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希望を信じて
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「まずい、もうこんな時間だ」
翔太は寝坊してしまった。目覚まし時計が夜中の二時で止まっていた。全速力で走っていけばギリギリ遅刻せずにすむかもしれないという微妙なところだった。なんでお母さんは起こしてくれなかったのだろうと、ぶつくさ文句を言いながら着替えをする。その答えはすぐにわかった。お母さんも、寝坊していたのだ。翔太はお母さんに直接文句を言いたかったがお母さんを起さずに家を飛び出した。
とにかく走れ。急げ。
「はぁ、はぁ、はぁ、あと五分。間に合ってくれ」
学校の少し手前にある真っ白な病院の前を通りかかったとき、空きカンをくわえた白ネコが横切った。白ネコは翔太には気づかず病院横の生け垣を忍者のようにピョーンと軽々飛び越えていった。
「あれ、白ネコさん、なんでこんなところに」
翔太は足を止めて静まり返った病院に向かう白ネコの姿に目をうばわれた。白ネコは遅刻寸前の翔太に負けないくらいの速さであっという間に病院の裏手に消えていく。翔太はハッと我に返って学校へと向けてまた走りはじめた。白ネコのことは気になったけど、今は急がなきゃ。
教室の扉をガラッと勢いよく開けた。
「あっ、美智子先生。おはようございます」
「翔太くん、一分遅刻ですね。寝坊かな」
間に合わなかったか。白ネコをみかけて足を止めなかったら間に合っていたのだろうか。
「あっ、はい。でも、白ネコさんが……いや、なんでもないです」
「んっ、白ネコ?」
「……」
「まあ、いいわ。早くすわりなさい」
翔太は苦笑いを浮かべて席についた。なんだか気まずい。
「おい、翔太。あとで教えろよ。何かあったんだろう」
「伸一くん、たいしたことじゃないんだよ」
「いいよ、それでもさ」
授業はあっという間に終わった。白ネコのことばかり考えていたせいだろう。本当に放課後にタイムスリップでもしたんじゃないかと思うくらい今日の学校での一日は早かった。先生がどんな話をしたのかもわからなかった。
「翔太、そういえば朝言っていた白ネコって何のことだ」
「あれは、その……」
翔太は伸一に話すべきかどうかななやんだ。空きカンの中に女の子がいて、それを大事そうにしている白ネコがいるなんてこと言ったら笑いものになるだろうか。
「おれにも言えないことか」
「伸一くん、笑わない?」
「聞いてみないとそれは約束できないよ」
「うん、そうなんだけど……」
「わかったよ。笑わないって約束してやるよ」
翔太は伸一のその言葉を信用して今までのことを話した。伸一は目をキラキラかがやかせて翔太の話に聞き入っていた。
「翔太、おれも見たい。さとみに会ってみたい。よし、行くぞ」
「ちょ、ちょっと、引っぱらないでよ。伸一くん」
翔太は伸一に服のそでを引っぱられながら学校を飛び出す形になった。
「ここだろう、翔太」
「うん、そうだよ」
「白ネコなんていないぞ」
「そうだね」
「そうだね、じゃなくてさー」
翔太と伸一は駄菓子屋の裏の空き地に来ていた。でも白ネコはどこにもいなかった。
「もしかしたら、まだ病院にいるのかなぁ」
「翔太、行ってみるか」
またしても伸一に引っぱられるようにして病院へと向かった。それでも白ネコの姿は見当たらなかった。
「ごめんね。伸一くん」
「あやまらなくてもいいよ。おれ、翔太の話、信じているからさ」
「うん、ありがとう。伸一くん」
「しょうがないから、今日は帰ろうか」
「うん」
翔太は伸一とともにニコニコしてふざけながら走って帰った。
あれ、伸一の顔がなんだかミカンみたいだ。夕陽のオレンジのせいだ。もしかしたら自分もそうなのかも。翔太は二つのミカンが肩をそろえて走る姿を想像してにやけてしまった。
えっ、今の、なに。
翔太の体をすりぬけるようにして黒いコートに身をつつんだ男が通り過ぎていった。その瞬間、心臓がドクンとなった。そんなことありえない。
翔太は妙な感覚にとらわれて体勢をくずしながら振り返った。目にしたのはだれもいないまっすぐな一本道だけだった。
「翔太、どうした?」
「い、今、黒ずくめのおじさんが通ったよね」
「いや、おれは見ていないぞ」
「ウソ。だって、ぼくは……確かに見たんだよ。伸一くんだって見ていたはずだよ」
「ウソじゃないよ。おまえ、つかれているんじゃないのか。まぼろしでも見たんだよ」
「そうなのかなぁ」
翔太は納得がいかず、もう一度遠くまでつづく一本道をぼんやりと見た。伸一はポンと翔太の肩をたたくと「帰ろう」と優しくささやいてきた。翔太は頭をコクンと軽くかたむけると後ろを気にしながらゆっくりと歩みを進めた。
本当にまぼろしだったのだろうか。
翔太は寝坊してしまった。目覚まし時計が夜中の二時で止まっていた。全速力で走っていけばギリギリ遅刻せずにすむかもしれないという微妙なところだった。なんでお母さんは起こしてくれなかったのだろうと、ぶつくさ文句を言いながら着替えをする。その答えはすぐにわかった。お母さんも、寝坊していたのだ。翔太はお母さんに直接文句を言いたかったがお母さんを起さずに家を飛び出した。
とにかく走れ。急げ。
「はぁ、はぁ、はぁ、あと五分。間に合ってくれ」
学校の少し手前にある真っ白な病院の前を通りかかったとき、空きカンをくわえた白ネコが横切った。白ネコは翔太には気づかず病院横の生け垣を忍者のようにピョーンと軽々飛び越えていった。
「あれ、白ネコさん、なんでこんなところに」
翔太は足を止めて静まり返った病院に向かう白ネコの姿に目をうばわれた。白ネコは遅刻寸前の翔太に負けないくらいの速さであっという間に病院の裏手に消えていく。翔太はハッと我に返って学校へと向けてまた走りはじめた。白ネコのことは気になったけど、今は急がなきゃ。
教室の扉をガラッと勢いよく開けた。
「あっ、美智子先生。おはようございます」
「翔太くん、一分遅刻ですね。寝坊かな」
間に合わなかったか。白ネコをみかけて足を止めなかったら間に合っていたのだろうか。
「あっ、はい。でも、白ネコさんが……いや、なんでもないです」
「んっ、白ネコ?」
「……」
「まあ、いいわ。早くすわりなさい」
翔太は苦笑いを浮かべて席についた。なんだか気まずい。
「おい、翔太。あとで教えろよ。何かあったんだろう」
「伸一くん、たいしたことじゃないんだよ」
「いいよ、それでもさ」
授業はあっという間に終わった。白ネコのことばかり考えていたせいだろう。本当に放課後にタイムスリップでもしたんじゃないかと思うくらい今日の学校での一日は早かった。先生がどんな話をしたのかもわからなかった。
「翔太、そういえば朝言っていた白ネコって何のことだ」
「あれは、その……」
翔太は伸一に話すべきかどうかななやんだ。空きカンの中に女の子がいて、それを大事そうにしている白ネコがいるなんてこと言ったら笑いものになるだろうか。
「おれにも言えないことか」
「伸一くん、笑わない?」
「聞いてみないとそれは約束できないよ」
「うん、そうなんだけど……」
「わかったよ。笑わないって約束してやるよ」
翔太は伸一のその言葉を信用して今までのことを話した。伸一は目をキラキラかがやかせて翔太の話に聞き入っていた。
「翔太、おれも見たい。さとみに会ってみたい。よし、行くぞ」
「ちょ、ちょっと、引っぱらないでよ。伸一くん」
翔太は伸一に服のそでを引っぱられながら学校を飛び出す形になった。
「ここだろう、翔太」
「うん、そうだよ」
「白ネコなんていないぞ」
「そうだね」
「そうだね、じゃなくてさー」
翔太と伸一は駄菓子屋の裏の空き地に来ていた。でも白ネコはどこにもいなかった。
「もしかしたら、まだ病院にいるのかなぁ」
「翔太、行ってみるか」
またしても伸一に引っぱられるようにして病院へと向かった。それでも白ネコの姿は見当たらなかった。
「ごめんね。伸一くん」
「あやまらなくてもいいよ。おれ、翔太の話、信じているからさ」
「うん、ありがとう。伸一くん」
「しょうがないから、今日は帰ろうか」
「うん」
翔太は伸一とともにニコニコしてふざけながら走って帰った。
あれ、伸一の顔がなんだかミカンみたいだ。夕陽のオレンジのせいだ。もしかしたら自分もそうなのかも。翔太は二つのミカンが肩をそろえて走る姿を想像してにやけてしまった。
えっ、今の、なに。
翔太の体をすりぬけるようにして黒いコートに身をつつんだ男が通り過ぎていった。その瞬間、心臓がドクンとなった。そんなことありえない。
翔太は妙な感覚にとらわれて体勢をくずしながら振り返った。目にしたのはだれもいないまっすぐな一本道だけだった。
「翔太、どうした?」
「い、今、黒ずくめのおじさんが通ったよね」
「いや、おれは見ていないぞ」
「ウソ。だって、ぼくは……確かに見たんだよ。伸一くんだって見ていたはずだよ」
「ウソじゃないよ。おまえ、つかれているんじゃないのか。まぼろしでも見たんだよ」
「そうなのかなぁ」
翔太は納得がいかず、もう一度遠くまでつづく一本道をぼんやりと見た。伸一はポンと翔太の肩をたたくと「帰ろう」と優しくささやいてきた。翔太は頭をコクンと軽くかたむけると後ろを気にしながらゆっくりと歩みを進めた。
本当にまぼろしだったのだろうか。
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