19 / 48
第1章 鬼猫来る
15 鬼猫宿る(3)
しおりを挟む誰だ、この子。
さっき叫んだとき、背後が光っていた。それに顔が。気のせいかもしれないが、一瞬だけ鬼のようだった。般若の面でも被っているみたいだった。今は、可愛らしい女の子だけど。
それだけじゃない。
やっぱりあの猫はネオンではない。
なんだ、あの姿は。猫だけど猫じゃない。光とともに巨大な鬼の顔が一瞬だけ現れた。あれが鬼猫なのか。気迫だけで成瀬を退かせた。
今は成瀬に取り憑いていたであろう存在が露わになっている。成瀬は気絶してしまったのか倒れていた。そこにいるのは漆黒の存在。怨霊そのものが鬼猫と対峙している。
「おまえはいるべき場所に戻れ」
「ふん、鬼猫の言いなりになると思いか。我のこと誰だと思っている。酒呑童子も退治した源頼光なるぞ。鬼など我にかかれば容易く成敗されよう」
なに、源頼光。酒呑童子を退治しただって。
漆黒の存在が人の形へと変えていく。鎧兜を着た武将の姿に変貌していく。その手にしているものは黒い蛇が巻き付いているのかのような禍々しい気が纏った日本刀だった。
なんだろう。物凄く大きく感じるのは気のせいだろうか。二メートルくらいありそうだ。
うわっ、睨まれた。身体が動かない。
金縛りか。
嘘だろう。こっちに向かってくる。
死にたくはない。
ダメだ、日本刀が振り上げられた。
んっ、違う。狙いは自分ではない。隣の女の子のほうだ。横目で女の子を見遣ると青ざめた顔をしていた。同じように金縛りにあっているのかもしれない。鬼猫は何をしている。まさか鬼猫も金縛りにあっているのか。
怨霊に殺されてしまう。そもそもこいつは怨霊なのか。何を怨んでいるのだろう。鬼の存在が憎いのか。そんなことはどうでもいい。この窮地をどうにか回避しなくてはいけない。
女の子を助けなくては。必死に身体を動かそうとするがピクリとも動かない。
自分は素戔嗚尊の生まれ変わりなのだろう。ならば、こんな窮地は容易く回避できるはずだ。強く大和は念じた。
んっ、光。
もしかして、素戔嗚尊の力が。
違う、そうじゃない。自分ではない。隣の女の子の胸元が光輝いている。なんだろう。よく見えない。首飾りだろうか。ポケットにでも何か入れているのだろうか。首が動かないからよくわからない。
「我の剣を使え」
今度は誰だ。足元から声がした。
うわっ、剣が下から浮き上がってきて眩い光を放った。その瞬間金縛りが解けた。
何が起きている。
浮き上がっているのは剣だけではない。あれは鏡か。あの変な形のものは確か、勾玉とかいうものだろう。これって、もしかして三種の神器か。
気づくと源頼光と名乗った怨霊と成瀬の姿が消え去っていた。
本当に何が起きているのだろう。
「逃がしてしまったか」
足元にいたのは大黒様だった。いつの間にかさっきまであった剣も鏡も勾玉も消え失せていた。
「逃げ足の速い奴だ」
大和はネオンを見遣る。今、確かにネオンが話した。
ネオンは鬼猫だったのか。いや、さっきまでどこにでもいる普通の猫だった。言葉も話すことはなかったし、異様な妖気も纏っていなかった。悪いものではなさそうだけど。それに、この女の子は誰なのだろう。どこか普通ではないような。同じ匂いを感じる。霊感が強いのかもしれない。
「あの」
大和が声をかけようとしたら女の子のほうから「音場愛莉よ。よろしく。あなたも同じ匂いがする。鬼の匂いがする」と話してきた。
「鬼って僕が……」
信じられない。大黒様も素戔嗚尊の生まれ変わりだって話していたけど、素戔嗚尊もまた鬼なのだろうか。
「鬼に味方するものは皆、鬼だ」
足元にいる大黒様が胡坐をかいてひとり頷いていた。まったく神出鬼没な奴だ。もしかして、力士もいるのか。大和は何気なく後ろへ振り返り、岩のような大きな塊に驚き仰け反って尻餅をついてしまった。すぐ後ろに力士はいた。
「脅かすんじゃないよ」
大和の言葉に力士は睨みつけてきた。まずい、殺されるかもしれない。この力士も霊体だ。呪い殺されてもおかしくはない。逃げなきゃ。
「当麻蹴速、この者は敵ではないぞ。仲間だ」
「うむ、そうだった。すまない」
力士に手を差し伸べられてその手を取るとグイッと身体が持ち上げられる。凄い力だ。
あっ、今確かに手を掴まれた。幽霊のはずだ。しっかりと手の感触があった。なぜだ。
「それは仲間である証拠だ。おまえも鬼だってことだ」
そんな……。自分は人間じゃないのか。
「そうではない。人間だ。だが、鬼でもある」
また、頭が混乱してきた。大黒様の話はわけがわからない。
うわわっ、な、なんだ。風が……。
そう思ったらネオンが目の前に来ていた。いや、今は鬼猫か。
「大和、我はこの者の身体を借りておる。すまぬがしばらくはこのままいさせてもらうぞ。とりあえず、ネオンとして過ごさせてもらう。だが、他の者には秘密だ。いいな」
大和は頷き、大黒様と力士、それに愛莉と目を合せて「よろしく」とだけ口にした。
「とりあえず、あなたのところに厄介になるからね」
「えっ、厄介って」
「だから、一緒に住むの。愛莉、あの怨霊のことを解決しないと帰れないもん」
一緒に暮らすのか。この子と。
「いやいや、ちょっと待てくれ。いきなりそんなことを言われても困るよ」
「なんでよ。いいじゃない。あっ、もしかして変なこと考えているんじゃないでしょうね。嫌だ、エッチ」
「違う、違う。エッチなことなんて」
大黒様が咳払いをして話を遮った。
「愛莉、こいつのアパートの大家の猪田家のところに行ってはどうだ」
「おお、それがいい」
大和は頷き、愛莉を見遣る。
「えっ、それでもいいけど。話はきちんと通してよね」
どうしたものかと大和は黙考した。猪田夫妻にどう話せばいいのだろうか。親と知り合いだから妹というわけにもいかない。親戚と言うわけにもいかないだろう。親に連絡されたらバレてしまう。
アパートで同居しかないのか。大黒様も一緒にいてくれたら問題ないか。
まあ、なるようになるさ。
それよりも怨霊だ。あんな奴がまた来たら……。大和は寒気を感じて肩を震わせた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
アポリアの林
千年砂漠
ホラー
中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。
しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。
晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。
羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。
リューズ
宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は和也(語り部)となります》
真名を告げるもの
三石成
ホラー
松前謙介は物心ついた頃から己に付きまとう異形に悩まされていた。
高校二年に進級をした数日後、謙介は不思議な雰囲気を纏う七瀬白という下級生と出会う。彼は謙介に付きまとう異形を「近づくもの」と呼び、その対処法を教える代わりに己と主従の契約を結ぶことを提案してきて……
この世ならざるものと対峙する、現代ファンタジーホラー。
鉄と草の血脈――天神編
藍染 迅
歴史・時代
日本史上最大の怨霊と恐れられた菅原道真。
何故それほどに恐れられ、天神として祀られたのか?
その活躍の陰には、「鉄と草」をアイデンティティとする一族の暗躍があった。
二人の酔っぱらいが安酒を呷りながら、歴史と伝説に隠された謎に迫る。
吞むほどに謎は深まる——。
奇怪未解世界
五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。
学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。
奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。
その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる