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4号室 猫の鈴
しおりを挟むチンチリリン。
んっ、鈴の音か!?
足元で鳴った鈴らしき音色に目を向ける。
どこだ、どこで鳴った。
あっ、あった。
少し先にある銀杏の木の根っこが地面から顔を出したところに金色の鈴がひとつ転がっていた。
もしかして俺が蹴飛ばしたのかも。そんな気がする。
微かにだが何かを蹴った感触があったから。
鈴かぁ、落し物なのかな。だとしたら届けてあげなきゃいけない。けど、誰のかわからないし探しようがない。とりあえず拾ってはおこう。
そう思った矢先、目の端に動くものが。猫だと気づいたときには目の前で金色の鈴を銜えてこちらをみつめてきていた。
「もしかして、おまえの鈴か?」
思わず猫に向かって話しかけていた。
周りに誰もいないからいいようなものの誰かいたらおかしな奴だと思われたかもしれないな。
チンチリリン。
「見つけてくれて感謝する」
「いやいや、感謝だなんて大袈裟な。俺が見つけたわけじゃないよ、蹴飛ばしてしまっただけだ」
「鈴を鳴らしたのはおまえだ。つまり、ここにあると教えてくれたのはおまえだ」
そう言われればそうかも。
「鈴のお礼に、おもてなしさせてくれ」
「いや、そんないいって」
「遠慮などするな、いいからついてこい」
なんとなくついて行かなきゃいけない気がした。
一歩踏み出したところでふと思った。猫と言葉を交わしていた?
俺は、猫と会話していたのか?
今更だと思いだろうが、ありえない現実に身体が震えた。
チンチリリン。
「行くぞ!」
猫の黄金色に光る瞳が、拒否権はないぞと言っているようで背筋に悪寒が走る。
「おい、どうした? ああ、そうか人語をしゃべる猫に恐れを抱いてしまったのだろう。気にするな」
気にするなと言われても、はいそうですかとはいかない。
「悪い、俺やっぱり無理だ」
「大丈夫だ、とって食いやしないさ。人と会話出来るのはこの鈴のせいだ。この鈴がなければただの猫だ。不思議だが、そうなのだからしかたがない」
「なるほど」
そう答えるのがやっとだった。
鈴の件は納得したが、ついていくことには納得していない。
「ふぅー、しかたがない奴だな。どうせ、ありもしない偽情報がおまえの思考を邪魔立てしているのだろう。猫又は人を喰らうとか」
やっぱり猫又なのか? そうなのか? 俺を食べるのか?
だんまりを決め込んでいると、猫が嘆息して言葉を続けた。
「あのさ、猫又っていうのは人間の作り出した架空の猫だ。いるわけがないだろう。なら、なぜ話せるのかって思っているだろうが、それはさっき話しただろう。この鈴のせいだと」
猫又はいない? 鈴のせい?
俺の疑念は払えない。
そんな様子を察知したのか、銜えている鈴を俺のほうに放り投げてきた。
チンチリリン。
転がり心地よい音色を奏でる鈴。
猫は口を開いた。だが、聞こえてきたのは人語ではなく「ニャッ」という短い鳴き声だった。普通の猫の鳴き声だ。
俺は鈴を見て、猫を見る。そしてまた鈴を見る。
鈴が猫と人との通訳を成しているということなのか。
「ニャン、ニャ」
んっ!? と思ったがなんとなく『納得したか?』とでも呟いてでもいるのだろう。
勝手な想像だが、そんな想像することも俺は好きだ。
それにしても、不思議な鈴だな。
おもてなししてくれるのなら、その鈴をくれたらいいのに。
その思いを察知したのか猫は素早く鈴のもとに駆け寄り銜えて後退した。
「これは、やらないぞ。代々伝わるお宝だからな」
「そうか、けど欲しいな」
「ダメだ、他のものだったらいくらでもやるがこれはダメだ」
「どうしてもダメか?」
猫は沈黙した。考えを巡らせているのかもしれない。
「そんなに欲しいか?」
「ああ、欲しい」
「ならば、我らの長老に逢わせるからついてこい。長老が決める」
猫は草むらの中に姿を消してしまった。
おい、おい、ついてこいってこの草むらを行くのか。少し考えて俺は決断した。
もちろん行く。
背の高い草が生い茂っている。とにかく行くしかない。草を掻き分け掻き分け突き進む。
「おい、猫いるかぁ」
「ああ、いるぞ。まっすぐ進め」
まっすぐだな。
どれくらい草むらの中を突き進んだだろうか。
突然、草の道は開けて村らしき場所がそこにあった。
その村にいるのは猫、猫、猫。
右を見ても、左を見ても猫ばかり。
一斉に猫たちの視線を浴びた。俺はここではよそ者だ、何をされるかわからない。
まさかと思うが四方八方から襲われるなんてことはないだろうな。
「ふふふ、安心しろ。おまえに興味をもっているだけだ。気にするな」
そうなのか、それならいいけど。信用するぞ、その言葉。
大きく息を吐き気持ちを落ち着かせる。
それにしても猫の村がこんな近くに存在したとは。
「おい、こっちだ早く来い」
俺は頷き、足早に進む。
招き入れられたのは猫の住む家にしては立派な家だった。おそらくここが長老の家だろう。間違いようがないくらい他の家とは作りが違う。他の家は長屋みたいだった。
一歩踏み入れたところ、妙に薄暗い。
果たしてこのまま進んでいいものかと躊躇する。
「そこで待て」
「えっ、ああ」
急に声をかけられてビクついてしまったじゃないか。
それでなくても、心臓がバクバクいっているというのに脅かすんじゃない。それにしてもなんでこんなに薄暗いのだろう。何かとんでもないことが待っているような気がしてきた。来たのは間違いだったろうか。
猫又は存在するんじゃないだろうか。
すべて嘘で、あの鈴はただの飾りじゃないだろうか。
俺を騙してみんなで食らいつくつもりじゃないだろうか。
ああ、胸が苦しい。
チンチリリン。
何か来る!!
で、でかい。こいつも猫なのか。嘘だろう。やっぱり食い殺されるんじゃ。
ゴクリと唾を呑み込み深呼吸をする。
「お待たせしました。長老の一力と申す」
「あ、俺は立見守です」
長老の瞳がキラリと光る。
額からは汗が吹き出してきて妙な喉の渇きを感じた。
「鈴が欲しいそうだな」
「あ、はい」
思わず、『はい』と返事してしまった。あの目を見たら頭が回らなくなる。
まさか何か術でもかけているわけじゃないだろうな。
「むふふ、あげてもかまわないぞ」
「本当ですか?」
そんな簡単に事が進むのか?
「ふむ、ただし条件がひとつ」
条件か。やっぱり簡単にはいくはずがない。無理な条件なんだろうけど、きっと。
「あの条件とは?」
「それは、お主がこの村の長老になることだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は身体の異変に気づいた。見える景色も違って見える。
いったい何が起きた!?
チンチリリン。
俺は足元を見てすべてを悟った。
毛深い腕に足、尻尾まである。そして、首には金色に輝く鈴が。
「後継者誕生だ。祝いだ、祝いだ!!」
その夜、盛大な宴会が繰り広げられた。
望み通り鈴を手に入れることができた。けど、その代わり人を捨てることになってしまった。
俺にとってこれで良かったのか悪かったのか定かではない。
そこまでして鈴が必要だったのだろうかと今は思う。けど、これもまた面白いのかもしれない。
この鈴を次の後継者に託すまで俺は生きていこう。もう決めちまった。というか最初からそういう運命だったのかもしれない。宿命ってやつだ。
なんとなくだが、周りにいる猫たちを見ていると思うことがある。
ここにいる猫たちは、もしかしたらもともと人であったのかもしれない。俺の勝手な想像だ。
真実はいまだに聞けずにいる。
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