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24号室 思い出の地に現れた闇人(2)
しおりを挟む東京駅八重洲口にある銀の鈴広場で午前七時に麻奈美とは待ち合わせをした。一泊二日の予定だ。麻奈美が電車の時間や宿の予約もすべてやってくれた。さすが麻奈美だ。私には出来ない。面倒だもの。だからダメなのだろうけど。
ふと嫌味な上司の顔が浮かぶ。でも、今になって思えば私が悪かったのかもしれない。上司に口答えしてしまうなんて。そうよ、私が馬鹿なのよ。冷静になればミスをしたのは私だとわかる。
馬鹿、馬鹿、馬鹿。
勢いで「辞めます」だなんて口にするなんて。後悔してももう遅い。
「碧どうかした、溜め息なんてして」
「えっ、いや、なんでもないの。それはそうと清里楽しみね」
強引に話を変えた。
「あ、そうそう今日泊まる宿なんだけど、清里じゃなくて野辺山にしたから。割安だったのよね」
「そうなんだ。やっぱり麻奈美は凄いわ」
そんなところまで気が回るなんて。野辺山か。ならあの写真の駅で降りるのか。
「何言っているの。凄くなんてないよ。あ、そうそう碧は朝食べてきた?」
「ううん、何も」
「なら、よかった。駅弁買ってきちゃった。春のたっぷり野菜弁当ってやつ」
そのとき、腹の虫がぐぐぐぅっと鳴った。やだ、私ったら。
「碧ったら可愛い」
麻奈美の言葉に照れ笑いを浮かべた。
「可愛いだなんて。それより乗るのは新幹線じゃないよね。在来線でしょ。それだと駅弁を食べるのは恥ずかしくないかな」
「そうね」
麻奈美は今気づいたという感じで何やら考え出した。麻奈美でもちょっと抜けているところもあるのかとなんだか安心した。
麻奈美はしばらく考えたあとに口を開くと「高尾駅で中央本線に乗り換えたらきっと食べられるわよ。ボックス席あるし」と真面目な顔から頬を緩ませて微笑んだ。
なるほど、ボックス席か。それなら大丈夫そうだ。高校のときの旅でもそうだった気がする。うろ覚えだけど。まあ、なんとかなるかな。難しいことは考えないにしよう。
麻奈美と一緒なら楽しい旅になりそうだ。
そう思っていたら、ホームに電車が来るとのアナウンスがあった。
「来た、来た。まずは高尾駅まで行くからね」との言葉とともに、麻奈美は電車の乗り換えを書き記したメモを見せてくれた。
なるほどね。
まずは中央線で高尾駅まで行き中央本線の小淵沢駅行きに乗り換えか。それで小海線の小諸駅行きに乗り換えて野辺山駅へなんだ。
「昼前には着くのね」
「そうそう、ランチはね。いや、その前に駅弁を食べないとね。ほら、高尾駅が八時四十四分発だから乗ったらすぐ食べちゃおうよ。ちょっと遅めの朝食だけど、いいよね」
私は頷き、ホームに入って来た電車に乗り込んだ。
お腹空いているけど、我慢するか。
***
「ああ、なんだか気持ちいいね」
少し涼しい気がするが確かに気持ちいい。野辺山駅のホームに降り立つと、高校のときの旅で写真を撮った例の看板が目に留まる。
「麻奈美、あそこで写真撮ろうよ」
私の指差す先を見た麻奈美は「そうしよっか」と歩き出した。
自撮り棒を伸ばして『JR線最高駅野辺山標高一三四五米六七』との表記看板を背にして写真をパチリ。
「そうだ、碧。ここでね『空にいちばん近い駅』っていう入場券が買えるみたなの。記念に買っていこうよ」
空にいちばん近いか。なんだかメルヘン感じる。思わず青い空を見上げて「素敵ね」と呟いた。
「でしょ」
駅舎も教会みたいで素敵だ。けど、高校のクラス旅行のときもこんな感じだったろうか。どうにも記憶と一致しない。駅前も思っていたイメージとずれがある。売店はあった記憶があるが、もっと小さな店だと思っていた。駐車場なんてあっただろうか。私って記憶力ないのかも。それとも昔とはこの街も変わったのかな。
あれ?
気のせいだろうか。今、由里に似たような人が売店の向こうにいたような。見間違いだと思うけど。だって、高校時代の由里のままだったから。写真のときと同じ姿なんてことはないはず。他人の空似ってやつだろう。
「もう、なにぼんやりしているのよ。もしかして、もうお腹空いちゃった?」
「なによ。私はそんなに食いしん坊じゃありませんからね」
「うふふ、わかっているわよ。お腹減らす意味も込めて三十分くらい散歩しない」
「散歩?」
「うん、滝沢牧場ってあるんだ。そこでバーベキュー食べようかなって。アイスもあるし。どうかな」
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「そういうと思った」
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