ、やめろ、やめろ。わかったから。話すから」
鬼猫が恵比寿様に手で合図をすると釣り糸が緩んだ。
「誰だ」
「狐だ、狐だよ。あいつが子供たちをくれたからな。一人だけ取り逃がしてしまったが」
「なるほど、ならば案内してくれるな。その狐のもとへ。おまえの罪はそのあとゆっくり償ってもらおう」
「わかったよ。鬼猫と争う気はもともとないさ」
なんだろう鬼猫の存在が凄く大きなものに感じる。見た目は普通の猫なのに。
「さとと、次は狐でも釣り上げるとしようか」
恵比寿様ってなんだか近づき難い存在だ。今までは楽し気な笑顔に見えていたけど、どうにも不気味な笑顔に見えてくる。考え過ぎか。福の神だと思っていたほうがいい。
「なんだ、顔になにかついているかのぉ。ふぉふぉふぉ」
「いえ、別に」
「大和とか言ったかのぉ。釣りは楽しいぞ。今度一緒にどうだ」
大和は苦笑いを浮かべて誤魔化した。恵比寿様と釣り、悪くはない。きっと大漁になるだろう。けど、なんだろう。ちょっと距離を置きたい気がする。
「そうだ、成瀬から伝言があった。『すまなかった』だとさ」
「なに、やっぱりおまえがあいつの目を奪ったのか。それで『すまなかった』と口にしたのか」
「あいつは盗人で詐欺師でもある犯罪者だが殺しだけはしたくなかったってよ。常に怨霊に操られないように戦っていたらしい。だが猫を何匹も殺してしまった。怨霊が離れて罪の意識に囚われちまったんだろうよ。あいつは自殺したんだ」
そうだったのか。ある意味、成瀬も被害者ってことか。悪には違いないが、機会をあたえたらもしかしたら更生できたのかもしれない。
そうか、車のトラブルがあったとき成瀬が追って来なかったのは、成瀬の心が怨霊を引き止めていたってことか。きっとそうだ。
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