そばにいるよ

景綱

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そばにいるよ

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 翌日の朝。

 昨日の雨がウソのように雲一つない晴天だ。翔太の心の中は大雨なのに。翔太はため息をもらして学校に向かう。妙な脱力感(だつりょくかん)があって前かがみになってしまう。なんだかおもりでついているみたいで足が少ししか前に進まない。

「翔太、おはよう」

 伸一は朝から何も悩みがないみたいに元気だった。翔太も「おはよう」と返すのだがなんだかお腹に力が入らなくて蚊の鳴くような声しかでなかった。

「いつまでもくよくよしてないではりきっていこうぜ」
「うん」

 ダメだ、思うように声が出ない。

「おいおい、ダメだな、そんなんじゃ。まあいいや、おれさとっておきの情報仕入れてきたぜ。今日、転校生が来るんだってよ。しかも、かわいい女の子だって」

 転校生か。そんなのどうでもいい。
 翔太は「そうなんだ」とだけつぶやき歩いて行く。

「なんだよ、翔太。もっと喜ぶかと思ったのによ。なんだか、つまんないや」

 伸一は転校生のことをみんなに教えてあげようと学校めざして一目散に走って行ってしまった。翔太は元気のかたまりみたいな伸一の姿をボーッとながめながら歩き続ける。やっと、学校の門をくぐりぬけ「はぁー」とため息をついた。学校に着くのにいつもの倍はかかっていたかもしれない。下駄箱で上ばきにはきかえ職員室の前を通り過ぎた。

「あっ、翔太くん、おはよう」
「美智子先生、おはようございます」

 そう翔太は口にしたつもりだったがほとんど出ていなかった。

「あれ、いつもの元気はどこへいったのかな」

 美智子先生はキツネのような目を細めてニコリとする。一生懸命はげまそうとしてくれているのはわかるけど、元気ってものがどんなものだったのかさえ翔太にはわからなくなっていた。

「そうだ、翔太くん。これ昨日落としていったわよ。大事なものなんじゃないの」

 美智子先生が差し出したのはさとみの写真だった。翔太は何も言わずに受け取って教室に向かおうとした。

「翔太くん、何か言い忘れていない」

 美智子先生は腕組みをして目をつり上げていた。翔太は先生の言いたいことがすぐにわかった。

「美智子先生、ありがとう」
「はい、よろしい」

 美智子先生の顔もおだやかな顔に戻っていた。
 翔太は重い体をゆっくりと教室へと向けた。

「あっ、翔太くん。ちょっと待って。元気になるお薬あげるからさ」

 元気になる薬。そんなの、いらない。翔太はさとみの写真をみつめてまたため息をもらした。こんなんじゃ、死神が来てしまうかもしれないな。そのほうがいいのかな。さとみに会えるかもしれないし。

「先生、ぼく行くね」
「ちょっと、ちょっと。本当に元気になるんだから。先生を信じてこっちにいらっしゃい」

 しかたがない。翔太は美智子先生のあとをついて職員室に入った。

「わぁー、翔太くんだー」

 かわいらしい女の子の声がとんできた。あれ、今自分の名前を呼んだような。誰だろう。翔太は重い頭をゆっくり持ち上げて女の子を見た。そのとたん、翔太の心に光が差し込んできた気がした。体も軽くなった気がした。翔太は気がつくと目から涙がこぼれ落ちていた。それなのに笑ってもいた。

「さとみちゃんだ。本物のさとみちゃんだ」
「翔太くん、泣かないでよ。私も泣いちゃうじゃない」
「えへへ、だってうれしくてさ」
「私も」

 翔太とさとみはお互いに走り寄って手を取り合いはね回っていた。

「こら、二人ともここをどこだと思っているのかしら」
「あっ、すみません」

 翔太はすぐに頭を下げた。となりを見るとさとみも同じように頭を下げていた。

「それじゃ翔太くん、教室に先に行っていてくれるかな」
「はい」

 すごく大きな声になってしまいつい「ごめんなさい」とあやまった。

「いいの、いいの。それで。先生の元気になる薬はすごい効果あったでしょ」

 翔太は笑みを浮かべて頷いた。

「じゃ、さとみちゃん」
「翔太くん、またあとでね」

 さとみはウインクしながら手を振ってきたので振り返す。
 こんなことってあるんだな。今日は最高の一日だ。
 さとみのことばかり考えていて気づけばさようならをする時間になっていた。もちろん、翔太はさとみといっしょに帰る約束をしていた。




「翔太くん、帰ろう」
「うん、帰ろう」

 翔太の心は踊りまくっていた。そうだ、さとみはなんで助かったのだろう。帰り道の途中で翔太はさとみに胸のあたりでもやもやしている疑問をぶつけてみた。

「あのさあ、さとみちゃん。ぼく、あのときさとみちゃんを助けられなかったと思っていたんだ」
「あのときって……」
「ぼくが死神に体当たりして空きカンが飛んでペチャンコにつぶされちゃったときだよ」
「あのときね。私はあのとき救われたのよ。翔太くんのおかげでね」

 どういうことだろう。

「ぼくのおかげ?」
「そうよ、私にもよくわからないけどあの空きカンから飛び出せたの。それでもとにもどれたのよ」

 翔太は首をひねって考えた。答えは出てきそうにない。

「ふーん、そうなんだ。なんだかよくわからないけどさとみちゃんがぼくのとなりにいるんだから、わからなくてもいいや。だって、うれしんだもん」
「そうよね。翔太くんとこうしていられるんだからいいよね。白ネコさんとも遊べるし」

 すると後ろからさとみの言葉に答えるようにうれしそうな鳴き声が聞こえた。





「ニャン」
 後ろにはしっぽをピーンと立ててゆうぜんと歩く白ネコがついてきていた。その向こうにはニコニコして走って来る伸一の姿もあった。





 三人と一匹は公園の小さな池の前を一列に並んで行進していた。だれも気づいてはいなかったが、水面には白ネコの姿だけ映っていなかった。

 白ネコの代わりに映っていたのは亡くなったさとみのお父さんの姿だった。

「生きていれば、いいこともあるんだね。お父さん」

 さとみはだれにも聞こえないように天国のお父さんにむかってそっとつぶやいた。
 そばにいるとも知らずに……。


***

(完)

***

 最後まで読んでくれたみなさん、ありがとうございました。
 余談ですが、これを書いた当時モデルとなる白ネコがいたんですよ。
 今は天国でゆっくりしているとは思いますが。

***
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みんなの感想(12件)

楠乃小玉
2019.01.10 楠乃小玉

おおー!
二話同時に一気に読んでしまいました。
さとみちゃん、かえってきてよかったですね。
白猫も帰ってきて、ハッピーエンドでよかったです。
はらはらしました。
すごく読後感がよかったです。

景綱
2019.01.11 景綱

ありがとうございます♪(=^ェ^=)
やっぱりハッピーエンドじゃないとね。
後読感がよかったとの言葉、嬉しいです。

解除
倉谷みこと
2019.01.09 倉谷みこと

黒いおじさんにはハラハラしましたが、さとみちゃんが助かってよかったです。これからは、白ねこさんや翔太くんといっしょに楽しく過ごせますね。

景綱
2019.01.09 景綱

読んでいただき、ありがとうございます。
はい、きっとみんな楽しく過ごせますよね。
(=^ェ^=)

解除
ツ~
2019.01.09 ツ~

完結、おめでとうございます。よかったです。さとみちゃん、無事で。お父さんの言うとおり、生きていたらいいこともありますよね。

景綱
2019.01.09 景綱

ありがとうございます。
最後まで読んでいただき嬉しいです。
(=^ェ^=)
きっとさとみちゃんはこれからいいことがあると思います。

解除

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