鬼猫来るーONI-NEKO KITARUー

景綱

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第1章 鬼猫来る

15 鬼猫宿る(3)

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 誰だ、この子。

 さっき叫んだとき、背後が光っていた。それに顔が。気のせいかもしれないが、一瞬だけ鬼のようだった。般若の面でも被っているみたいだった。今は、可愛らしい女の子だけど。

 それだけじゃない。
 やっぱりあの猫はネオンではない。

 なんだ、あの姿は。猫だけど猫じゃない。光とともに巨大な鬼の顔が一瞬だけ現れた。あれが鬼猫なのか。気迫だけで成瀬を退かせた。

 今は成瀬に取り憑いていたであろう存在が露わになっている。成瀬は気絶してしまったのか倒れていた。そこにいるのは漆黒の存在。怨霊そのものが鬼猫と対峙している。

「おまえはいるべき場所に戻れ」
「ふん、鬼猫の言いなりになると思いか。我のこと誰だと思っている。酒呑童子も退治した源頼光なるぞ。鬼など我にかかれば容易く成敗されよう」

 なに、源頼光。酒呑童子を退治しただって。
 漆黒の存在が人の形へと変えていく。鎧兜を着た武将の姿に変貌していく。その手にしているものは黒い蛇が巻き付いているのかのような禍々しい気が纏った日本刀だった。
 なんだろう。物凄く大きく感じるのは気のせいだろうか。二メートルくらいありそうだ。

 うわっ、睨まれた。身体が動かない。
 金縛りか。

 嘘だろう。こっちに向かってくる。
 死にたくはない。

 ダメだ、日本刀が振り上げられた。

 んっ、違う。狙いは自分ではない。隣の女の子のほうだ。横目で女の子を見遣ると青ざめた顔をしていた。同じように金縛りにあっているのかもしれない。鬼猫は何をしている。まさか鬼猫も金縛りにあっているのか。

 怨霊に殺されてしまう。そもそもこいつは怨霊なのか。何を怨んでいるのだろう。鬼の存在が憎いのか。そんなことはどうでもいい。この窮地をどうにか回避しなくてはいけない。

 女の子を助けなくては。必死に身体を動かそうとするがピクリとも動かない。
 自分は素戔嗚尊の生まれ変わりなのだろう。ならば、こんな窮地は容易く回避できるはずだ。強く大和は念じた。

 んっ、光。
 もしかして、素戔嗚尊の力が。

 違う、そうじゃない。自分ではない。隣の女の子の胸元が光輝いている。なんだろう。よく見えない。首飾りだろうか。ポケットにでも何か入れているのだろうか。首が動かないからよくわからない。

「我の剣を使え」

 今度は誰だ。足元から声がした。
 うわっ、剣が下から浮き上がってきて眩い光を放った。その瞬間金縛りが解けた。
 何が起きている。

 浮き上がっているのは剣だけではない。あれは鏡か。あの変な形のものは確か、勾玉とかいうものだろう。これって、もしかして三種の神器か。

 気づくと源頼光と名乗った怨霊と成瀬の姿が消え去っていた。
 本当に何が起きているのだろう。

「逃がしてしまったか」

 足元にいたのは大黒様だった。いつの間にかさっきまであった剣も鏡も勾玉も消え失せていた。

「逃げ足の速い奴だ」

 大和はネオンを見遣る。今、確かにネオンが話した。
 ネオンは鬼猫だったのか。いや、さっきまでどこにでもいる普通の猫だった。言葉も話すことはなかったし、異様な妖気も纏っていなかった。悪いものではなさそうだけど。それに、この女の子は誰なのだろう。どこか普通ではないような。同じ匂いを感じる。霊感が強いのかもしれない。

「あの」

 大和が声をかけようとしたら女の子のほうから「音場愛莉よ。よろしく。あなたも同じ匂いがする。鬼の匂いがする」と話してきた。

「鬼って僕が……」

 信じられない。大黒様も素戔嗚尊の生まれ変わりだって話していたけど、素戔嗚尊もまた鬼なのだろうか。

「鬼に味方するものは皆、鬼だ」

 足元にいる大黒様が胡坐をかいてひとり頷いていた。まったく神出鬼没な奴だ。もしかして、力士もいるのか。大和は何気なく後ろへ振り返り、岩のような大きな塊に驚き仰け反って尻餅をついてしまった。すぐ後ろに力士はいた。

「脅かすんじゃないよ」

 大和の言葉に力士は睨みつけてきた。まずい、殺されるかもしれない。この力士も霊体だ。呪い殺されてもおかしくはない。逃げなきゃ。

「当麻蹴速、この者は敵ではないぞ。仲間だ」
「うむ、そうだった。すまない」

 力士に手を差し伸べられてその手を取るとグイッと身体が持ち上げられる。凄い力だ。
 あっ、今確かに手を掴まれた。幽霊のはずだ。しっかりと手の感触があった。なぜだ。

「それは仲間である証拠だ。おまえも鬼だってことだ」

 そんな……。自分は人間じゃないのか。

「そうではない。人間だ。だが、鬼でもある」

 また、頭が混乱してきた。大黒様の話はわけがわからない。
 うわわっ、な、なんだ。風が……。
 そう思ったらネオンが目の前に来ていた。いや、今は鬼猫か。

「大和、我はこの者の身体を借りておる。すまぬがしばらくはこのままいさせてもらうぞ。とりあえず、ネオンとして過ごさせてもらう。だが、他の者には秘密だ。いいな」

 大和は頷き、大黒様と力士、それに愛莉と目を合せて「よろしく」とだけ口にした。

「とりあえず、あなたのところに厄介になるからね」
「えっ、厄介って」
「だから、一緒に住むの。愛莉、あの怨霊のことを解決しないと帰れないもん」

 一緒に暮らすのか。この子と。
「いやいや、ちょっと待てくれ。いきなりそんなことを言われても困るよ」
「なんでよ。いいじゃない。あっ、もしかして変なこと考えているんじゃないでしょうね。嫌だ、エッチ」
「違う、違う。エッチなことなんて」

 大黒様が咳払いをして話を遮った。

「愛莉、こいつのアパートの大家の猪田家のところに行ってはどうだ」
「おお、それがいい」

 大和は頷き、愛莉を見遣る。

「えっ、それでもいいけど。話はきちんと通してよね」

 どうしたものかと大和は黙考した。猪田夫妻にどう話せばいいのだろうか。親と知り合いだから妹というわけにもいかない。親戚と言うわけにもいかないだろう。親に連絡されたらバレてしまう。

 アパートで同居しかないのか。大黒様も一緒にいてくれたら問題ないか。
 まあ、なるようになるさ。
 それよりも怨霊だ。あんな奴がまた来たら……。大和は寒気を感じて肩を震わせた。

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