16 / 48
第1章 鬼猫来る
12 取り憑かれた男
しおりを挟むなんだ、チーは家に帰れって言いたかったのか。そうは思えなかったけど。どうしたものか。ここまで来てしまうと猪田家に戻るのも面倒になってくる。けど、今日は戻ったほうがいいだろう。犯罪者がこのへんをうろついている可能性があるのだから。
大和は二階の自分の部屋を見遣り、せっかくだからちょっと寄ってから戻ろう。そうだ、読みかけの本でも持っていこう。
大和は部屋で本を手に取ると、なんとなく部屋の様子が気になった。何か違和感がある。それが何かはわからないが、どこかがいつもと違うような。小首を傾げて、まあいいかと本を持って部屋を出た。
早く猪田家に戻ろうと階段を駆け下りたところで足元をスッと何かが通り過ぎてビクッとしてしまう。何が通ったのだろうとあたりの様子を窺うと、階段の陰に赤茶トラの猫が置物のように足を揃えて座ってじっとこっちをみつめていた。警戒をしているのだろうか。近寄ろうとすると逃げようと身体を動かしてしまう。
「ネオンなのか」
大和は声をかけた。その声に赤茶トラ猫は反応した。ネオンかもしれない。余程怖い思いをしたのだろう。人に対して恐怖心を抱いてしまったようだ。もともと警戒心は強いほうだが前以上に警戒している素振りを見せている。
大和はしゃがみ込みもう一度ネオンの名前を呼んでみた。
「ネオンだろう。大丈夫だ。悪い人はいないよ」
赤茶トラ猫はしばらく様子を見ていた。ここはネオンのほうから来るのを待とう。それしかない。
「ネオン、僕だよ。大和だよ。わかるだろう。怖くないよ。大丈夫だよ」
大和は優しく声をかけ続けた。
ネオンの足が前に一歩出る。すると、そのままゆっくりとこっちへ歩いて来て身体を擦りつけてきた。やっぱりネオンだ。
「よかった、生きていたんだな」
顎の下を撫でてあげると気持ち良さそうに目を細めていた。
「ネオン、幸吉さんと照さんのところへ帰ろうな」
そうネオンに話しかけたところでチーたちのことを思い出して胸が痛んだ。やっぱりチーはネオンの居場所へと連れて来てくれたのだろう。まさか自分のアパートのところにネオンが逃げてきていたなんて。
大和は本を持ちつつどうにかネオンを抱き上げて歩き出した。ふと視線を感じてアパートへ振り返るとチーたちが見送ってくれていた。
「チー、ありがとうな。成仏してくれよ」
そう声をかけて大和は猪田家へと向かった。ちょっと視界がぼやけていた。
「待て」
えっ、何。
暗がりに人影があった。
「やっとみつけた、鬼猫。おまえこそ、鬼猫だ」
鬼猫だって。まさかネオンのことか。ネオンは鬼猫なんかじゃない。んっ、鬼猫ってどこかで聞いたことがあるよ
うな。なんだったろう。そんなことより誰なのだろう。暗くてよくわからない。
「なんだ、おまえは」
「ふん、鬼退治をする者とでも言っておこうか」
鬼退治だなんて何をふざけている。んっ、まさか、こいつは……。
「おまえ脱走した成瀬とかいう奴か」
「ほほう、自分もずいぶん有名になったものだ。やっぱり正しいことをすると名前が広まるってことか」
「違う、おまえは犯罪者だ。動物を虐待する悪者だ」
「なに、おまえわかっていないな。そうか、そういうおまえも鬼だな。ふん、とうとう鬼まで登場か。これは名をあげるチャンスだな。悪い鬼は成敗しなくちゃいけない」
なんだこいつは。不気味だ。何を笑っている。やっぱり正気じゃない。
成瀬はどこからかナイフを取り出してニヤリとした。
このままでは殺される。逃げなきゃ。大和はゆっくりと後退りをする。
「ふん、逃げるつもりか。そうはさせない。今、すぐに楽にさせてやるから待っていろ」
成瀬はナイフを突き出してまたしてもニヤリと笑みを浮かべた。
駄目だ、殺される。万事休すだ。
んっ、こいつ変だ。本当に人間か。まさか妖怪。いや、そうじゃない。なんだか焦げ臭い。腐ったような臭いもする。この臭いはなんだろう。死臭か。
よく見ると成瀬の身体から黒い煙が立ち昇っている。そうかこいつ怨霊に取り憑かれているのか。
「日本刀があれば首を斬り落としてやるのに」
そんな呟きが耳に届き背筋が凍りつく。
「まあいいや。鬼猫ともどもあの世へ行け」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
アポリアの林
千年砂漠
ホラー
中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。
しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。
晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。
羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。
リューズ
宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は和也(語り部)となります》
真名を告げるもの
三石成
ホラー
松前謙介は物心ついた頃から己に付きまとう異形に悩まされていた。
高校二年に進級をした数日後、謙介は不思議な雰囲気を纏う七瀬白という下級生と出会う。彼は謙介に付きまとう異形を「近づくもの」と呼び、その対処法を教える代わりに己と主従の契約を結ぶことを提案してきて……
この世ならざるものと対峙する、現代ファンタジーホラー。
鉄と草の血脈――天神編
藍染 迅
歴史・時代
日本史上最大の怨霊と恐れられた菅原道真。
何故それほどに恐れられ、天神として祀られたのか?
その活躍の陰には、「鉄と草」をアイデンティティとする一族の暗躍があった。
二人の酔っぱらいが安酒を呷りながら、歴史と伝説に隠された謎に迫る。
吞むほどに謎は深まる——。
奇怪未解世界
五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。
学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。
奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。
その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる