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第1章 鬼猫来る
6 丑三つ時の訪問者(1)
しおりを挟むガタガタガタ、ドタン。
んっ、なんだ。
大和は飛び起きて窓のほうに目を向けた。物音はもうしていない。カーテンが閉まっていて外の様子はわからないがここは二階だ。窓を揺らすような人はいないだろう。なら、さっきの音は……。夢でも見ていたのだろうか。もしくは幽霊かも。
電気をつけて部屋を確認したが特に変わった様子もない。
時計の針は午前二時二十二分だった。丑三つ時じゃないか。やっぱり幽霊の仕業かも。家鳴りって可能性もある。妖怪は見たことがないから見てみたい気もする。
窓を開けて外の様子を窺ってみた。誰もいないか。
んっ、なんだこれ。窓の端っこのほうに紙が貼り付いていた。大和は紙を取ると首を捻った。
『気をつけろ、おまえも狙われるかもしれない』
そう記されていた。狙われるって誰に。
んっ、これは。『鬼猫』と署名がされていた。
まさか、新聞記事に載っていた鬼猫か。これはどう説明すればいいのだろう。わけがわからない。誰かの悪戯か。すぐにかぶりを振った。ここは二階だ。ありえない。なら、そのまま受け入れるべきか。鬼猫からの伝言として。そうだとして、鬼猫って誰だ。猫なのか。それとも妖怪か。人の名前ってことはないと思うけど。そうとも言いきれないか。なんだか頭が混乱してきた。一旦、リセットしよう。
大和は空を見上げた。星が瞬いていて綺麗だった。月も淡い光を湛えている。満月ではないが、ほぼ真ん丸で癒される。なんとなく風も心地いい。
カコン。
んっ、誰かいるのか。植え込みあたりに目を凝らすと小さな鬼の後姿が闇に溶け込んでいくところだった。鬼かどうかはわからない。けど角らしきものが窺えた。あれが家鳴りの正体だろうか。幽霊だけじゃなく妖怪も見えるようになってしまったらしい。この世に妖怪は存在したのか。これはスクープだ。いや、そんなネタを新聞社に話したところで信じてもらえないだろう。映像でも撮っていたら、テレビ局に投稿できたかもしれない。
『驚愕、小鬼現れる』なんて。
そういう番組があったはずだ。
そんなことはいい。昼間から今まで見たこともないものばかり見ている。何かが起ころうとしているのかもしれない。この世の終わりとか。いやいや、そんな大事ではないだろう。大和は再び紙に記された文言をみつめた。
やっぱり、あの新聞記事と関係があるのだろうか。だとしても犯人は捕まっている。狙われる心配はなさそうだけど、違うのだろうか。
ふと一人の男の子の姿が思い出された。二階の窓からこっちを見ていた。目が合ったらカーテンを閉められてしまったけど。なんとなく気にかかる。顔色が悪かったせいかもしれない。病気なのだろうか。人の家のことだからあまり踏み込むことはよくないだろう。
なんで急に男の子のことなんか思い出したのだろう。まあいいか。
すっかり目が覚めてしまった。まだ午前三時前だっていうのに。
ベッドに横になっていればそのうち眠くなってくるだろう。大和は電気を消そうとしてまたしてもおかしなものを見てしまった。
なんで、大黒様がいる。大黒様の置物を買った覚えはない。それに普通の大黒様とは違う。
昼間見た、小さな剣を掲げた大黒様だ。ここにいるってことは福を招いてくれるってことか。いや、打ち出の小槌じゃなくて剣だから違うのだろうか。魔を祓ってくれるとか。そうだったら嬉しいが、何か嫌な予感もする。
これは吉兆なのか凶兆なのか。
「あの、大黒様」
大和は背を向けている大黒様に声をかけてみた。返事はない。
やっぱり、ただの置物なのだろうか。そんなはずがない。買った覚えはないって言っただろう。ならば幻だろうか。目を擦って再び目を向けてもやっぱり大黒様はいる。
狙われているから守ってくれているのだろうか。いやいや、狙われているなんてことはないだろう。そう考えるとやっぱり悪戯なのかもしれない。そうか、さっきの小鬼の悪戯だ。妖怪とは人を驚かすことが好きみたいだから。けど、本当にそうなのだろうか。
「大黒様、あの」
「静かに。我は大黒でもあり大国主なり」
しゃべった。えっ、今、なんて言った。聞き間違いだろうか。
「なんだ、忘れてしまったのか。お主の前世は素戔嗚尊ではないか」
な、なに。前世が素戔嗚尊。嘘だろう。自分の前世がそんな人物だったとは。
「冗談じゃないよな」
「今世では情けない姿になったものだ」
それは認めざるを得ない。いやいや、ちょっと待て。とんでもないことをさっきから話しているではないか。本当に素戔嗚尊が前世だとしたら自分とでは月とスッポンだ。そんなことありえないだろう。素戔嗚尊だなんて。
益々、眠れなくなってきた。一旦、頭の整理をするか。
大黒様と大国主命が同一人物で自分は素戔嗚尊の生まれ変わりってことだろう。やっぱり信じられない。だが、目の前にいる大黒様が真実だと告げている。そうなのか。確かに大黒様はいるけど嘘かもしれないじゃないか。
「疑り深い奴だな。ちなみに字を見れば大黒と大国の読みは同じになるであろう。まあ、どうでもいいことだが」
確かに、どっちも『だいこく』と読める。
「もうひとつ、教えてあげようではないか。我は鬼でもある。大黒とはおおいなるクロ、つまり鉄塊の持ち主の産鉄王となる。産鉄をする者たちの神として崇められていたが、産鉄をするような身分の低い者は鬼だと言われていた。鬼が崇める神もまた鬼ってことだ。まあ庶民の神として素戔嗚尊や牛頭天王もいたな。この素戔嗚尊と牛頭天王も同一人物だがな。みんな鬼だ」
ああ、もうパニックになりそうだ。何を話している。それにしても大黒様って意外とおしゃべりだ。知らなかった。待てよ、こいつ、本当に大黒様なのか。疑わしくなってきた。
「なんだ、信じないのか。それならそれでもいい。まだまだいろいろ話したいことがあるからな。何を話そうか」
「もういい。頭がパンクしそうだから話は終わりだ。もう寝る」
大和は電気を消してベッドに横になり布団を頭まで被ってしまった。
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